1970年代の浜田省吾との出会い 水谷公生とともに振り返る

日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2020年12月の特集は、浜田省吾2020。今回は1970年代の曲のみを歌ったライブの映像作品『Welcome back to The 70s ”Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時~Time of Your Life」』を聴きながら、アレンジャーであり、Fairlifeのメンバーである水谷公生と共に当時の浜田省吾を語っていく。

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田家秀樹(以下、田家):こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人、田家秀樹です。今流れているのは、浜田省吾さんの「みちくさ」。先月発売になったミニアルバム『In the Fairlife』の一曲目です。今月の前テーマはこの曲です。

今月2020年12月の特集は浜田省吾。11月11日に8曲入りミニアルバム『In the Fairlife』が発売になりました。Fairlifeは浜田さんの書いた曲を、様々なボーカリストが歌うというソロ活動とは別のユニットです。今回の『In the Fairlife』はFairlifeが2004年、2007年、2010年にリリースしたアルバムの中で浜田さんが歌った曲を集めてリメイクしたアルバムです。今月はこのアルバムを入り口にお送りしようと思っています。そして、今回のゲストはアレンジャー、プロデューサーとして、1970年代から浜田さんと一緒に創作に参加しているFairlifeのメンバー、水谷公生さんです。

水谷公生(以下、水谷):よろしくお願いします。

田家:先週もお伝えしたように、今週は水谷さんと浜田さんが出会われた頃のお話をお伺いしようと思っております。1978年の浜田省吾さん3枚目のアルバム『Illumination』の際に出会われたんですよね。当時、浜田さんはソロになってまだ3年目。水谷さんはすでに大御所でありました。

水谷:いっぱい仕事をしていただけです(笑)。頑張ってました。

田家:1960年代からグループサウンズのギタリストで売れっ子だった。キャリア的には、水谷さんの方が偉かったと。

水谷:威張ってました(笑)。

田家:そういうところから始まるんですね。一昨年、浜田さんのファンクラブツアー『100% FAN FUN FAN 2018 ”Journey of a Songwriter” since 1975 Welcome back to The 70s 「君が人生の時~Time of Your Life」』がありまして、1970年代の曲ばかりを歌った楽しいツアーでしたね。

水谷:楽しかったですね。客席で見ていて当時のことを思い出しました。僕にとっても自分の歴史を目の前で演奏してもらっている感じもあって、心が震えました。

田家:浜田さんはあまりメディアに登場されない方で、ツアーをやっているということをご存知ない方も多いのですが、ここ数年はファンクラブツアーをやっています。去年発売されたこのツアーのライブ作品の音源も交えながら、今日はお送りしようと思います。映像作品『Welcome back to The 70s ”Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時~Time of Your Life」』から、「風を感じて」。

風を感じて [Live] / 浜田省吾

田家:この曲は浜田さんの最初のシングルヒット作品と言っていいでしょう。オリジナルのアレンジは水谷さんが手掛けられました。その時のことはどんな風に思い出されますか?

水谷:当時駆けつけてくれたのが、ドラマーの林立夫さん、ベースの後藤次利さん、コンピューターのオペレーターが松武秀樹さんと、僕の大好きなメンバーが集まってくれて。とてもウキウキしながらやった記憶があります。

田家:でもライブで演奏する機会は多くなかったですよね。

水谷:当時は若くて、作詞も浜田さんと三浦徳子さんとの共作でしたからね。でも、あのままそういう作り方を続けていればFairlifeは無かったでしょうし、浜田さんの中でもどんどん変わっていったんでしょうね。

田家:ファンクラブツアーだから、こんな風に皆で歌うという光景が出現したということもあるんでしょうね。今回のライブ音源は、去年発売の映像作品『Welcome back to The 70s ”Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時~Time of Your Life」』の完全限定盤の付属特典CDからお送りしました。オリジナルはアルバム『君が人生の時…』に収録されています。

田家:今流れているのは、1978年のアルバム『Illumination』の中から「片想い」。水谷さんに当時の忘れられない曲を何曲か挙げていただいたのですが、この曲も入っておりました。

