国立天文台、スペイン・カナリア天体物理学研究所、NASA マーシャル宇宙飛行センター、フランス宇宙天体物理学研究所の4者は2月20日、太陽観測ロケット実験「CLASP2」と、太陽観測衛星「ひので」による観測を組み合わせ、太陽表面からコロナ直下の彩層上層部に至る磁場構造を明らかにしたと発表した。
同成果は、国立天文台の石川遼子助教、カナリア天体物理学研究所のJavier Trujillo Bueno教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米科学振興協会が発行する「Science Advances」に掲載された。
人類は長らく太陽について、地上からの観測だけでなく科学衛星や探査機なども用いて研究を続けているが、今もって未解明の部分も少なくない。その中でもよく知られているのが、「彩層・コロナ加熱問題」だ。太陽の内部では、核融合反応の起きている中心核の辺りが最も高温で1600万℃に達すると考えられており、表面は約6000℃である。外に向かうにつれて温度が下がる。
ところが、太陽表面のすぐ上空の大気である彩層が約1万℃で、さらに上層の大気であるコロナに至っては約100万℃にも達する。日常的な感覚からすれば、熱源から離れるほど温度は下がるはずだが、太陽という熱源から離れるほど温度が高くなるという逆転現象が生じているのである。
現在、この彩層・コロナ加熱問題は、彩層が重要な役割を果たしていると考えられている。彩層に関してはコロナに比べて密度が高く、コロナを加熱・維持するよりも多くのエネルギーが必要であることが、これまでの研究から判明している。しかし、加熱に必要な大気の運動や、彩層におけるエネルギー輸送の担い手である磁場の様子などは、これまでのところほとんどわかっていない。
彩層での磁場の測定が彩層・コロナ加熱問題の解明のためのカギを握ると考えられており、国立天文台を初めとする日米欧の国際共同研究チームが着目したのが、「紫外線の偏光」観測だ。近年の研究により、紫外線の偏光を観測することで、磁場の測定が可能であることが示唆されているからである。
ただしこの紫外線は、人に日焼けを起こす紫外線とは異なり、大気に吸収されてしまうため、観測するには宇宙に行く必要がある。また、彩層の磁場は太陽表面の磁場に比べて弱く、それに加えて偏光が発生する過程も複雑であるため、生じる偏光の検出には高精度な観測装置を開発しないとならなかった。そうしたことが障壁となって、長らく太陽からの紫外線の偏光観測は実現できていなかったのである。
そして初挑戦となったのが、2015年に打ち上げられた、太陽観測ロケット実験「CLASP(CLASP1)」だった。Chromospheric LAyer Spectro-Polarimeterの略で「クラスプ」と読む。直訳で「彩層層分光偏光計」という意味だ。
日本の国立天文台が中心となって、米欧との国際協力によって実現したプロジェクトである。宇宙空間に本格的な観測衛星を送り込むには多額の予算が必要となることから、観測装置を取り付けたロケットを高度約150kmまで打ち上げ、宇宙空間にいる300秒弱の間に観測を行うという手法が採られたのだ。
2015年9月3日、米ニューメキシコ州ホワイトサンズのミサイル実験場からCLASP1は打ち上げられ、観測は無事成功。このときは、彩層の中性水素が出す紫外線である「ライマンα線」の観測が行われた。しかし、彩層の磁場を精度よく決定するには至らず、彩層・コロナ加熱問題の謎を解明するには不十分だったという。
CLASP1はパラシュートを開いて帰還し、無事回収されたことから、観測機器などを再利用・改造する形で実験の第2弾であるCLASP2プロジェクトを始動。
そして2019年4月11日、同じくホワイトサンズのミサイル実験場から打ち上げられた。今回の最高高度は274kmにまで達し、約390秒(約6分半)の観測時間となった。そのうちの約150秒(約2分半)が、太陽の活動領域の観測に当てられた。
観測は成功し、波長280nmの「電離マグネシウム線」近辺の紫外線偏光スペクトルが取得された。
また、国際共同研究チームにとって嬉しい誤算だったのは、電離マグネシウム線だけでなく、その近傍にあるふたつのマンガン線にも、「ゼーマン効果」によって有意な円偏光が検出されたことだったという。
ゼーマン効果とは、磁場によってスペクトル線が分離する量子力学的効果のことをいう。黒点のように磁場が強い場所であれば、スペクトル線の分離を容易に検出することが可能だ。また、分離が顕著でなくても、磁場強度に応じた偏光が発生することを利用し、CLASP2では各スペクトル線の円偏光から視線方向の磁場強度が導き出されたのである。
この電離マグネシウム線とマンガン線により、貴重な彩層の磁場情報が取得された。マグネシウム線は彩層の中部からコロナ直下の最上部にかけての領域から放射されるのに対し、マンガン線は彩層底部から放射される。つまり、これらの紫外線偏光スペクトル情報により、彩層の底部から最上部までの連続した磁場情報が取得されたのである。
さらに今回は、CLASP2が観測を行うと同時に、太陽観測衛星「ひので」も太陽表面の磁場の観測を実施。「ひので」は、「ようこう」に続いて日本が中心となって日米欧の国際協力で誕生した太陽観測衛星の第2弾だ。2006年9月23日に打ち上げられ、3年の設計寿命を上回り、15年目に入った2021年2月現在も運用中である。
「ひので」が可視光磁場望遠鏡を用いて、CLASP2が観測したのと同じエリアを同じタイミングで撮影したを比べたところ、太陽表面の磁場の詳細が明らかとなった。こうして、CLASP2と「ひので」の連携により、太陽表面からコロナ直下までの磁場の様子が明らかとなったのである。
CLASP2と「ひので」の観測データを合わせることで、太陽表面ではすぼまっている磁力線の束が彩層では大きく広がっていることや、彩層内での磁場の強さが上部ほど弱くなっていることなどが判明した。想像では、太陽表面では小さい磁束管が点在しているが、彩層で急激に傍聴してひしめき合っているとされる。ひっくり返した巨大なペットボトルが太陽表面に何本も立っているようなイメージといえばいいだろうか。さらに、彩層上部の温度に直接関わるエネルギー密度が、彩層上部の磁場の強さと高い相関があることも明らかとなったとしている。
観測後、CLASP2はパラシュートを開いて無事帰還しており、現在はNASAマーシャル宇宙飛行センターで保管中だ。国際共同研究チームは、同じ観測装置をほぼそのままもう一度打ち上げるCLASP2.1計画を進めているという。CLASP2の観測はスリットを固定して行い、スリットに沿った磁場情報が取得されたが、CLASP2.1ではスリットを少しずつ横に動かすことで、今回の2次元平面に高さを加えた3次元磁場マップの取得を目指すという。
また、「SUNRISE-3気球実験」や、ハワイで科学観測が始動しつつある巨大太陽望遠鏡「DKIST」(Daniel K. Inouye Solar Telescope)など、CLASP2.1以外にも太陽観測計画が複数が予定されている。
さらに、日本を中心に国際協力によって「ひので」の後継機となる次期太陽観測衛星「Solar-C(EUVST)」(EUVST:EUV High-throughput Spectroscopic Telescope)が、2020年代半ばの打ち上げを目指して開発中だ。EUVSTはCLASP2が行った偏光計測は行わないが、さらに波長の短い紫外線(17~120nm)に存在する彩層~コロナを起源とするさまざまなスペクトル線を高分解能で観測する計画である。2020年代は太陽物理学が大きく進展することになりそうだ。