デジタル化やカーボンニュートラルなど 政策の中身と実行力が問われる菅政権

新型コロナウイルスの感染状況は予断を許さないが、菅内閣の支持率は下げ止まり、微増傾向になりつつある。自信をつけ始めた首相の菅義偉が4月末にも衆院解散・総選挙に踏み切るとの観測が永田町ではささやかれる。一方、肝心のデジタル化や2050年のカーボンュートラルの実現など大きな課題の進ちょくはおぼつかない。総務省官僚への接待スキャンダルも菅にとってはアキレス腱だ。菅にとっては苦しい政権運営が続く。

待ったなしの課題

 日本が抱える課題を挙げればきりがない。少子化、ジェンダーギャップ、貧富の格差、デジタル化の遅れ、デフレ、農林漁業の衰退、環境問題、エネルギー問題、巨額の財政赤字……。

 日本には大きく変わるチャンスが平成に入って以降、大きく言えば3回あった。最初のチャンスはバブル崩壊。2回目はリーマン・ショック。そして2011年3月の東日本大震災。未曾有の危機をバネに、大きく経済社会構造を変化させる、あるいは企業のありようを変化させるチャンスだったが、残念ながら日本は大きく変われず、昭和の右肩上がりの栄光にすがり続けてきてしまった。

 安倍晋三前政権はこうした課題にアベノミクスを掲げて挑戦した。具体的には、「大胆な金融緩和」「機動的な財政政策」の2本の矢でデフレからの脱却を図り、3本目の矢で「成長戦略」に道筋をつけるというのが狙いだった。だが、安倍政権は成長戦略を描けないままに昨年、終わった。

 そして、今のコロナ禍だ。経済は大変なことになってしまっているが、この痛みをただ単に痛みとして終わらせるのではなく、大きく変わっていく契機にしていかなければならない。

 昨年9月に誕生した菅政権はこうした問題にアプローチするために、2つの大きな柱を打ち出した。1つがデジタル庁の設置をはじめたとしたデジタル化であり、もう一つの柱が50年のカーボンニュートラルだ。

 コロナ禍で日本政府のデジタル化の遅れは白日の下にさらされた。各国で給付金が素早く給付されていく中で、日本の対応は非常に遅れた。こうした反省に立ち、政府・地方自治体のデジタル化を進めるというのが1つの目標だ。ただ、公的セクターのデジタル化だけでは、成長戦略には全く結びつかない。むしろ本丸は民間セクターのデジタル化だろう。

 中国では、政府の科学技術予算と民間投資を合わせた研究開発費は40兆円を超えた。25年までに約65兆円にまで増やし、米国に並ぶことが次の目標になっている。米国もこうした中国の動きに警戒感を強めている。民間に任せるだけではなく、政府も積極的に関与していくべきだとの声が高まっている。

 デジタル化を巡っては、象徴的な出来事があった。新型コロナウイルス感染者と接触したことを通知するスマートフォンのアプリ「COCOA」を巡る問題だ。厚生労働省が開発を委託したのはパーソルプロセス&テクノロジーで、発注額は3億9036万円だった。

 パーソルはその後、3社に計3億6842万円で再委託した。実に9割超を再委託したことになる。さらに3社からは2社に再々委託され、2社に入った金額は最終的に4193万円しかなかった。

 もちろん委託された先は、それぞれ担当した仕事もあるのだろう。だが、実際に最も工数をこなしたところはどこだったのか。中抜き構造は必要だったのか──。こうした問題を解決しなければ、税金に巣くう生産性の低い民間という構造は変わらない。


 
 日本の将来を考える上で、もう一つの鍵は環境投資だろう。50年のカーボンニュートラルの実現に向けて、積極果敢に挑んでいかなければならない。

 欧州などを中心にESG投資が増えており、日本企業もこうした動きと無縁に存立することはできない。地球環境という視点を常に持ち経営に当たらなければならない時代に確実に入っている。

 菅は昨年12月4日の記者会見で、これを達成するための環境投資として「過去に例のない2兆円の基金を創設し、野心的なイノベーションに挑戦する企業を今後10年間、継続して支援する」と胸をはって見せた。

 菅は年始の記者会見でも、「環境対応は、もはや経済成長の制約ではありません」と強調。前例のない挑戦をすることが、国内の環境意識の変革も牽引するだろうし、環境こそが競争の最前線であり、ここで勝つことが肝要だという菅の主張は確かにその通りだろう。

 今後、低コストで大規模な水素製造装置の開発や再エネの普及に欠かせない蓄電池の低コスト化、洋上風力発電の推進などに資金を投入するという。また、自動車からのCO₂排出量もゼロを目指すと位置づけられた。

 だが、具体的な政策となるとどうか。2兆円の基金はどう使われるのか?  2兆円で10年間継続的に支援するということは、単純に年額に換算すれば2000億円しかない。毎年2000億円で具体的にどのような後押しができるのか。正にその中身が問われている。

 原発ゼロにかじを切れない政府の姿勢も今後、マイナスに作用していくだろう。「環境対応は経済成長の制約ではない」というのであれば、再生可能エネルギー分野で飛躍的なイノベーションを進めるためにも、原発に頼る現在の政策は転換していかねればならないだろう。