水谷:僕がアメリカにレコーディングで行ってる間に、僕のお袋が亡くなったんですよ。その時にこの曲のアレンジが重なりまして、お袋のお骨の前でアレンジしたんです。いわゆるメッセージ・カントリーフォーク色の強い浜田さんでしたが、僕は実は彼の作るマイナーな曲(短調の曲)が大好きで。この曲も、本当に歌詞が胸を打つ曲で。どうしても思い出に残る曲でした。

田家:アメリカに行かれていたのはどなたの仕事ですか。

水谷:丸山圭子さんですね。アレンジの佐藤準くんと僕でアメリカに行って、向こうのドラマーやベーシストと一緒にやりましたね。

田家:丸山圭子さんは後にこの曲をカバーしましたね。

水谷:そうです。昔から彼女は浜田さんのことが大好きで。

田家:このアルバム『Illumination』のレコーディングスタジオで、水谷さんと浜田さんのやり取りがあって、多少険悪な雰囲気になったと伺っております。

水谷:浜田さんとどうこうじゃなくて、当時全米ナンバー1と言われていたバンド・ベルリンのメンバーでドラマーのロバート・ブリルがいて、彼はとてもシャープなドラムを叩く人なんですよ。他のメンバーは皆日本の歌を聴いていてビートのちょっと後ろにくる傾向があったんですけど、ロバートはガンガンくるので、プロデューサーの鈴木幹治さんが、ドラムが走ってるって言って。

田家:鈴木さんもドラマーですからね。

水谷:でもそれは走ってるというよりは、ビートにジャストでいくのか、ちょっと遅れてくるかの違いであって。「それは走ってるんじゃないんじゃないの?」っていう話をプロデューサーやメンバーとしたんです。その時、僕がもうちょっと大人で周りのメンバーも子供じゃなかったら、アフタービートでやろうよって話になるんですけど、当時は皆ギラギラしてますから(笑)。でもそれがあったので、同じメンバーでやっていい結果になりましたからね。何でもかんでも素通りするよりも、言いたいことをちゃんと言って、ちゃんと真摯に受け止める方がいいですよね。

田家:その時は、水谷さんの中に浜田省吾さんという人に対してはどういう認識があったんですか?

水谷:僕はアレンジャーなので、先ずその人の声と楽曲を聴くんですよ。当時は彼のツアーはいっぱいあったし、曲も作って忙しかったので、入り口になるのは鈴木幹治さんだったんですよ。彼と話すことが多くて、浜田さんも好きそうなアレンジを彼と話し合っていたので。だから一緒に飲みに行ったこともないし、ご飯も食べたことなかった時代ですね。

田家:水谷さんは当時売れっ子で、1日にスタジオを何件も掛け持ちだった。

水谷:そうですね。幸いなことに色んなヒット曲をスタジオでやらせてもらっていたので、いい仕事をしていましたね。その中でも彼の声は違和感がなかったので、絶対に売るぞ! とは思ってましたけどね。

田家:水谷さんが今日選ばれた曲の中に、この曲がありました。「散歩道」。

田家:ファンの間ではとても支持の高い曲です。この曲を選ばれたのは?

水谷:今のコロナ禍ということもあるんですけど、皆大股ですごいスピードで歩いてきたのが日本だと思うんですよね。でも一番大切なものって、人の心だと思うんですよ。この歌の主人公は彼女にセーターを買ってあげたい、でもポケットの小銭を大事にしていかないと自分も前に進めなくなるし、と思っている。この当時、僕はスタジオで歌謡曲を担当することが多かったんですけど、こういう歌詞はあまりなかったんですよね。どちらかというと、高度経済成長の中でイケイケみたいな曲が多くて。その中で、浜田さんとは本当に人の気持ちに触れる仕事をしてきたし、こういう曲はリアリティがあって現実的でしょう? 僕にもこういうお金がない時代はあったし、それをポップなメロディで歌にしていたので、敢えてアコースティックだけにしないで、佐藤準くんにシンセサイザーを弾いてもらったりもしたんですけどね。自分の中でポップにしたいというのはあって。今だからこそ伝わってほしいって思いました。

