名古屋大学(名大)は4月6日、わずか1ml尿中に含まれる「マイクロRNA」を測定することで、99%の正確度で脳腫瘍を診断できることを明らかにしたと発表した。

同成果は、名大大学院 医学系研究科 脳神経外科学の北野詳太郎客員研究員、同・青木恒介特任助教、同・夏目敦至准教授、名大大学院 工学研究科 生命分子工学専攻の安井隆雄准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会誌「ACS Applied Materials & Interfaces」にオンライン掲載された。

日本において、今や2人に1人は生涯においてがんにかかり、3人に1人が亡くなるという状況だが、それでもがんの生存率は上昇している。その要因のひとつとされるのが、がんの早期発見だ。しかし、脳腫瘍の生存率はここ20年でほぼ横ばいである。その理由のひとつとされるのが、ほかのがんに比べて脳腫瘍が発見される時期が遅いことが挙げられている。

脳腫瘍は、手足を動かせない、言葉を話せないといった神経症状が出現して初めてCTやMRI検査を受け、そこで初めて発見されることが一般的に多い。その場合、すでにかなりの大きさに進行しているため、手術で完全に取り除くことは容易ではないという。そのため、脳腫瘍での生存率を上昇させるためには、ほかのがんと同様に、小さいうちに発見し、治療を開始することが重要と考えられている。

そうした背景を受けて研究チームが脳腫瘍診断のバイオマーカーの候補として注目したのが、生体の機能を調節する核酸であるマイクロRNAだ。マイクロRNAは、直径40~5000nmほどの細胞が分泌する「細胞外小胞体」の中に含まれており、多くの細胞外小胞体は血液だけでなく、尿中でも壊れずに安定して存在している。

尿は健康診断を受ければほぼ必ず採取させられるように、誰でも簡単に身体に負担をかけることなく採取できることがメリットだ。しかしその一方で、超遠心法などの従来の方法では尿から多くの種類のマイクロRNAを集めることはできなかった。そこで、尿中の細胞外小胞体が効率よく集められるナノサイズの「酸化亜鉛ナノワイヤ装置」を開発し、尿による早期の脳腫瘍診断方法の確立が目指された。

まず研究チームは、ナノワイヤを約1億本搭載した大量生産が可能な装置を開発。この装置は、各部品を組み立てて作成するため、各々の部品を滅菌することが可能で、医療用機器として使用できるという可能性もあるという。

この装置で尿中の細胞外小胞体を捕捉し、内部のマイクロRNAの抽出が行われたところ、従来の超遠心法や商品化カラム法に比べ、多くの種類のマイクロRNAを高純度で抽出することが可能であることが確認されたほか、高い再現性も示されたという。

  • 脳腫瘍

    (A)ナノワイヤ装置の模式図。(B)従来方式とナノワイヤ装置の性能比較。(C)ナノワイヤ装置による再現性 (出所:名大プレスリリースPDF)

続いて、脳腫瘍由来のマイクロRNAが尿中に認められるかどうかを調べるため、脳腫瘍患者の腫瘍組織(オルガノイド)が培養され、ナノワイヤ装置を用いて脳腫瘍組織が分泌しているマイクロRNAの抽出、解析が行われた。その結果、健常者と比べて脳腫瘍患者の尿で発現変動を示していたマイクロRNAの73.4%は、その患者の脳腫瘍自体から分泌されたマイクロRNAであることが判明。一方、脳腫瘍が分泌する特徴的なマイクロRNAは、健常者の尿中にはほとんど含まれていないことも確認されたとのことで、脳腫瘍が分泌した特徴的なマイクロRNAを含む細胞外小胞体は、尿中に安定して存在していることが示唆されることとなったという。

  • 脳腫瘍

    ナノワイヤを利用したオルガノイドおよび尿からのマイクロRNA収集の模式図 (出所:名大プレスリリースPDF)

さらに、尿中マイクロRNAが脳腫瘍のバイオマーカーとなるのかどうかの検討に向け、68名の脳腫瘍患者と66名の健常者の尿からマイクロRNAを抽出、その発現の比較を実施したところ、脳腫瘍患者のマイクロRNAの組み合わせには特徴的な発現パターンがあることが明らかとなった。

そして別の34名の脳腫瘍患者と34名の健常者に対し、明らかになった発現パターンを基に分類を実施したところ、99%の正確度(感度:100%、特異度:97%)で脳腫瘍を診断できることを確認したほか、希な脳腫瘍に罹患している患者15名に対しても、今回の手法で全員が「脳腫瘍あり」と正しく判定できることが確認されたという。

今回の手法についけ研究チームは、脳腫瘍の悪性度や大きさを問わず、正確に診断できることから、尿中のマイクロRNAは今後、脳腫瘍のバイオマーカーとして実用化される可能性が示されたとしているほか、この方法を用いれば、肺がんをはじめとするがんも尿で高精度に診断できる可能性があるとしている。