田中宗一郎×小林祥晴「米ローリングストーン誌の年間ベストから読む2020年の音楽シーン」

音楽メディアThe Sign Magazineが監修し、海外のポップミュージックの「今」を伝える、音楽カルチャー誌Rolling Stone Japanの人気連載企画POP RULES THE WORLD。ここにお届けするのは、2020年12月25日発売号の誌面に掲載された田中宗一郎と小林祥晴による対談記事。

米ローリングストーン誌の年間ベストアルバムと年間ベストソングを他メディアの年間ベストと比較しながら、そこに独自の視点も加えつつ、2020年のポップシーンの動向を振り返ったものだ。ぜひPOP RULES THE WORLDが選んだ「今年を象徴する100曲」のプレイリストと併せて楽しんでもらいたい。

POP RULES THE WORLDが選んだ「今年を象徴する100曲」


田中 まず本国のローリングストーンの年間チャートから見ていきましょう。目立ったのは、ここ5年くらいローリングストーンはメインストリームのラップと並走してたんだけど、今年はその数が一気にガクンと減った。

小林 ベストアルバムに入っているのはミーガン・ジー・スタリオンとリル・ウージー・ヴァートくらい。

田中 でも、セールス的にはヒップホップやR&Bがチャートの大半を占めている状況自体は実はあんまり変わっていない。ダベイビーやロディ・リッチだけじゃなく、24kゴールデン、ジャック・ハーロウ、リル・モージー筆頭に、次々とニューカマーもブレイクしているし。

小林 パンデミック直後はポップとラップはストリーミング回数が落ちたというデータがあったんですけど、BLMもあってラップはすぐ勢いを取り戻した。

田中 質という面からも、アンダーグラウンドなヒップホップコミュニティから出てきた作品はかなり豊作の年だったとも言える。

小林 ピンク・シーフとかアーマンド・ハマーとか。The Sign Magazineでは2018年の年間ベスト1位にアール・スウェットシャツを選んでいますけど、そういった感覚が2020年は世界的に全面化してきたということですよね。手前味噌な話ですけど(笑)。

Earl Sweatshirt – Some Rap Songs




2020年はテイラーとカーディ・Bの年?

田中 12月にその続編的なアルバム『evermore』までリリースして世間をあっと言わせたテイラー・スウィフトの『folklore』は、ローリングストーンでは年間ベストアルバム1位。これは?

Taylor Swift - folklore


小林 もともとRollling Stoneのテイラーに対する評価って高いんですけど、今作の場合はやっぱりパンデミック以降の音楽の作り方やサウンドの在り方を提示して、なおかつ、そういった音楽的冒険が過去作以上の傑作を生みだしたという判断ですよね。

田中 クアランティン期間にまるで彼女の寝室からオーディエンス全員の寝室に静かに語りかけるようなアルバムを作って、彼女が併走してきた加速主義的な2010年代とは違う新たなパラダイムを提示したとも言えるわけだし。俺、いつも「セレーナ・ゴメスは常に見過ごされる人だ」と言ってるんだけど、彼女がパンデミック直前に出したアルバム『Rare』はとにかくビートとプロダクションが最高だったんですよ。生音の質感を生かしたビートにしても、2010年代のアイデアの集大成感があった。でも、それさえもパンデミック以降はどこか古臭く感じられてしまう。それに比べると、テイラーは見事に新たな始まりをキャプチャーしたっていう印象がある。

小林 そう思います。

田中 じゃあ、年間ベスト・ソング。The Guardianはレディー・ガガ&アリアナ・グランデ「Rain On Me」を、ローリングストーンとPitchforkはカーディ・Bとミーガン・ジー・スタリオンの「WAP」を選んでいる。このチョイスについてはどう?