田家:胸がキュンとするような温かい詞でもありますもんね。1978年のアルバム『Illumination』から、「散歩道」でした。

子午線 [Live] / 浜田省吾

田家:お聴きいただいているのは、去年発売の映像作品『Welcome back to The 70s ”Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時~Time of Your Life」』の完全限定盤の付属特典CDから「子午線」。オリジナルは1979年5月発売のアルバム『MIND SCREEN』。MCでも仰っていましたが、この曲はライブで歌ったことがないと。

水谷:そういえばあったなっていう感じで(笑)。

田家:お客さんも「あ、この曲!」という受け止め方だったでしょう。作詞も浜田さんご本人ではないので、あまり触れたくない曲になっていたのかもしれませんね。

水谷:時が流れましたからね。いい曲ですよ。

田家:このアルバムの全曲アレンジが水谷さんでした。このアルバムから、ディレクターが後に尾崎豊さんを手掛ける須藤晃さんに変わったりもして、浜田さんの周りの環境が変わっていく中で、悩まないといけないことがたくさんあった時期でもあったんでしょうね。

水谷:このアルバムを通じて「全部の作詞は俺がするんだ」っていう意識が強くなったと思うんですよ。そういう面では、やったことは間違ってなかったと思いますね。

田家:先ほど、水谷さんは最初は鈴木さんとお話する機会が多かったと仰っていましたが、この時期もそうですか?

水谷:そうですね。それとミュージシャンと僕たちの作り出す音に、浜田さんも慣れてきたんだと思うんですよ。僕たちのグループのサウンドが浸透し始めてきたのかなと。だんだんこなれていく過程です。

田家:先ほど名前の挙がったミュージシャンは、当時のトップミュージシャンでもあるわけで。最先端のサウンドと言ってもいいわけですよね?

水谷:そうですね。有名な佐藤準くんがキーボード弾いてるし、岡沢茂がベースで。

田家:浜田さんと彼らはちょっと距離がありましたか。

水谷:そうですね。でもこういう世界ですから中心の人が伸びてくれば皆尊敬もしますし。

田家:そういう過程のアルバムだった。その一方で、一昨年のツアーではこの曲もやっていました。「いつわりの日々」。

いつわりの日々 [Live] / 浜田省吾

田家:この曲の印象は当時どうでした?

水谷:やっぱりリアリティがありますね。もちろん歌詞は想像で書くものでしょうけど、痛みって表現するのが難しくて。頭の中で美しい言葉を並べている曲が多いという印象が強かったですね。

田家:浜田さんの中でのR&B的な要素っていうのは、当時はどうご覧になっていたんですか。

水谷:もちろん1960年代、1970年代っていうのはアメリカの文化が日本に入ってきていたので、そういう音楽を深く聴いてインスパイアされているなと思っていて。その一方で、西海岸のジャクソン・ブラウンみたいな影響も感じて。色々なものを自分の中で吸収して、浜田省吾サウンドになっていたと思うんですね。

田家:そういうR&B的な要素って、1970年代の終わりの頃にはもう新しいものではなかったでしょう?

水谷:そうですね。でも、根本にそういうメロディがあっても、流行みたいな枝葉になればなるほど弱いものなるんですよね。1950年代、1960年代に出てきたR&Bの幹からのインスパイアは、浜田さんに多いですよね。

田家:なるほど。さっきちょっと仰っていた溝ってそういうものだったのかもしれませんね。 最先端の売れっ子スタジオミュージシャンと、幹に拘ろうとしている浜田さんという感じがあったのかなと。

水谷:そうですね。

4年目の秋 [Live] / 浜田省吾

田家:続いて、映像作品『Welcome back to The 70s ”Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時~Time of Your Life」』のライブCDから「4年目の秋」。オリジナルは1979年のアルバム『君が人生の時…』です。当時のアルバムの中では、ひっそりしている曲の印象がありますね。このアルバムが出るころには、先ほど仰っていたスタジオでの関係はかなり変わってきていたんですか?

