『ザ・ノンフィクション』神回・プロレスラー中野たむが明かす“肩もみ”アイドル時代「地獄でした」

スターダムのレスラー・中野たむが、3月3日に日本武道館で開催される『レック Presentsスターダム10周年記念 ひな祭り ALLSTAR DREAM CINDERELLA』のメインイベント、白いベルトことワンダー・オブ・スターダム王座と互いの髪をかけて闘う「髪切りデスマッチ」に挑戦する。元々は“肩もみ”アイドルだった中野たむが、レスラーとなり武道館の主役となる。今回「地獄だった」と語るアイドル時代、そしてレスラーへの道について話を聞いた。(前後編の前編)

【写真】アイドルレスラー中野たむのキュートなコスチューム姿&私服カット【10点】

その昔「アイドルレスラー」というのは「かわいい女子プロレスラー」を指す言葉だったが、近年、その言葉の意味が大きく変わってきている。

実際にアイドルやグラビアアイドルとして活動している娘がプロレスラーとしてリングに上がる。正真正銘の「アイドル+プロレスラー=アイドルレスラー」が増えてきているのだ。

ちょうど10年前に旗揚げした女子プロレス団体・スターダムが「元祖グラレスラー」愛川ゆず季を中心に据えたことで、この流れは加速していったのだが、男性ファンから人気を得る一方で、プロレスラーとして高い評価を受けるのは、なかなか困難な状況も続いている。

そんな中、3月3日の日本武道館大会でアイドルレスラー・中野たむが堂々、大トリを務めることが決まった。まさに令和の新しい女子プロレスを象徴するような出来事である。

だが、意外なことに中野たむはアイドルにもプロレスラーにも憧れてきたことはなかった、という。



「もともと女優としてミュージカルの舞台に立っていたんですよ。ずっと、それを続けていくつもりだったんですけど、あるとき、当時の事務所から『今度、ウチの会社でアイドルグループをはじめることになったので、アイドルをやってくれないか』と。一度は断ったんですけど、歌って踊って、見ている人たちに夢を与えるという部分ではミュージカルに通じる部分もあるのかなって」

つまり中野たむは「業務命令」でアイドルになったのだ。中学生や高校生でアイドルの道に進むケースが多い中、そういう事情もあって、彼女は20歳を超えてからアイドル人生をスタートさせている。

彼女が所属していたグループは『カタモミ女子』。この名前に聞き覚えがある方もいるかもしれない。かつてフジテレビの『ザ・ノンフィクション』で放送され“神回”と大絶賛された『中年純情物語〜地下アイドルに恋をして〜』で描かれたのがカタモミ女子だったからだ。

秋葉原に店舗を構え、肩もみをしながらファンとコミュニケーションをとる、という独自のスタイルをとっていたカタモミ女子だったが、アイドルとしてはなかなかうまくいかなかった。

「やりがいはありましたし、肩もみをすることでファンの方の声も直接、聴くこともできて、本当にファンの方あってのアイドルなんだな、というありがたみもすごく感じました。それはいまでも変わりません。それどころかファンのみなさんがいないと生きていけないぐらいですよ!

ただ、活動していくにつれて、アイドルとしてステージに立つことよりも肩もみの比重のほうがどんどん大きくなっていって『私って“なにもの”なんだろう?』って。アイドルブームで、どんどんアイドルの数が増えていく中で、自分たちが埋もれていっていくのがわかるんですよ。ステージに立つ回数も減っていくし、アイドルとして成功する可能性も見えない。それでもリーダーを任せられて、活動は続けていかなくちゃいけない……ひとことでいえば、もう地獄でしたね」



結局、中野たむはカタモミ女子を卒業することになるのだが、その後、彼女に大きな転機が訪れる。

「舞台の共演者から『知り合いに女子プロレスの関係者がいるので会ってくれないか』とスカウトされたんですよ。まぁ、会うだけならいいかな、と思っていたら、いきなりトレーニング場に連れていかれて『今日からこの子、練習生になったから』って紹介されて(笑)。そもそも私、プロレスをまったく知らなかったんです。アイドル時代に、男子のプロレス団体のリングで歌ったことがあったんですけど、そのときにはじめて生でプロレスを見て、怖くて泣いたぐらい(苦笑)。まさか自分がやることになるなんて考えてもいなかったです』

一度、ちゃんと女子プロレスを見ておいたほうがいい、と言われて足を運んだのがスターダムの後楽園ホール大会。その日のメインは紫雷イオ(現・WWE)と岩谷麻優のシングルマッチだったのだが、この一戦が中野たむの心を大きく揺さぶった。

「とにかく感動しました。そして『プロレスってエンタメの最高峰だ!』って思いましたね。15分ぐらいの試合の中に怒り、喜び、痛み、苦しみ、嫉妬、憎しみ、さらに笑いまで含まれている。なんかもう映画を一本、見終わったような気持ちになって、プロレスって素晴らしいなぁ〜って。ただ、その時点では自分がその中にいることはまだ想像できていなかったです。後楽園ホールで試合をすることも夢のまた夢だったし、私にはあんなすごい試合はできないって」

それから1年後、中野たむはフリーとしてスターダムに参戦するようになる。チャイナドレスで入場し、中国武術をベースとした華麗な蹴り技で連発するスタイルは異彩を放ち、単なるルーキーではないぞ、という印象も与えた。

「中国武術は舞台での役作りのために4年ぐらいやっていたんです。それがリングで役に立ちましたね。ただ、本当に右も左もわからないというか、プロレスをまったく知らないままリングに上がってしまったので、試合中はもう『でっかい人が殴りかかってくる、怖い!』って感じで、もう必死でしたね。先々のことを考える余裕もなかったんですけど、ファンの方からかけられた言葉で変わることができたんです」

【後半はこちら】アイドルレスラー中野たむが武道館で“女の命”をかける理由