Lady Gaga, Ariana Grande - Rain On Me


Cardi B - WAP feat. Megan Thee Stallion


小林 「Rain One Me」は「どんなに辛いことがあって悲しみの雨が降り注いでも、負けずに立ち上がるんだ」っていう曲ですけど、それをパンデミック以降の世の中の状況と照らし合わせて、時代のアンセムとして評価している。非常にわかりやすく筋の通った選出だなと。

田中 ガガって「Born This Way」の頃からアンセミックなメッセージソングを書くという部分ではずっと変わらないんだよね。それに対し、「WAP」は濡れた女性器のことを歌っているだけとも言える。でも、それを歌うことが政治性を帯びる。実際、保守的な男性層から激しいバックラッシュを受けた。それってポップソングの機能としてはより現代的だという気もするから、俺としては「WAP」に一票かな。

小林 僕も断然「WAP」ですね。この曲が図らずも政治性を帯びたという話で言うと、『Saturday Night Live』でトランプとバイデンの不毛な討論会を茶化したコントみたいなのがあって、そこでカマラ・ハリスに扮したマーヤ・ルドルフが「今日わかったことはアメリカには『WAP』が必要だということです、つまりWoman As President(女性大統領)」って言って、めっちゃ盛り上がったんですよ。狙わずともそういったところに接続されるのは、まさに時代のアンセムですよね。

WAP takes on a whole new meaning. #SNLPremiere pic.twitter.com/V9RPI8MRy8 — Saturday Night Live - SNL (@nbcsnl) October 4, 2020



パンデミック後の世界への姿勢が作家の本質を見事に露わにした?

田中 パンデミック以前の作品がすべて古びて感じられるというわけではなく、マック・ミラーの遺作も年明け前半にリリースされたものの評価は高い。ザ・ウィークエンドやデュア・リパ、チャイルディッシュ・ガンビーノ辺りはまさにパンデミックが広がる渦中にリリースされ、ボブ・ディランは最初期のクアランティン期に敢えてシングルをリリースした。この辺りは?

小林 マック・ミラーの場合は、この遺作の方向性が奇しくもパンデミック以降のサウンドとして響いたところがありますよね。

Mac Miller - Circles


小林 同様の評価ができる作品が年間ベストのタイミングでも強い印象があります。チャイルディッシュ・ガンビーノがどこの年間ベストにも入っていないのはどういうことだよ!というのはありますけど。

田中 マック・ミラーやビーノ――そして昨年の年間ベスト級だったラナ・デル・レイのアルバムにしても――世の中は常に成長し続けなければならないという強迫観念に駆られているけども、今こそ新たなシフトチェンジが必要なんだという彼らの意識が間違いなく反映されている。パンデミック以前から、今ようやく人々が気がつき出したことを先んじて表現していたとも言える。まあ、起業当初から「事務所なんて必要ない」って言ってた俺たちの会社みたいなもんだよ。

小林 (笑)デュア・リパのアルバムも今年らしかった。今年4月にThe Guardianでローラ・スネイプスが「パンデミック以降はファンタジーへの回帰が起こるだろう」と書いていたんですけど、エスケーピズムを標榜したパーティアルバムを作ったデュア・リパにしろ、テイラーのアルバムにしろ、まさにそういった流れの作品だなと。

Dua Lipa – Future Nostalgia


小林 とは言え、デュア・リパのアルバム最終曲「Boys Will Be Boys」は女性が日常的に感じる恐怖について歌っていて。かつてはエスケーピズムを標榜する音楽ってノンポリっていうか、非政治的であることとセットだったりした。でも、2020年代は政治的、社会的なイシューに意見を言うのも当たり前だし、エスケーピズムが時には必要だと認めることも当たり前、そこが両立していいんだよ、っていうスタンスに変化しているように感じるんですよね。

田中 政治的に成熟したということだよね。社会的な意識を持っている人間だって日常生活では逃避が必要だし、常にソーシャルメディアで政治的な表明をする必要はない。選挙ツイートをしない人間を集団トローリングするような時代はもはや過去になったってことだよね。

小林 そうであってほしいですね。

田中 ザ・ウィークエンドはどう? 極端な言い方をすると、彼って資本主義と、それによってアンプリファイされた欲望の権化みたいな存在じゃないですか。

小林 ドラッグ、セックス、後悔、っていうね(笑)。

The Weeknd – After Hours


田中 で、煌びやかな欲望に駆られ、その渦中で他人を傷つけ、何よりも自分が傷つき、後悔し、そこから成長しようとするというストーリーを紡ぎ続けてきた。この10年ずっとね。だから、「おい、いつになったら成長するんだよ?」みたいな話ではあるんだけど(笑)。ただ、それも理にかなってはいて。

小林 というのは?