 とはいえ、現存する原発を廃炉にするにしても、100年単位の計画が必要だ。原発を安全、安定的に廃炉を進めるためには技術者も必要だ。政府がこうした問題に真摯に向き合いつつ脱原発を進めていくことが求められている。



  積み重なるのは国内課題だけではない。日本外交は戦後、常に米国を第一に見てきた。先の大戦で敗れ、日本を占領したのは米国だったことを考えればこれはやむを得ないことだ。

 しかし今、中国が経済だけでなく、地政学上でも大きなプレゼンスを発揮するに至っている。尖閣諸島がある東シナ海のみならず、南シナ海への進出に各国は警戒感を強めている。

 新しい動きは、欧州各国が南シナ海に目を向け始めたことだ。先にフランスは艦船2隻を南シナ海に派遣した。米艦船も台湾海峡を通過するなど、緊張は高まりつつある。

 こうした中で、今年初めて日米豪印の4カ国首脳会議(クアッド)がオンラインで開かれた。会議後の首脳コメントは「自由で開かれた」アジアに言及するなど、言外に中国政府を批判する論調となった。

 会議の進行役を務めた米大統領のバイデンは声明で、「この地域が引き続き、国際法に統治され、普遍的な価値観を重視し、威圧のない場所であり続けるため、我々は取り組み続ける」と述べ、中国を名指しすることは避けたものの、菅は中国に対して明確に批判的な態度を示し、記者団に「中国による一方的な現状変更の試みに強く反対することを訴えた」と説明。他の首脳からも支持を得られたとした。中国への向き合い方は簡単ではない。安全保障分野では対峙する場面が増えるだろうが、経済関係はますます相互依存を深めていくだろう。

 日米同盟を基軸としながらも、インド、豪州そして欧州などとの関係性を深めつつ、日本はどう中国との関係を構築していくのか。従来の日米同盟一辺倒では解ききれない連立方程式が突きつけられている。

 政権を巡る状況はまさに外憂内患だが、菅には衆院選という一大政治イベントが待ち構えている。21年度予算は20年度内に成立した。4月に菅は訪米し、初めてオフラインでバイデンとの会談に臨む。さらに、政府が重要法案と位置づけるデジタル庁法案も4月下旬には成立する見通しで、そうなれば衆院解散・総選挙に臨む環境は一応整うことになる。

 内閣支持率も回復基調にある。内閣支持率はスキャンダンル等で上下することもあるが、最近のトレンドは新型コロナウイルスの感染者数と反比例するということだ。感染者数が減れば内閣支持率は上がり、感染者数が増えれば内閣支持率は下がる。総務官僚への接待スキャンダルが噴出しているが、支持率にはさほど影響していない。

 内閣支持率が回復基調になれば、リーダーとしては当然ながら解散の誘惑にかられるだろう。菅も今の状況に自信を持ちつつあると言われており、自民党内では「4月末に解散し、5月下旬の投開票がいいのではないか」との声が出ている。菅政権を支えるキーパーソンである国対委員長の森山裕は「5月投開票はありえる」という趣旨の発言をしている。



 唯一、見通せないのが新型コロナの感染状況だ。首相官邸関係者は「コロナの感染者数次第だ。4月末に解散したいと思っていたとしても、感染者数が多ければできない」と語る。

 衆院選の次のタイミングとして考えられるのは、7月4日投開票の東京都議選とのダブルだろう。公明党はダブルに反対と言われているが、果たしてどうか。政治状況次第でダブルになる可能性は十分にある。

 7月には東京オリンピックが始まり、8月にはパラリンピックが始まる。パラリンピックが終わるのは9月5日で、この間に衆院選を断行するのはほぼ不可能だろう。

 ここまでくると問題になるのは、自民党総裁の任期満了である9月30 日が目前に迫ってきているという点だ。菅からすれば、自民党総裁選の前に衆院選をやりたいと考えているだろう。総裁選を先にやるとなると、人気が出そうな新総裁に変えて衆院選に臨みたいという議員心理が必ず出てくるためだ。どの顔で選挙を戦うかは、自民党議員にとっては死活問題で、このときに支持率が低迷していれば、菅は総裁選で首をすげ替えられかねない。こうした事態は菅にとっては避けたいだろう。

 最近の地方選挙を見ると、自民党分裂が相次いでいることも気になる。岐阜県知事選は分裂したまま選挙となり、しこりを残した。千葉県知事選は自民党分裂とは言い切れないが、無所属の新人に大敗する失態を演じた。福岡県知事選は分裂を回避したが、兵庫県知事選は分裂が必至の様相となっている。

 自民党の政党支持率は横ばいで安定しているものの、地方での自民党分裂騒動は何を意味するのか。こうした動きが衆院選に影響を与えるのか。地方で起きつつある地殻変動なのか……。党中央としては不安材料であることは間違いない。

 一方、野党はまだまとまり切れずにいる。原因の一つは、連合の共産党嫌いだろう。立憲民主党の保守系政治家たちが共産党との連携に前向きなのに対して、連合の共産嫌いは55年体制をそのまま引きずっているように映る。共産党との関係を建設的な方向にもっていけなければ、与党を利するという構図は変わらない。与野党共に問題を抱えて、政治の季節に突入していく。 (敬称略)