「競泳水着の天使」と称される来栖うさこの最新DVD「来栖うさこの桃尻団地妻」が、アイドル動画見放題の有料サブスクリプション配信サービス「アイドル・オン・デマンド」(月額2,980円税込)にて先行配信されている。「自分の名前を作品で残していきたい」と展望を明かす来栖に、最新作の見どころや、かつてはコンプレックスだったという美脚と美尻などについて話を聞いた。

  • グラビアアイドルの来栖うさこ

    来栖うさこ
    1991年生まれ。愛媛県出身。A型。高校卒業後に上京し、芸能活動を開始。2019年1月にイメージDVD『齧り付きたいお尻』をリリース。以降、グラビアアイドルとして活動する。自身が運営するYoutubeチャンネル「来栖うさこチャンネル」は登録者数が12万人を突破するなど人気を博している

――今回の作品には、どんな魅力が詰まっていますか?

今までリリースしたイメージビデオとは、がらりと雰囲気の変わった最新作なんですけど、今回は毎チャプターごとに、設定が大きく変わっています。今までなかったものだと、YouTube的なノリの、バラエティのチャプターがあったりします。今までだと、最初から最後まで通してストーリーがあって、台本が用意されていてっていう形だったんですけど、今回はチャプターごとに「今回はこれ」「次はこれ」という感じです。団地妻もチャプターの中の1つなんです。

――お気に入りのチャプターはありますか?

競泳水着が好きなので、競泳水着のチャプターですね。あと、銭湯での撮影もやっているんですけど、銭湯での撮影が初めてだったので、すごく楽しかったです。銭湯では、2つのチャプターを撮ったんですけど、どちらもバラエティ系ですね(笑)。タオルを水着の上に巻いて、それを落とさずに掃除できるのかチャレンジしますっていうのと、あとは泡で水着を隠していて、それがちょっとずつ取れていくみたいな(笑)。

――面白そうですね(笑)。3サイズは上から77・55・88。くびれとお尻のギャップがすごいです。キレイなお尻をお持ちですが、お尻にはやはり自信がありますか?

お尻には自信があります。お尻と、そこにかけての脚にも自信があります。もともとはコンプレックスでした。お尻はそんなに大きくないんですよ。大きくないんですけど、学生の頃に「お尻大きくない?」って言われていたんです。それがすごく嫌で「大きくないもん」と思っていたんです(笑)。グラビアを始めた時に「お尻の形がきれいだね」とか、褒めていただけることが多くて。そこで初めて好きになって、今では大好きですね。

――高校卒業後に、愛媛から上京したとのこと。芸能界に入るためだったんですか?

最初は進学なんですけど、進学もどちらかというと「上京したい」っていうのが一番でした。奨学生で、学費を払いながら、1年くらいは学校に通っていました。田舎出身だったので、夢を追いかけるって、けっこう馬鹿にされがちなんですね。みんな地元に戻るし、そもそも地元から出ないんです。『「結婚して、就職して」っていうのが幸せだ』みたいな考えがけっこうあるんです。

でも東京に出てきて「ライブやってる」とか「モデルやってる」とか「言っていいんだ!!」と思ったんです。東京だと、今までは馬鹿にされていたことを、誰も馬鹿にしないんですよね。もともと「やりたいな」とは、内々に思っていたんです。名前を残したいという気持ちがあったんですよね。最初は、全然下手なんですけど、漫画を描いたり(笑)。「名前を残したい」っていう意識は、ずっとありました。中川翔子さんが好きなんですけど、ライブを見に行ったときに、「やっぱり私もアイドルをやりたい!!」と思って、活動を始めたのが最初ですね。

――グラビアとの出会いは?

グラビアはもともと好きで、ずっと見ていたんです。でも、アイドルをやっていたので、「水着とか下着とかはダメ」と言われてて、自由にできなかったんです。アイドルを辞めた時に、そういう縛りがなくなって、「じゃあやろう!!」と思ったんです。

――最初のグラビア撮影のことは覚えていますか?

最初が競泳水着だったんですよ。グラビアをやるって決めた一発目の撮影が、競泳水着でした。まだ自分の売りも見つかっていなくて。小さいからおっぱいじゃないし、「どこだろうな?」って悩んでいた時に、お誘いをいただいたのが競泳水着のイベントでした。そこでみんなに「競泳水着、めっちゃ似合うね」「お尻とか脚とか、めっちゃ綺麗だね」って言われて「私の売りはこれだ!!」と思って(笑)。それから競泳水着を愛用しています。

――これまでの人生やキャリアを振り返って、転機に挙げられることはありますか?

中川翔子さんのライブは大きかったですね。最初のライブは、幕張メッセでした。人生で、ライブっていうもの自体、その時が初めてで。上京してきて、人生で初めてのライブが、中川翔子さんだったんです。もともと音楽とかは好きだったんですけど、なにせ田舎で、ライブとかがあるわけではなかったので「すごい!!」と思いました(笑)。あと、東京に出てきたことは大きいと思いますね。

――愛媛からの上京だと、色々と変わる部分も多いのかなと思います。ホームシックになったりはしなかったんですか?

一切ならなくて(笑)。親はちょっと寂しいかもしれないですけど、めちゃくちゃ楽しかったですね。最初はやっぱり「帰りたくなるのかな」と思ったんですけど、全然ならなくて。「楽しい~!!」と思って(笑)。

――愛媛にいた頃は、窮屈さを感じたりしていた?

そうですね。あまり目立ったりもしたくなかったですし、なるべく地味に(笑)。地味に生活していたんです。でも、久しぶりに帰ると、すごくいいところだなと思います。食べ物がおいしいですし、水がきれいですし、時間がゆっくりに感じますね。

――そんな来栖さんが、お仕事をする上で、大切にしている姿勢や考え方は?

「なぜそのお仕事をいただけたのか」を考えますね。例えば雑誌とかだと、ファンの方が沢山アンケートを出してくれたから出れたり。お友達のグラドルさんが紹介してくれた仕事だったら、「その子のおかげで振ってもらったお仕事」だと思ったり。「全部が自分の力みたいなことは、絶対に違う」と思っています。誰かが「この子、いいよ」って名前を出してくれたとか、ファンの方が応援してくれたりっていうのが、絶対にあるから、そこを忘れないようにしています。

フリーランスで活動しているので、なおさら思いますね。私も、仕事が一緒になったときとかに「あの子、すごく雰囲気が良かったな」「感じが良かった。しっかりしてたな」って印象に残りますし、他の現場で「最近、いい子いた?」とか「誰と仲がいいの?」っていう話になったときに「この子、すごくよかったです」とか、名前を出すんです。そういうのって、すごく大事だなあと思いますね。

――今後はどのようにキャリアを重ねていきたいですか?

たくさんの人に知ってもらいたいのはもちろんなんですけど、そもそもこういう活動を始めたいなって思った一つのきっかけに「自分の名前を作品で残していきたい」っていう思いがあって。今はDVDを出させてもらっていますけど、写真集だったり、これから先もずっと残っていく作品を、どんどん出していけたらなって思っています。