田中 だって資本主義をベースにした社会がまったく変わらないわけだから。彼のペルソナと同じく、先進諸国に暮らす人間はすべからく加害者であると同時に被害者でもあるという現行の社会システムから逃れられないでいる。そういう意味で彼は常に我々の写鏡なんだよね。人間の愚かさは少しも変わっていないという事実を批判的に肯定してるというか。

小林 ザ・ウィークエンドは大衆の欲望の写し鏡となるポップスターなんですよね。

田中 ただ、生存欲求も含め、欲望そのものが正しいか間違っているのかを判断する基準というのは、ある特定のコミュニティにおける倫理観という恣意的なものじゃないですか。しかも、二度の世界大戦の時代でも、日本の江戸幕府でもいいけど、社会というのは格差や差別を利用することで発展と安定を担保してきた。だからこそ植民地主義や差別もかつては肯定されてきた。でも、いまだグラミーみたいな既得権益を持った人々による権威からは彼の存在は疎まれてしまうんだよね。「煌びやかな夜の街の片隅でボコボコに殴られた顔」という彼の新たなペルソナというのは、まさにこの世界の99%を占める愚かな人類そのものだとも言えるんじゃないかな。

小林 音楽面で言うと、彼はメジャーデビュー以降、シングル単位ではヒット曲やいい曲がいっぱいあるものの、アルバム単位では初期ミックステープ三部作の素晴らしさに遠く及ばなかった。でも、今回のアルバムはようやく初期のサウンドや美学をスタジアムのスケールにアップデートすることに成功している。

田中 今回のアルバムの退廃的なロマンティシズムとか、「In Your Eyes」のサックス・ソロとか、まんま70年代後半の再結成ロキシー・ミュージックなんだけど、彼はこともあろうか、そこにケニー・Gを引っ張り出してくる。これも面白い。

小林 「In Your Eyes」のリミックスですね(笑)。

The Weeknd - In Your Eyes ft. Kenny G


田中 イージーリスニング化して、すっかり文化的なアクチュアリティを失った80年代初頭のジャズを象徴する、当時からもっとも馬鹿にされたマレットヘアのアイコンをわざわざ引っ張り出してくるセンス。この、価値の恣意性を露わにする身振りは彼にしかやれないよね。

小林 人類と社会が抱える愚かさは変わらないという事実を証明したという意味では、ディランに通じるものがあるのかもしれません。Mojoが「ディランはホモ・サピエンスがいかに粗雑で乱暴で(ラフ&ロウディ)、最悪の場合、自己破壊的になり、どんなによくても、せいぜい生き延びるか超越するしかない生き物だと歌っている」と評していましたけど、その見方は納得できる。

田中 でも、面食らわなかった? BLMの高まりが再燃する直前、自粛要請期間にケネディ大統領暗殺から今へと至る歴史とアメリカンドリームの喪失、それに音楽家たちがどんな風に向き合ってきたかを綴った17分近い叙事詩をシングルとしてリリースしてしまうんだから。

Bob Dylan - Murder Most Foul (Official Audio)


田中 ただ、ディランという人は、かつては「Hurricane」のような黒人差別についての曲を書いてきた人だし、常に今と向き合うと同時に、今この瞬間にフォーカスしすぎて、次の瞬間にはすべて忘れてしまう、この歴史健忘症の時代に、長い歴史の連なりを見つめ続けてきた。ある意味、別な時間軸の中に生きているっていう(笑)。でも、極端なことを言えば、人間って誰もが社会的な存在であると同時に、個人というのは歴史という共通項とは別のタイムラインで生きているわけでしょ。ただ、「やっぱりディランが最高!」と大騒ぎすることにはアンビヴァレンツな思いもなくはなくて。

小林 結局、21世紀になってもディランなのか、というところですからね。

田中 2020年はラップコミュニティにも多様性というか、立場や考え方のスペクトラムがあるという事実がより露わになった年でもあった。BLMの抗議活動の現場でアンセムになったダベイビーとロディ・リッチの「ロックスター」があり、以前から明確な政治的主張を持っていたラン・ザ・ジュエルズがいて、方やリル・ウェインのようにトランプに賛同するラッパーもいたり。

