岡林信康とともに紐解く、コロナ禍で生まれた23年ぶりのアルバム

日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2021年3月の特集は、岡林信康特集。第1週は、23年ぶりとなる最新アルバム『復活の朝』の全曲紹介を岡林信康本人へのインタビューとともにお送りする。

復活の朝 / 岡林信康

田家秀樹(以下、田家)こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人、田家秀樹です。今流れているのは、岡林信康さんの「復活の朝」。2021年3月3日に発売の23年ぶりの新作アルバム『復活の朝』のタイトル曲。今日の前テーマ曲はこの曲です。

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2021年3月の特集は「岡林信康」。ついに登場です。1968年に『山谷ブルース / 友よ』でデビュー。日本語のフォークとロックのシンボルとして、最初のカリスマ的存在となった方です。彼を語る時に必ずつく呼び名は「フォークの神様」。1960年代終わりから1970年代にかけての激動の政治の時代を象徴する人ですが、本人の意識や意図とは別に祭り上げられてしまった面の方が大きかったかもしれません。1970年代の初め、岡林さんは東京を引き払って京都の山村に移住するんです。今も音楽活動と農作業を並行しております。1980年代には新しいポップスを目指し、1990年代には日本の伝統音楽と取り組んだ。まさに孤高の軌跡です。彼は何を求めて、何と戦って、どう自分自身であろうとしたのか? 今月は5週にわたって本人の話を交えてお送りしようと思っています。今週は第1回、23年ぶりの新作アルバム『復活の朝』全曲をご紹介したいと思います。改めてこの曲をお聞きください。そして、この曲がどんな風にできたのか? アルバムがどんな風に始まったのか? インタビューしております。

(以下、インタビュー)

岡林信康(以下、岡林):アルバム自体はライブ盤とか出してたけど、全部新曲というのは23年ぶりでね。よくも23年間もサボっておったもんだと感心しております(笑)。

田家:これは作ろうと思って作られたアルバムですか? それとも何かに打たれたように曲ができ始めたというものなんですか?

岡林:そもそもの直接的なきっかけは、去年の4月か5月頃のある新聞で、コロナ禍で車の交通量も減って工場も止まったので北京に久しぶりに青空が戻ってきたという記事を読んだのよ。その時に、もはや人間は自然にとっていない方がいい存在になったのかな? 人間がいない地球はどうなんるんだろう? と想像しているうちに、これはひょっとしたら歌になるかなと思ったら、ポロッと「復活の朝」が出来て。それがきっかけやったね。

田家:ニュースを見てから曲ができるまではどれくらい時間があったんですか?

岡林:すぐ。コロナでライブ活動ができなくなってましたから。田舎だからそんな閉塞感もないし、散歩したり畑仕事やったりして誤魔化してたんだけど、やっぱりライブができないのはストレスやったろうね。そういうものが歌作りに向かわせてくれてたんちゃうかな。

田家:その後に曲が次々と出てくる時は、自分でも手ごたえがありましたか。

岡林:いや、私に何が起こってるんだろう、というかね。もう俺からは歌が出てこないと思ってたから。最後に歌を書いたのが10年ほど前に孫のことを書いた1曲きりだし。でも今まで作った歌が色々あるから、これからもう歌手としてやっていこう、作詞作曲の岡林信康は終わったんだな、と思ってたからね。歌がボロボロ出てきた時はびっくりしたよ。自分でも、おかしいな? って(笑)。

田家:曲が浮かんだりした時は、筆記用具を用意したり、ギターをそばに置いてという感じだったんですか?

岡林:そうやね。ギターも弾くし、言葉も書くし。そこにメロディをつけて、また言葉も直して、またメロディも直して。完成した歌詞を書いて曲をつけるということじゃないのよ。最終的にどういう歌になるかは自分でも分からないし、部屋に籠もって七転八倒しているうちにできた。よく色々な人が、曲や歌詞が降りてくるって言うけど、俺は降りてくるいう感覚になったことはない。とにかく自分の中にあったものが出てきた。そういう感覚やね。

田家:自分でも思ってもなかったことが出てきたという?

