国立極地研究所(極地研)、東京医科歯科大学(TMDU)、東邦大学の3者は2月25日、病原菌の網羅的な調査を目的として、第60次南極地域観測隊(2018年~2019年)において昭和基地の上水設備(貯水ダムなど)と南極大陸沿岸の湖(20か所)から試料を採取し、レジオネラ属菌由来のDNA配列が基地の上水設備と、調査したすべての湖沼で確認したことを共同で発表した。

同成果は、TMDU大学院 医歯学総合研究科 器官システム制御学講座 統合呼吸器病学分野の島田翔大学院生(兼東邦大医学部 微生物・感染症学講座 特別研究学生)、産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門の中井亮佑研究員、東邦大医学部 微生物・感染症学講座の青木弘太郎助教、とちぎメディカルセンターとちのきの下枝宣史氏、東葛病院の大野義一朗外科部長、TMDU大学院 医歯学総合研究科 統合呼吸器病学分野の宮崎泰成教授、極地研 生物圏研究グループの工藤栄教授、同・伊村智教授、極地研 国際・研究企画室の渡邉研太郎特任教授(名誉教授)、東邦大医学部 微生物・感染症学講座の石井良和教授、同・舘田一博教授らの研究チームによるもの。詳細は、微生物学に関する研究を扱う学術誌「Applied and Environmental Microbiology」に掲載された。

水系感染症は、病原性微生物で汚染された水を吸入あるいは摂取することで引き起こされ、世界的にも公衆衛生上の重大な課題となっている。特に、南極のような医療資源へのアクセスが乏しい遠隔地では、そこに滞在する越冬隊の隊員らにとって、厳密な水質管理は感染対策の上で重要になる。

水系感染症の病原体の中でも警戒が必要なのが、レジオネラ属の細菌だ。レジオネラ属は、自然環境の水や土壌に広く分布するありふれた細菌だが、この属の約半数の種はヒトへの病原性が確認されている。しかも、レジオネラ属菌で汚染されたエアロゾルを吸入するだけで、重症肺炎を発症する危険性があるのだ。

南極の昭和基地ではこれまで、浴槽水などでの検出が報告されてきたが、温暖な環境で増殖しやすいと考えられていたレジオネラ属菌が南極の自然環境にも生息しているのか、また、どのような経緯で基地に定着したのかについてはわかっていなかった。

今回の研究では、昭和基地に定着するレジオネラ属菌および水系感染症を引き起こす可能性のある細菌を網羅的に割り出すことと、その侵入源を明らかにすることを目的として調査が実施された。

2018年12月から2019年1月まで、第60次南極地域観測隊の一般研究観測として、昭和基地内貯水ダムなどの上水設備と、基地から離れた露岩域に点在する氷河湖から環境試料が採集され、日本国内に持ち帰られた。

そして試料からDNAが抽出され、細菌の分類に用いられる遺伝子領域がPCR増幅されたあと、そのDNA配列が大規模に決定されて細菌叢の解析が実施された。また、レジオネラ属菌のみを標的とするPCR増幅と解析も並行して実施され、その詳しい菌種や分布の把握が試みられたのである。

湖沼試料の分析では、レジオネラ属菌、シュードモナス属菌、マイコバクテリウム属菌など病原性の報告のある菌種を含む菌属が確認された。湖沼において広く分布していることが判明し、レジオネラ属菌においては調査したすべての湖沼で確認されたという。

さらに、レジオネラ属菌の詳細な群集構造の解析を通じて、寒冷な南極湖沼においても予想外に多様なレジオネラ属菌が分布していることが確認された。今回、検出されたレジオネラ属菌の配列のほとんどは、報告されているレジオネラ属菌の配列との類似性が低いことが明らかとなった。そのことから、未報告の菌種に由来する遺伝子であると考えられるとしている。

一方で、基地内で検出されたレジオネラ属菌の群集と湖沼の群集との比較が行われたところ、両者で共通する配列も確認されたが、基地内では病原性が報告されている既知の菌種に近い配列が多くの割合を占めたという。これらの種は南極の湖沼ではほとんど検出されなかったことから、人間活動により持ち込まれた可能性も示唆されるとしている。なお、昭和基地の蛇口の水(浄水処理後の水)からはレジオネラ属菌は検出されていない。

今回、南極の寒冷環境においても未知の多様なレジオネラ属菌が広く分布していることが初めて明らかとなり、レジオネラ属菌は低温環境においても適応できる多様な菌種を含む可能性が示唆された。今後、これら寒冷環境のレジオネラ属菌の環境への適応メカニズム、ヒトへの病原性を明らかにしていくことが、極地で活動する観測隊の感染対策を考える上で重要だとしている。

また、基地内で高い割合で検出された既報のレジオネラ属菌由来のものと類似性の高い塩基配列は、南極環境中からはほとんど検出されなかったことから、人間活動により持ち込まれたレジオネラ属菌に由来する可能性が考えられるとする。これは、南極や宇宙など、隔離環境で活動する人々の移動の際に生じる病原菌持ち込みのリスクについて注意を喚起するものであり、南極においても継続的なモニタリングが重要だとした。

  • レジオネラ属菌

    サンプリングの様子。(左)昭和基地から約50km離れた氷河湖のスカルブスネス菩薩池における採取の様子。(右)昭和基地の管理棟にある浴槽からの採取の様子 (出所:東邦大Webサイト)