DaBaby - ROCKSTAR (Live From The BET Awards/2020) ft. Roddy Ricch


Run The Jewels – RTJ4


小林 J・コールとノーネームの論争もそういった意味では象徴的でしたよね。やはりBLMは緊急性の高い問題だったので、ラン・ザ・ジュエルズやダベイビーなどが目の前で起こっていることに対して直接的なステートメントとなる曲を出すのは重要だった。と同時に、チャイルディッシュ・ガンビーノ『3.15.20』のような視点も大切だと思っていて。

Childish Gambino – 3.15.20


小林 あのアルバムの最後の方で息子との会話を収録した曲がありますけど、そこでは息子に自分自身を愛することや自尊心を持つことの大切さを説いている。BLMの前に出たアルバムだからというのもありますが、そういった長いスパンで物事を変えていくことについての作品が同じコミュニティから出て来ているのは健康的だなと。それに、あのアルバムは監視社会とか気候変動についても取り上げている。本当は継続して考えなくてはならない大切な問題が、パンデミックやBLMで人々の意識から一時的に飛んで行ってしまったなということも改めて感じました。

田中 ビーノってどこか傍観者的というか当事者でありながら常に外部の視点を失わないんだよね。常に広い射程でいくつもの問題意識を抱えている。ただ、社会の激動の中でそうした広角的な視点はむしろ見過ごされてしまうという皮肉な現象だよね。より即効性が高いものに脚光が当たるという現象も2020年的と言えるのかも。

小林 ただ、おそらく本人がそれを望んでいたところもありますよね。当初予定されていたストリートでの混乱と暴動を描いたアートワークならもっと時代と紐づけられて語られたはずなのに、敢えて真っ白なジャケットに変更したという選択とか。

田中 気候変動について歌った一昨年の「Feels Like Summer」の時点で、過熱化するラップゲームの狂騒を否定はしないけれども、自分はそこにいないという感覚をPVでは示していた人だからね。

Childish Gambino - Feels Like Summer




シカゴ、NY、ロンドンでのドリル隆起とポストジャンル時代の新世代台頭

田中 ポップ・スモーク、マック・ミラー、ジュース・ワールドといった逝去したアーティストの遺作が大ヒットするという現象も今年を代表する出来事だった。

小林 ポップ・スモークは今年2月にミックステープが全米7位を取っていて、アルバムが出たら確実に大ブレイクするという空気が既にあった。だから、アルバムがこれだけ売れたのも当然だと思います。

Pop Smoke - Shoot For The Stars Aim For The Moon


小林 ただ、死後に未発表曲にポストプロダクションが加えられた「新曲」がガンガン出されたジュース・ワールドに関しては、ちょっと墓荒らし的というか、いたたまれない気持ちになってしまったのが正直なところですね。

Juice WRLD – Legends Never Die


田中 片やマック・ミラーの場合は、生前の彼のこれから先を示唆していたという意味ではニルヴァーナで言うと『MTV Unplugged』みたいな作品だったかもしれない。しかも、それが時代のいく末を示すような先鋭的な方向性だった。図らずも彼の先見性が証明されたというか。

小林 そうですね。

田中 それと、ポップ・スモークは今のNYドリルシーンの象徴でもあったわけで。2010年代前半のシカゴドリルが、2010年代にはロンドンを中心としたUKドリルとして隆盛を極めて、それがまたニューヨークに飛び火してNYドリルとして再定義される形になった。つまり、2020年はドリルが再注目された年でもあった。

小林 数年前からアンダーグラウンドでは活況を呈していたUKドリルも、最近はかつてほど暴力的なリリック一色ではなく、ロンドンでは5000人規模の会場でライブを成功させるアーティスト――ヘディ・ワンも出てきた。実際、彼は今年リリースした1stアルバム『EDNA』が全英1位を獲得していて。