岡林:アルバムを作れるとは思ってなかったし、最初の3曲ほどできた時にちょっと遊び心で、今一緒にコンサートの旅をしている加藤実君に自分がギター1本で吹き込んだ音源を送っといたのよ。ほんで、これにちょっと音をつけて遊ばないかって言って。彼はピアノもオルガンもエレキギターもアコーディオンも何でも弾けるから、それに音をつけて送り返してくれたのね。それを聴いてるうちに、また面白くなってまた次の歌ができるというね。

田家:最初にできた3曲というのは?

岡林:「復活の朝」と「お坊ちゃまブルース」と「友よ、この旅を」が最初にできて。

田家:「お坊ちゃまブルース」は、岡林さんらしいシニカルでユーモラスな部分もありますね。

岡林:これは誰のことを言ってるんですかってよく訊かれるんだけどね(笑)。これは誰だって言ってしまうと、歌の楽しみ方が限定されてしまうやろ。皆が自由に受け止めて、近所のおっさんを連想したっていいんだし。自由に楽しんでもらいたいから、僕は敢えて何も言わない方がいいなと思って。

田家:こういう世の中に対しての批評性はずっと変わらずある、そんなアルバムですよね。

岡林:そうやね。それを敢えて歌に出したっていうのは久しぶりやね。自分でもこういうこと言って、またメッセージフォークとかプロテストフォークって言われるの嫌だから、避けてた節はあるんだけど。今回は素直にポロっとね。

(以下、スタジオ)

田家:岡林さんは京都から少し離れたところに住んでいらっしゃるわけで、ご自宅に伺うのもなんだしということで、京都駅に直結しているグランビアホテルの一室をお借りしてお話をお伺いしました。こんな風に始まったアルバムなんですよ。自分でもびっくりした、もう俺には曲は書けないんではないかと思っていて、でも北京の空が綺麗になったっていうニュースを見て「復活の朝」が浮かんだら、次々と曲ができた。そんな始まりです。環境が変わったり、生活が変わったりすることが、眠っていた何かを呼び起こす。そんな時期だったんですね。「復活の朝」と「お坊ちゃまブルース」と「友よ、この旅を」、アルバムの中の柱とも呼べる3曲が最初にできた。「お坊ちゃまブルース」のように、世の中を茶化しながらプロテストしているというのは、岡林さんの初期の曲に多かったんですが、1980年代頃から書かなくなってましたね。プロテストフォークだとか、メッセージフォーク、フォークの神様だ、と言われることは、もう勘弁してほしいということで書かなくなった。それらの曲も、後ほどお聴きいただきます。

蟬しぐれ今は消え / 岡林信康

(以下、インタビュー)

田家:アルバムの「復活の朝」と「蟬しぐれ今は消え」の流れは、年齢みたいなことも含めて対になっているようにも聞こえました。

岡林:9曲書いて、じゃあアルバムにしようということになって曲順を決めていくわけで。聴いていて一番気持ちいい曲順というのが正解なのね。だから、とかく「復活の朝」と「蟬しぐれ今は消え」というのは、深いところで繋がっているなと思う。

田家:この年齢だから、こういう秋を迎えている日々でもあったんでしょうね。

岡林:田舎に住んでいるから、夏の終わりにセミの死骸が転がっているのは珍しくもないんだけど。去年だけはそれを見た時に、ある種の儚さとか俺の旅もそろそろ終わりに近づいているかなという気持ちになって、「蟬しぐれ今は消え」が生まれてきた。

田家:"君の心に宿り生き続けたい"というのが、この年齢を迎えられた岡林さんの音楽に対する想い方の変化でもあるのかなと思ったりしたんですよ。

岡林:僕は「千の風になって」という歌が嫌いでね。お墓の中に私がいないというのは分かるんだけど、千の風になってどうだこうだっていうんじゃなくて、良き思い出になって誰かの心の中で生き続けられることができたら、それは嬉しいなというか。それの方が正解じゃないかと思って。だから、この曲ができた時に「やっとあの歌をやっつけてやったぞ」って思って(笑)。

田家:なるほどね(笑)。今仰った去年の秋の状況っていうのがまさにコロナ禍で。3曲目「コロナで会えなくなってから」は、こういうことだったんだよって説明している感じがありますね。