水谷:そうですね。このアルバムは伊豆のスタジオで合宿しながら、皆で集まってやっていたんです。

田家:浜田さんは、1970年代に商業的な意味での爆発的ヒットはなかったわけで、なんでこの人がもっと評価されないんだろうというような想いはありましたか?

水谷:それは今の時代もそうですけど、日本全体の空気がそういう風にすると思うんですよ。僕らがやっている間は、例えばソニーの中からもなんか暗い曲が多いなみたいな声も多かったりして。でも、色々な人がいるわけで、明るい人ばっかりじゃないし。そういう人たちに届く曲って、アイドルっぽい歌謡曲にはあまりないんですよ。その中で、ちゃんとしたメッセージを歌っていたから、今でも多くの人が側にいるんだと思いますけどね。

田家:この曲も都会で暮らしている女性の生活感がよく出ている曲ですね。

水谷:でもそれが歌だと思うんです。夢ばっかり歌って、夢に向かって頑張って元気だそうっていうのもいいんでしょうけど、そればっかりだとね。

田家:1970年代の浜田さんのコンサートや曲を支持していた聞き手の中に女性が多かったというのは、そういうところをちゃんと受け止めてくれて反応した結果なんでしょうね。

水谷:日本も女性の政治家が多く出てほしいですね。全然違うところに話飛んじゃった(笑)。

田家:2020年の暮れに思うことですね(笑)。そして、1980年代に入っていく区切り。これは誰もがどんな風に1970年代を終えて1980年代を迎えるか考えていた時代でもありますね。1980年代に入ると、ロサンゼルスで録音したアルバム『Home Bound』がリリースされます。この辺の変わり方はどう捉えていました?

水谷:世界全体の動きというか、日本もそれだけの予算をかけて海外レコーディングできるようになってきて。浜田さんも頑張ってきてファンも増えてきて。そういうことが広がってきたので、できるようになったんだと思うんです。実は僕も、1975年くらいに1000万円くらい持ってアメリカでレコーディングしたことがあって。ミュージシャンの知り合いができるっていうのも、とても嬉しいことですよね。

田家:そういうことがこのアルバム『Home Bound』に繋がったんでしょう。続いて、水谷さんが忘れられない曲です。『Home Bound』から「傷心」。

田家:1980年10月に発売になった6枚目のアルバム『Home Bound』から「傷心」。これを選ばれたのは?

水谷:これは海外レコーディングということで、ミキサーもロサンゼルスの人でした。これはちょっとプロっぽいことですが、バックの音がすごく大きいんですよ。でも歌もちゃんと聞こえる。これはエンジニアリングの周波数をすごく整理しないとできないんですよ。それがすごくできてるし、歌ばっかり聞こえると薄っぺらになってくることもあるんですよ。それが40年前からしっかりできている。それもあるし、やっぱり僕は彼のマイナーな曲が好きで、これはまさに浜田省吾節。それとトミー・モーガンという人がハーモニカを吹いているんですけど、そのソロが圧倒的にすごいんですよ。音楽の気持ちよさと曲の切なさと彼の声、僕はこの曲が素晴らしい曲だと思うし、僕が札幌に行った時にこの曲がたくさん流れていたんですよね。「何でこんなにかけてるの?」って訊いたら、当時札幌の有線で一位だったんですって。今は特にこういう時代なので、心や情がすごく大事なので選ばせてもらったというのもあるんですけど、心がキュンとするしロマンチックだなと思いますね。

田家:『Home Bound』の中には、「終りなき疾走」とかメッセージ性の強いロックもあったわけですが、ロマンチックでセンチメンタルなバラードというのがないと、そういう曲も活きないですね。このアルバムから、水谷さんはもう一曲選んでます。