Headie One – EDNA


田中 しかも1年の間にアルバムとミックステープの2枚をリリースしていて。片やドレイクやフューチャーをフィーチャーしたアルバム。よりビートのバラエティに突化したミックステープではジェイミーxx、サンファ、FKAツイッグスといったアンダーグラウンドでインディ寄りの人と作っている。やっぱり2020年を語る上でヘディ・ワンは外せないかも。

小林 で、彼がメインストリームで頭角を現してきたと思ったら、ドレイクがすかさず一緒に「Only You Freestyle」っていう曲をリリースして、「この曲ではハードに行かなきゃならなかった――世界最高のドリル・アーティストの一人と一緒にやるトラックだから特にね」って賛辞を送ったり。そもそもドレイクは、UKドリルを取り入れた「War」でヘディ・ワンのフロウをパクったと指摘されていたという背景もあるんですけど。

Headie One x Drake - Only You Freestyle


田中 良くも悪くも相変わらずのドレイクのカルチャーヴァルチャーぶりね。と同時に、シカゴドリルのオリジネーターであるリル・ダークをフックアップするっていう。自分がシカゴとロンドンとのハブになっていることを抜け目なく示すっていう。

Drake - Laugh Now Cry Later ft. Lil Durk


小林 抜け目なさ過ぎでしょ(笑)。ただ、実はドレイクって『Views』を超えるロングヒットを出せてないんですよね。今年出した『Dark Lane Demo Tapes』も既発曲が多いミックステープとは言え全米1位を取っていなくて、リル・ダークとの「Laugh Now Cry Later」も最高2位。あのドレイクでさえ、うかうかしていられないっていう。

田中 ただ、今年爆発的に売れた24kゴールデンにしろ、リル・モージーにしろ、去年のリル・ナズ・Xと同じで、やはりTikTok経由のプロモーションがもはや完全に定着した感はあって。しかも、リル・モージーがブレイクしたことにテカシ・シックスナインが「あいつらはTikTok発じゃないか」って文句を言ったっていう(笑)。

小林 インスタラッパーだったお前がTikTokラッパーを貶すのか?って(笑)。24kゴールデンはかなりポップミュージック的でもあるし、これまでのラップアーティストとは毛色が違うのも今後は増えそうな予感がします。

24kGoldn - Mood ft. iann dior


田中 やっぱりポスト・マローン以降の本格的なポストジャンルの到来の年でもあった。彼の今年一番売れた曲「Circles」なんて、ごく普通のポップソングだし、24kゴールデンも当初はオルタナティヴロックチャートで火がついて、最終的に全米1位を5週獲得。つまり、新たなポップとしてのラップ新世代が台頭してきた。もはやマンブルラップと旧世代の確執という2010年代の話題も遠い昔の話というか。それと、ようやく今年になって知ったんだけど、ケイン・ブラウンの存在も興味深くて。

小林 ブラックの血を引くカントリーシンガーですね。

Kane Brown, Swae Lee, Khalid - Be Like That feat. Swae Lee & Khalid


田中 今年の彼のヒット曲はどれもジョン・レジェンドやスワエ・リー、カリード辺りをフィーチャーしたラップ要素のあるポップソングで、どう聴いてもカントリーには聴こえない。これも2020年特有の現象だと思ったな。あとは、各メディアのチャートと商業的成功が乖離し始めたのも今年の特徴だよね。

小林 ただ、メディアのチャートとビルボードのチャートが乖離しているのは昔からそうだと言えばそうで。

田中 むしろ2010年代前半から2019年までがすごく幸福な時代で、それこそが例外的な現象だったという?

小林 2016年のPitchforkの年間ベストアルバムのトップ10がほぼ全米1位の作品で占められてたじゃないですか。やっぱりメディアの評価とセールスが珍しく合致していた幸福な時代だった。ただそれが推し進められすぎると、全米1位を取っていないと俎上にも上げられてないというか。「全米50位か、じゃあ大したことないね」みたいな空気感になる時期もあったと思うんですよ。でも、去年くらいからそれも変わってきていて。ラナ・デル・レイ『Norman Fucking Rockwell!』は全米1位を取っていないんだけど、各メディアの年間ベストで上位を総なめしたっていう。

Lana Del Rey – Norman Fucking Rockwell!