岡林:コロナ禍ということを抜きにして、このアルバムはできなかったね。俺はあんまり意識していなかったんだけど、今全部揃ってから聞き返してみると、コロナなくして生まれてこなかったやろうなって思う。

田家:歌の中にもありますけど、やっぱり色々なものと改めて向き合ったり、失くして初めて気がついたこと、できなくなって分かったことがいっぱいあるんですね。

岡林:人との交わりとか他愛のない馬鹿話がどれほど大切なことかというね。何も特別感じてなかったことが、コロナ禍で人に会えなくなったりもするし。俺も東京に行けなくなって。東京に音楽仲間とか友達多いから、コロナになって奪われたことによって逆にその大切さを知るというか。それと、どこかで皆が死というものを意識したと思うねん。特に俺らは、年齢的にも今年の夏に75歳になるし。

(以下、スタジオ)

田家:アルバム『復活の朝』2曲目「蟬しぐれ今は消え」についてのインタビューをお聞きいただきました。岡林さんだけでなく、色々な方がこんな風に思いながら去年の秋を過ごしていたんだろうと思います。それがこういう歌になりました。歌詞を見ると「良き思い出になって 君の心に宿り生き続けたい」という部分があります。岡林さん、こういう心境になったんですね。岡林さんはずっと自分のことを歌ってきた。自分の音楽、自分が歌うべきことはなんだろう、と。私小説的なものが多かったんですけど、この「蟬しぐれ今は消え」はこんな風に聞き手のことを考えるようになったんだなあ、と思いました。「千の風になって」へのアンサーソングでもあります(笑)。3曲目には、正にコロナ禍での想いが歌われた曲が入っています。今まで当たり前だったことがなくなって初めて分かること。そして、自分の人生がそろそろ終わりに近づいていること思い知らされた。続いて、3曲目「コロナで会えなくなってから」、4曲目「恋と愛のセレナーデ」です。

コロナで会えなくなってから / 岡林信康

(以下、インタビュー)

岡林:最近は通販で買ったオールデイーズのCDを聴いてるわ(笑)。ザ・プラターズの「Only You」とかレイ・チャールズの「愛さずにいられない」とかああいうの一回やりたいと思ってて、それでこういう「恋と愛のセレナーデ」を遊び心で作って。この歌はコロナに関係ないようだけど、コロナ離婚というのが多くなったのを聞いて。あんなに燃えて一緒になったのに、お互い向き合った途端に別れるっていうのも面白いなというか。恋と愛っていうテーマはどうなんだろうな? ということで生まれてきた歌で。

田家:こんな状態は、どの年代の人も恋愛初期には想像もしなかったでしょうしね。今月は番組で5週間に渡って岡林さんの軌跡を辿ろうと思っているのですが、ポップなものをやろうとした時期もありましたもんね。

岡林:そうです。コロナになる前は、俺が今まで作ったポップな曲っていうのはあまり評価されてないのでね。これをもう一回集めて、松任谷正隆にアレンジしてもらってアルバム作ろうかっていう企画があったの。それがこのコロナで吹き飛んでしまって(笑)。結果的にやらなくてよかったと思うけど。

(以下、スタジオ)

田家:通販で買ったCDを聴いている普通のおじさんです(笑)。岡林さんは携帯もパソコンも持っていないので、ダウンロードとかサブスクというのは一切無縁で、今でもCDを聴かれてます。岡林さんにはポップな歌が結構あるんですけど、そういう面はほとんど評価されてこなかった。それはなぜかと言うと、フォークの神様というイメージがずっとあったからですね。聞き手の中でも、こういう岡林はあまり聴かないという人も多かった。1992年に尾崎豊さんが亡くなった時に、岡林さんは彼のことも歌ってます。これも追々お聴きいただきます。そういうフォークのレッテルに縛られていた人が、実はこんな音楽をやってきたんだ、というのが今回の特集の一つの趣旨であります。ですが、今週はまず新作をお聴きください。お聴きいただいたのは、岡林信康さんの最新アルバム『復活の朝』3曲目「コロナで会えなくなってから」、4曲目「恋と愛のセレナーデ」でした。続いては、先ほどお話にも出た5曲目「お坊ちゃまブルース」です。インタビューは6曲目「アドルフ」と7曲目「BAD JOKE」について伺っております。

