東京工科大学(工科大)は1月20日、咳止め薬(鎮咳剤)として承認されている医薬品「クロペラスチン塩酸塩」が、抗がん剤「シスプラチン」に耐性を獲得したがん細胞を選択的かつ強力に傷害する活性を示すことを発見したと発表した。

同成果は、工科大大学院 バイオニクス専攻の今村亨教授、産業技術総合研究所の岡田知子研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

シスプラチンなどの抗がん剤は、細胞の内部に入って遺伝子の複製を阻害したり酸化ストレスを与えたりすることで、がん細胞を傷害する仕組みを有する。しかしがん細胞の厄介なところは、抗がん剤を使い続けているうちにその効果が出にくくなる現象、つまり「抗がん剤耐性」を獲得してしまうところだ。これはがん治療に困難をもたらすため、臨床現場で大きな問題となっている。

この問題を克服するため多くの研究が行われてきたが、これまでは「耐性を上回る強い抗がん剤を開発する」ことに主眼が置かれていたという。しかし新薬の開発には膨大な時間と費用を要し、完成しても安全性を確認して承認を得るまでにも長い時間がかかる。そこで現在は、すでに承認されている薬剤に対し、知られていなかった別の効能がないか(別の使い方がないか)を探すことに、世界レベルで力が注がれている。「既存薬のリポジショニング」などと呼ばれるものである。

共同研究チームも今回の研究で、そうしてすでに承認を得ている薬剤の中から探索を実施。ただし、探し方は従来とは異なるアプローチだったという。抗がん剤が効くがん細胞を対象とするのではなく、抗がん耐性を獲得したがん細胞を選択的に強い威力を発揮する薬剤を探すというものである。

そこで共同研究チームは東京大学創薬機構の支援を受け、日本国内で承認されている医薬品のほぼすべてを対照として、スクリーニングを実施。その結果、狙った活性を持つ承認医薬品として、咳止め薬のクロペラスチンが発見された。この薬品は、生理活性物質の一種である「ヒスタミンH1」の細胞膜にある受容体の活性を阻害する働きを有しており、ヒスタミンH1受容体の阻害剤として知られる別の2種の薬剤も、同様に抗がん剤耐性がん細胞を傷害することが見出されたという。

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    (a)子宮頸がん細胞(黒丸)は抗がん剤のシスプラチンで強く傷害されるが、そこから生じた耐性細胞(白四角)はシスプラチンが効きにくい。(b)一方、咳止め薬のクロペラスチンは、シスプラチン耐性細胞(白四角)を強く傷害するが、元の子宮頸がん細胞(黒丸)には効き目が弱い (出所:工科大プレスリリースPDF)

また、これまでに共同研究チームでは、抗がん剤耐性がん細胞において高発現する「fibroblast growth factor13(FGF13)遺伝子」が耐性の責任分子であることを見出していた。その知見に基づいたがんの治療方法の策定についての特許を取得しているが、今回は承認医薬品のリポジショニングにつながる成果であり、早期の治療応用が期待されるとしている。

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    子宮頸がん細胞(下:HeLa S)はシスプラチンで強くアポトーシス(細胞死)が起こるが、シスプラチン耐性細胞(上:HeLa cisR)はクロペラスチンでアポトーシスが起こる (出所:工科大プレスリリースPDF)

また今回の研究成果は、がんの治療に新たな光をもたらす大きな意義を持つと考えられるという。クロペラスチンは、これまでも肺がん患者の治療の際、咳止めの目的として併用されてきた。しかし今回、同医薬品の新たな活性が発見されたことにより、今後は肺がん以外の抗がん剤治療においても、治療成績の向上につながることが期待されるという。

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    抗がん剤耐性を持たないがん細胞(HeLa S)と耐性を持つがん細胞(HeLa cisR)が混じった状態の細胞集団(mix culture)は、がん患者の生体内のモデルである。右端のバーの通り、シスプラチンとクロペラスチンを併用することで、がん細胞をすべて殺すことが可能となる (出所:工科大プレスリリースPDF)

さらに今回の研究成果をもとに、がん細胞が有する未知の生理機構の解明や、FGF13による抗がん剤耐性機構の解明、さらには新たながん治療薬の創薬シーズにつながることも期待されるとしている。