田中 世の中が通常運転に戻ったんだよね(笑)。例えば、サーフェシズみたいなチージーなポップが売れまくっているのを見たりするとウゲッとか思うんだけど、いやいや、いつの時代もそうだった、なんて思い直したりして。ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズも最初のシングルは理想的なロックソングだと思ったし、今年も売れてはいるけど、まあまあつまらないんですよ。ジャスティン・ビーバーにしたって、2015年の彼のアルバムがポップの風向きを変えた触媒的な金字塔なのは間違いない。ただ、今年のアルバムもジャスティンのヴォーカリゼーションだけを聴いたらやっぱり素晴らしいんだけど、サウンド的には驚きはなくて。

Justin Bieber - Changes


小林 ただ、ラップもむしろメインストリームのチャートに入ってこない作品はまさに豊作の年だったわけじゃないですか――その辺りの作品はThe Sign Magazineの年間ベストを見てもらいたいんですけど。そこも含め、世の中が平常運転に戻ったということなのかもしれません。



ラテン圏、韓国、西アフリカに脚光

田中 各地ローカルや各ジャンルの動きも個別に見ていきましょう。日本だと我々がアジア人だということも関係しているのか、BTSとBLACKPINKのブレイクにフォーカスがあたりがちなんだけど、今年一番ストリーミングで聴かれたのはバッド・バニーだった。つまり、ダンスホールからレゲトンというラテン音楽の流れが2010年代を経て完全にデフォルトになった1年でもあった。

Bad Bunny – YHLQMDLG


小林 バーナ・ボーイが全米でそれなりにブレイクしたのも驚きでした。去年までは英国中心の人気だったのが、ナイジェリアの訛りを持った彼のサウンドがようやく北米にも飛び火したという。

Burna Boy – Twice As Tall


田中 彼はドレイクが西アフリカのサウンドを取り込もうとした『More Life』の中で、もともと「More Life」っていう曲を一緒に作っていたんだけど、そのタイトルも取られてしまうわ、参加していた曲の自分のパートは全部外されてしまうわ、踏んだり蹴ったりだったんだけど、今年はついに2010年代半ばからのUK経由の西アフリカのサウンドがようやく共有されることになった記念すべき年になった。

小林 最近は海外の記事を読んでいても、ナイジェリアのアーティストの特集を目にすることも増えて。バッド・バニーやK-POPがブレイクしたこともあって、グローバルミュージックに対する注目がアメリカ国内でも本格的に大きくなってきているのを感じます。

田中 ダンスホール以降のサウンドをローカライズしたナイジェリアのファイアボーイDMLとか、以前からガーナのテイストを持ち込んでいたJハスのアルバムも今年らしいレコードのひとつだった。まあ、その後、ヘディ・ワンが全部かっさらった感はあるけど。

Fireboy DML – APOLLO


J Hus – Big Conspiracy


小林 K-POPに関してはそんなに詳しくはないんですけど。でも、BTSとBLACKPINKだけを見ていると、去年までと戦略がちょっと変わった気もしてて。どちらもアメリカでもう一段上の成功を手にするにはどうすべきか?というモードに入った。で、BTSの場合は「Dynamite」っていう全編英語詞の曲を出して、実際に初の全米シングルチャート1位を獲得。一方のBLACKPINKは、アリアナ・グランデや彼女のソングライティングパートナーと「Ice Cream」っていう曲を作った。

BTS - Dynamite


BLACKPINK – Ice Cream with Selena Gomez


田中 K-POP特有のサウンドというよりは、北米メインストリームのサウンドにかなり寄せた曲とも言えるよね。2013年のアヴィーチーのメガヒット「Wake Me Up」をなぞったようなギターストロークと四分打ちビートを組み合わせた「Lovesick Girls」とか。