お坊ちゃまブルース / 岡林信康

(以下、インタビュー)

田家:やっぱり岡林さんだなと思うのが、この「アドルフ」と「BAD JOKE」でありまして。「アドルフ」いいですね。こういうことを歌える人はあまりいないし。

岡林:危ないなと思うんやけど、今、強い指導者が出てきて一挙にコロナ問題を解決してくれないかなという風潮が無きにしも非ずで。こういうのって怖いと思うんだよね。中国なんかのやり方を見ていると、俺はあの国は一党独裁の軍事政権だと思うから、ああいう強権的なことを本当に望んでいるのかなという気がしてね。それをどこかで待ち望むような風潮って怖いなという想いから、こういう歌が一つ書けてしまったんやね。

田家:書けてしまったと。これはすぐできましたか?

岡林:これわりと早くてスルスルと。最初は強い指導者を求めてる若者がいるらしいという歌詞だったんだよ。でも、ある人に若者だけの問題じゃないでしょうと言われて、歌詞を変えたんだけど。

田家:「BAD JOKE」は「復活の朝」と対になっている歌でもありますね。

岡林:「BAD JOKE」はあまりにもストレートに自分の言いたいことをぶちまけてるから、とにかくサウンドで飛ばしてほしいと思って。バンド編成風で思いっきりロックにしてくれと言ったら、結構サウンド面白いよな。この歌は弾き語りでは聴いてられへん(笑)。昔、ロックは重たい言葉を運ぶという言い方があって、この曲はまさに重たい歌詞をサウンドが飛ばしてくれる。これが俺のロックだなと思ったよ。

(以下、スタジオ)

田家:「アドルフ」と「BAD JOKE」についてのインタビューをお聞きいただきました。「お坊ちゃまブルース」は誰のことを歌っているんだろう? と考えながら聴いてみてください。そして、「アドルフ」は今の世界に対しての懸念ですね。岡林さんの実家は教会で、彼も同志社大学の神学科に進んでます。ただ、宗教的なことへの疑問もあって大学は中退しました。個人崇拝に対しての疑問ですね。そして彼は山谷に住みついてフォークソングに出会うんです、この話はまた来週に。その後の「BAD JOKE」は、今の地球の温暖化についての率直な警鐘です。この二曲を続けて聴いていただきます。インタビューは、「BAD JOKE」についての続きです。

アドルフ / 岡林信康

(以下、インタビュー)

田家:普段、自然の中で畑と向き合ったり、森を歩いている中で、都会の人には分からない自然の変化を感じていらっしゃるんでしょう?

岡林:そうやね。特に最近怖いと思うのは、台風が大型化して。一昨年は俺の家の屋根瓦もちょっとやられたり。畑も風でぐちゃぐちゃに引きちぎられて、茄子とかきゅうりもその後全くダメになったりしてね。去年たまたま台風来なかったからホッとしたけど、台風も温暖化の影響って言われたりしてるからね。うちの庭の隅の大きな水蓮鉢に金魚を飼ってるんだけど、普通、金魚は11月の終わり頃から三ヶ月くらいは冬眠して動かないのに、ここ10年くらいは冬眠してない。だから温暖化というのは本当だと思う。

田家:なるほどね。

岡林:だからコロナが終わると薔薇色の日々が戻ってくるっていう幻想の方が怖いな。台風どうなったとか、南海トラフ大地震って大騒ぎしてたんじゃないなのかとか。こういう気象異常を招いたのも人間の文明だと思うし、そこをちゃんとしないとコロナが去っても薔薇色にならないよと思ってね。コロナでそこを忘れてしまっている感じもするね。

田家:そういう歌を「BAD JOKE」とタイトル付けられていますが。

岡林:というのはね、ツッコまれたら冗談ですよって逃げようと思ってね(笑)。

(以下、スタジオ)

