名古屋大学(名大)は2月8日、人工的な核酸を、酵素を用いずに配列複製する新たな手法の構築に成功したと発表した。

同成果は、名大大学院 工学研究科の村山恵司助教、同・沖田ひかり 博士前期課程学生、同・浅沼浩之教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

地球上の生物はその大半がDNAを遺伝情報の担い手としている。DNAとはDeoxyribonucleic Acidの略で、日本語では「デオキシリボ核酸」といわれる。二重螺旋構造を取っていることで知られ、4種類の塩基アデニンとその相方のチミン、グアニンとその相方のシトシンで構成される。

しかし、最初に生命が誕生したときのことを考えると、DNAのような複雑で精巧な仕組みがいきなりできあがったとは考えにくい。より単純な仕組みがまずできあがり、長い時間をかけて進化の過程でDNAの仕組みが獲得されていったと考えるのが自然と考えている研究者が多い。そうしたことから考え出されたのが、DNAを必要とせずに生物が存在した「RNAワールド仮説」だ。

RNA(Ribonucleic Acid:リボ核酸)とはDNAと同じ核酸の仲間で、ヒトなど大半の生物の細胞内において、「セントラルドグマ」を構成する重要な要素のひとつである。セントラルドグマとは、DNAからRNAへ配列情報が転写され、RNAからタンパク質が作り出されるという一方向への流れの概念を指す。

要は、DNAから直接タンパク質を作り出せる仕組みにはなっていないため、まず記録媒体であるDNAから、目的のタンパク質を作り出すために必要な情報が記録されている部分(遺伝子)だけをRNAが読み取り(転写)、そのRNAを今度は細胞内小器官「リボゾーム」が読み込んで(翻訳)、命令通りにタンパク質を作り出すという仕組みで、それを積み重ねて我々の体はできており、そして日々の生命活動が営まれているのである。

このセントラルドグマの流れを見ていると、タンパク質を作り出すにはRNAとリボゾームがあれば事足りることがわかる。つまり、RNAそのものがDNAと同様に遺伝情報の伝達という役割も担うことができれば、DNAは不要となり、RNAワールドが成り立つというわけである。

しかし、このRNAワールド仮説には大きな課題がある。DNAは複雑だからまずRNAだけで生物は繁殖したというが、そのRNAも決して単純な構造ではないのだ。RNAの骨格は環状構造であるため、立体選択的な合成が難しいのである。要は、最初の生命が獲得するにはRNAでもまだ構造が複雑すぎるということ。そのことから、さらに単純な構造を持った原始核酸「XNA」による「プレRNAワールド」が存在していたとする仮説も唱えられているのである。

  • XNA

    生命システムの概略図。ヒトを含む現在の生物はセントラルドグマを利用しているが、原始の生命体はRNAワールドやプレRNAワールドといった、DNAを必要としない世界だったという説が提唱されている (出所:名大プレスリリースPDF)

プレRNAワールド仮説に適合するXNAは、以下の3点の条件を満たす必要がある。

  1. RNAよりも構造が単純
  2. RNAと二重鎖形成が可能(RNAへ配列情報の伝達が可能、つまり互換性がある)
  3. 酵素に頼らずに自己複製が実現できる

しかしこれまでは、これらすべての条件を満足させるXNAは発見されてこなかった。そのため、プレRNAワールド仮説の研究はあまり進展できていなかったのだという。

浅沼教授らの研究チームはこれまでの人工核酸の研究から、「L-aTNA(acyclic L-Threoninol nucleic Acid)」を生み出している。人工核酸とはDNAやRNAなどの天然の核酸を構成するリン酸や糖、塩基のうち、リン酸または糖の部分の骨格が天然とは異なる化学構造を持つ人工的な核酸のことをいう。核酸分解酵素に対する態勢を持つことから、核酸医薬の候補として近年盛んに研究が進められている。

  • XNA

    左から天然のDNA、天然のRNA、人工核酸L-aTNAの化学構造と立体構造モデル (出所:名大プレスリリースPDF)

L-aTNAは、天然のアミノ酸である「トレオニン(threonine)」に類似した構造を持ち、非環状の骨格であることから、合成が容易という特徴がある(条件の1を満たす)。さらに、L-aTNAは相補的なL-aTNAと強く二重鎖を形成し、同様にRNAやDNAとも結合して安定な二重鎖を形成することが確認されている(条件の2を満たす)。以上のように、人工核酸L-aTNAはXNAの条件1と2を満たしていることから、研究チームは今回、条件3の達成を目指し、L-aTNAの非酵素的な配列複製に挑戦したのである。

研究の結果、単純な構造を持つ有機小分子「N-シアノイミダゾール(N-cyanoimidazole)」と、金属イオンを用いることで、三量体(3つの同一の分子が結合しているポリマー)のランダムなL-aTNA配列プールを原料にして、鋳型配列に相補的なL-aTNA配列を合成する複製反応を非酵素的に実現することに成功したとする。また、24時間反応後の収率は70%以上であり、副反応もほとんど確認されなかったという。

  • XNA

    天然のDNAの配列複製は、酵素「ポリメラーゼ」によって実現している。今回改造されたL-aTNAの配列複製法においては酵素は必要がなく、N-シアノイミダゾール(N-cyanoimidazole)と金属イオンによって進行する (出所:名大プレスリリースPDF)

成功した理由としては、L-aTNAの骨格が連結反応に適した構造であり、DNAやRNAに比べて効率的に反応が進行することで、短い断片の逐次的な連結が可能であったために実現できたと考えられるとしている。L-aTNAが原始核酸XNAとして3つの条件すべてを満たしたことで、プレRNAワールド仮説を支持する根拠がひとつ増える形となった。

また研究チームは、L-aTNAが3条件を満たしたことは、人工生命モデルとしても重要な意味があるとする。さらにこの手法を拡張させ、L-aTNAの鋳型配列からDNAを合成することができれば、L-aTNAの配列情報を解析することが可能となる。つまり、膨大なL-aTNAのランダムライブラリの中から有用な配列をスクリーニングする「SELEX実験」または「in vitro selection法」と呼ばれる手法への応用が可能となるということだ。同手法は、膨大な種類の核酸配列ライブラリの中から、特定の物質と強く結合する核酸配列を探し出す手法のことである。特定の分子にのみ選択的に作用する核酸医薬や核酸ツールの開発速度の向上が見込まれるとしている。