BLACKPINK – Lovesick Girls


小林 ただ、K-POPに限らずバッド・バニーとかスペイン語圏の音楽もそうなんですけど、彼らの新しかったところって、自分の国のローカルのサウンドに乗せて、自分の国の言葉で歌いながら、ちゃんと北米マーケットでも結果を残してきたことじゃないですか。それって、かつてだったら信じられないくらい理想的なことで。だから正直、「Dynamite」とか「Ice Cream」を最初聴いたときは若干戸惑ったんですよ。でも、この前BTSが出したアルバム『BE』はいわゆるK-POPとも違うし、BLACKPINKがやったような北米メインストリームに寄せたサウンドとも違う、新機軸のサウンドをしっかりと打ち出していた。ブラストラックスとかコスモズ・ミッドナイトとか、プロデューサーもかなり挑戦的な人選だし。だから、BTS凄いな、と素直に思いましたね。



北米と欧州、それぞれの地域で着々と進む、インディロックの地殻変動

田中 ローリングストーンのチャートだと所謂インディロック作品が10枚程度入ってきている。これはわりと納得する並びなんじゃないかな。

小林 いいセレクトですよね。

田中 インディロックは2010年代後半、特に商業的な面では不遇な状況に置かれてきたけど、相変わらず女性とLGBTQ中心にいい作品を作り続けてきた、時代のトレンドに迎合せず時代の変化にきちんと向き合う作品を作ってきたことの証明にもなってるよね。

小林 トップ50には入りませんでしたけど、スフィアン・スティーヴンスとかダーティ・プロジェクターズとか、アルバムは去年だったボン・イヴェールやヴァンパイア・ウィークエンドとか――この辺のアーティストは緩やかに問題意識を共有していて。スフィアンはわかりませんが、他はみんなグレイトフル・デッドを今めっちゃ聴いてるんですよね。

Sufjan Stevens – The Ascension


Dirty Projectors – 5Eps


小林 ダーティ・プロジェクターズのメンバーはデッドのコピーバンドをやってるし、ヴァンパイアのエズラはインスタでずっとデッドベアとか上げてるし、ボン・イヴェールのジャスティンはデッドを聴きながらMDMAをやっているとPitchforkのインタビュー記事で書かれていた(笑)。最初はこれ何なんだろうって思ったんだけど、要するにグレイトフル・デッドって既存のシステムの外側にサステナブルな独自の生態系を構築したバンドじゃないですか。

田中 社会の主流とは別の、オルタナティヴなエコシステムを作ろうとしているっていう。

小林 そうそう。この辺りのUSインディ勢がそこに明らかに意識的で。今年になってから、ボン・イヴェールとかスフィアン・スティーヴンスが現在の社会状況を顧みて、これまでとは違う社会システムを本格的に模索しようっていうメッセージを打ち出しているのも理に適っている。やっぱりこの辺りのUSインディはいまだにアクチュアルだなと感じていますね。

Bon Iver - AUATC


田中 この辺りのアーティストがほぼ全員バーニー・サンダースの支持者だっていうのもわかりやすいよね。あと、スフィアン・スティーヴンスにしてもアルバムも悪くはなかったんだけど、もっとも感動的だったのは政治的なメッセージを持った「America」のB面「My Rajneesh」だった。

Sufjan Stevens - My Rajneesh


田中 言ってしまえば、もう完全なノスタルジアなわけ。60年代後半の西洋における東洋思想の広がりを代表するグル――でも、結局はアメリカ政府による弾圧によって潰されたバグワン・シュリ・ラジニーシへのトリビュートだから。でも、総じて今も68年的な価値観はUSインディの中では死んでいなかったということだと思うな。もしくは、俺の言葉で言うと、ポスト資本主義リアリズム的な価値観がきちんと培われていると言うべきなのかもしれない。じゃあ、欧州や英国のインディ・バンドはどう?筆頭に名前が挙がるのは英国だとアイドルズ、そしてアイルランドのフォンテインズD.C.。

Idles – Ultra Mono


Fontaines D.C. – A Heros Death


小林 イギリスのメディアによると、アイドルズは生粋のライブバンドらしいので、やっぱり本国での評価が高くなる傾向にあるだろうなと。でも、アルバムの出来で言えば圧倒的にフォンテインズですね。1stはいまいち乗り切れなかったんですけど、今回のアルバムでは一気に洗練されて、サイケデリックでひんやりとしたポストパンクのサウンドが完成されている。タイトル曲には「人生っていうのはいつも空っぽなわけじゃない」っていう象徴的な歌詞がありますけど、そこに宿る諦念とそれを振り払おうとする情熱の相克は本当に魅力的。