田家:冗談をお聞きいただいておます(笑)。というのは岡林さんのジョークではあるんですが、地球温暖化のバロメーターでよく出てくるのが白熊ですね。でも、金魚が冬眠しないというのは一番身近な温暖化の一つの例でしょう。そういう暮らし方だから感じる、色々な環境の変化がこういう歌になっているんだと思っていただけると、曲が違って聞こえるんではないかと思います。そういう意味では、岡林さんは変わってないなあ、というのがこのアルバムの一番率直な印象ですね。変わってないというよりも、元に戻ったんではないか? フォークの神様と言われていた頃、ロックは重たい言葉を運ぶ。はっぴいえんどがそれを手助けしていたわけで、松本隆さんがプロデユースをした『金色のライオン』の頃の岡林さんを思い浮かべならきておりました。続いて8曲目「冬色の調べ」をお聴きいただきます。インタビューは、「冬色の調べ」と「友よ、この旅を」の2曲についてお聴きいただきます。

冬色の調べ / 岡林信康

(以下、インタビュー)

岡林:俺が名付け親になった女の子が今度母親になって子供できる。最初はその話だけで歌にしようと思ったんだけど、どうしてもできなくて。その話をした3、4日後にその陶芸家の友達の訃報が。まさに生と死のドラマで人は生まれ去りゆくというフレーズが生まれて、それでこの歌ができたんです。

田家:庭のあの壺というのは……。

岡林:庭の壺が冬の日差しでぽっと光った時に、それが涙のような気がしたのね。

田家:岡林さんはご自分の友達や家族のことを歌ってこられていて。みのりちゃんとかだいすけくんとかこれまでも歌に登場してこられた方たちは、今どう生活していらっしゃるんでしょう?

岡林:みのりは子供ができて、孫が今度高校生になるんです。このアルバムのジャケットの絵は、実はその孫なんですよ。

田家:なるほどね。みのりちゃんのお子さんか。

友よ、この旅を / 岡林信康

田家:アルバムの最後に「友よ、この旅を」という曲があります。短い曲ですが、一番しみじみとさせる曲で終わっていますね。「友よ」のアンサーソングのようでもあります。

岡林:あの歌も不思議な歌でね。左翼なり反体制運動の行進曲になったり……。

田家:この話は来週にしましょうか(笑)。来週もよろしくお願いします。

岡林:お願いします(笑)。

田家:FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」岡林信康特集Part1「復活の朝」。3月3日に23年ぶり最新アルバム『復活の朝』を発売する、岡林信康さんの軌跡を5週にわたって辿ります。流れているのは、この番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」です。

山下達郎さんが、岡林信康さんの「今日を超えて」をこの10数年ステージでカバーしています。でも1970年代や1980年代の頃は、達郎さんの音楽と岡林さんの音楽は水と油のように見られている時期がありました。でもちゃんと繋がってます。岡林さんは、フォークの神様というレッテルとイメージに縛られた時期がありましたが、はっぴいえんどは岡林さんのバックバンドでデビューしたりしているわけで、1970年代の音楽シーンには大きな影響がありました。シンガーソングライターとして最初のカリスマになり、そのことで苦しんだ人でもあります。岡林さんがどんな音楽を作ってきたのか? 5週間に渡って辿っていきます。本人があまり表舞台に出ようとしなかったので語られたりしなかったことが多いですが、来週は先ほどの「友よ、この旅を」からURC、CBSソニー時代の話について伺います。

岡林さんは今京都の郊外に暮らしているわけで、京都駅前のグランビアホテルという立派なホテルまで出て来ていただきました。ホテルの部屋にはFM802の技術の偉い方がセッティングに来てくださいました。岡林さん登場ということで、関係者の対応も違うなということも改めて思いました。ありがとうございました。

田家秀樹

https://takehideki.exblog.jp

OFFICIAL Twitter :@fmcocolo765

<リリース情報>

岡林信康

発売日:2021年3月3日(水)

価格:3000円(税抜)

=収録曲=

1. 復活の朝

2. 蝉しぐれ今は消え

3. コロナで会えなくなってから

4. 恋と愛のセレナーデ

5. お坊ちゃまブルース

6. アドルフ

7. BAD JOKE

8. 冬色の調べ

9. 友よ、この旅を