田中 『A Heros Death』っていうタイトルが象徴しているのは、もはや政治家やポップスターといった一握りの人が動かす社会じゃないっていう認識だよね。と同時に、一曲目の「I Dont Belong」みたいな、自分はどのコミュニティにも属していないという表明も同居している。これって個人の政治参加に対するニヒリズムとも言えるよね。それを大声で歌えたというのは世界的に見てもかなりレアなんじゃないかな。

Fontaines D.C. - I Dont Belong


田中 それに、俺はポストパンク世代なので、これまでずっとポストパンクが形式として繰り返し再定義されるのをかなり苦々しく感じていたところがあって。

小林 イギリスではゼロ年代半ばから断続的にポストパンク的なサウンドが流行っていましたからね。

田中 2010年代半ばからのサウスロンドンのバンドにしてもそうだよね。ただ、フォンテインズD.C.には、自分たちが抱えている冷めた熱情を表現するにはどうしてもこのサウンドが必要なんだという必然が感じられた。諦観やニヒリズムと同時に、怒りや倫理的とは言い難い暴力性が同居している。その感覚とサウンドが見事に呼応し合っていて。それに今、アンビヴァレンツな感覚や感情を表現することってあまり許されないじゃないですか。「どちらの側に立つのか?」が問われる傾向が明確にある。そもそもポストパンクは左翼的な価値観から生まれたんだけど、マガジンの代表曲「Shot by Both Sides」に象徴されるようにマージナルな場所に立つものでもあって。どんなアイデンティにもどんなイデオロギーにも回収されるものではないっていう。そういう意味でもインディロックに勇気づけられたのは本当に久しぶり。

小林 いや、本当に素晴らしいアルバムでしたね。



2021年はケンドリック・ラマーとラナ・デル・レイの年?

田中 じゃあ、2021年の展望。今年アルバムを出さなかったケンドリック・ラマー、ドレイク、ラナ・デル・レイ辺り。ラナ・デル・レイの場合、本当か嘘か、ヴァイナルの生産が間に合わないからリリースを年明けに延期するっていう(笑)。その代わりに1930 年代半ばにジョージ・ガーシュウィンが書いた「Summertime」のカバーを出したり。

Lana Del Rey - Summertime The Gershwin Version


小林 今年出なかったアルバムの代わりにカバーアルバムを出すと言ってますけど、そこに何かしらの布石があるのかどうか。彼女は昔からノスタルジックなサウンド志向ではありましたけど、前作からは本当に次は何をやるかまったく読めない感じになった。

田中 2020年の年明けにはロック的なサウンドを取り込んでいると噂されていたケンドリック・ラマーのアルバムはやっぱり作り替えてるのかな?

小林 今年9月にPVを撮っているっていう噂が出たりとか、アルバム6枚分の曲があるっていうリークがあったりとか、情報は錯綜しているんですけど。でも、ケンドリックってBLMのタイミングで一切メッセージを発していないですよね?

田中 そう。2014年からのBLMの高まりで抗議行動のアンセムになった「Alright」を出したケンドリックが沈黙を守っているっていう。

小林 もし今年アルバムを出していたら、良くも悪くもBLMのアルバムにならざるを得なかったわけじゃないですか。そこを敢えてずらしたっていうのは、やっぱりアルバムの内容と関係しているのかもしれない。

田中 そんなわけで、こんな風にいろんな注目が集まった作品がたくさんありながら、俺の今年のフェイヴァリットのひとつ、セレーナ・ゴメスの『Rare』が見事に見過ごされた年だった。それは最後に言っておかないと。

小林 The GuardianとローリングストーンとBillboardとタナソウさんだけが評価しているっていうね(笑)。まあ、それだけ評価されていれば十分とも言えるけど。

田中 見過ごされ続ける人、セレーナ・ゴメスが、ある意味、その本領をさらに発揮した年だったというね。いや、『Rare』、マジで最高だから!

Selena Gomez - Rare


Edited by The Sign Magazine

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