田家:これを選ばれているのも、メロディメイカーとしての浜田さんが出ていると。

水谷:もちろんいいメロディーですよね。それとこのギターを弾いているのはフレッド・タケットという人なんですよ。彼はアコースティックのイメージがあったんですけどね。とてもいい人だし、久しぶりに聴きたいなって思って。楽曲も、貧しさのなかでっていう言葉も出てきましたけど、今も日本って弱者の方が多いんですよね。僕は彼のことを預言者って呼ぶんです。時に時代を先取り過ぎますけどね(笑)。

田家:1980年代っていうのは高度成長に向かっていく、軽薄短小っていう言葉があった時代です。その中で何が一番大切なのか、何が重要なのかを歌っているラブソングでもある。そういう1970年代、1980年代の中で、『Home Bound』は一つの転換だと思って聴いていたのですが、水谷さんの中で何が変わったと思いますか?

水谷:さっきから話しているように、鈴木さんや須藤くん、プロデューサーやディレクターの意見が大きかったんですけど、ここで浜田さんも自信がついたんだと思います。

田家:アメリカに行きたいっていうのも、浜田さんが言われたんですもんね。

水谷:それもあるし自信があるので、今までとは違うものを作りたいという意思表示を言うようになったんですよね。ここから変わりました。

田家:水谷さんとの関係や距離感もソウルメイト的になってきた?

水谷:そうですね(笑)。ぶつけ合うようになって。

田家:それがあったから、Fairlifeにも繋がっていると。この頃の浜田さんとFairlifeの浜田さんってやっぱり違うところがありますか?

水谷:この頃の方が若かったけど、Failifeと噛み合うところがあったんじゃないでしょうか。僕は決してリッチじゃないし、浜田さんも今でこそスーパースターですけど、会って話しても何も変わらないですもんね。

田家:いい話ですね。さて、今日水谷さんに選んだ最後の曲です。1981年のアルバム『愛の世代の前に』の表題曲「愛の世代の前に」。「ON THE ROAD 2011 "The Last Weekend"」のライブ音源からお聴きください。

田家:「愛の世代の前に」、2011年から2012年にかけてのツアー「ON THE ROAD 2011 "The Last Weekend"」からお聴き頂いております。この曲でも思い出すことはたくさんありますか?

水谷:ありすぎて倒れますね(笑)。『Home Bound』で浜田さんの意見が強くなってきたでしょう? スティーヴ・ルカサーというTOTOのギタリストが『Home Bound』のレコーディングに来てくれたんです。そういうこともあって、ロック色が強くなっていく時期なんですね。この曲をアレンジする時に、ギターのリフがかっこいいものを作りたいというので、このフレーズはそんなに苦労しないで出たんですよ。アイディアが上から降りてきたような感じで。それで、この曲を広島でライブレコーディングしたことがあって、僕も呼ばれて行ったんです。この曲のイントロを弾いたら全員が立ち上がって大きな波のように押し寄せてくる熱気があった。その時は、僕が彼のライブを見たのは2回目くらいで。なので、広島のお客さんにたまげちゃって。ミュージシャン冥利に尽きるようなアツい思いをしたのを覚えていて、印象に残っていますね。

田家:話は尽きませんね。再来週もう一度出演していただいてもいいでしょうか?

水谷:やりたいですね(笑)。

田家:再来週も水谷さんが登場いたします。今週はここまでです、ありがとうございました。

水谷:ありがとうございました。

田家:水谷公生さんをゲストにお送りしました。

田家:FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」、浜田省吾2020。今週は2週目。先週に引き続き、ゲストはアレンジャー、プロデューサー、Fairlifeのメンバー、水谷公生さんでした。去年発売になったライブ映像作品『Welcome back to The 70s ”Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時~Time of Your Life」』の特典CDを中心にお送りしました。今流れているのは、この番組の後テーマで竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」です。

今日は2種類のライブ盤からお聴きいただきました。「ON THE ROAD 2011 "The Last Weekend"」は、2011年から2012年にかけて震災後のツアーでしたね。今年はこれだけライブができなくて、ツアーも中止になったりしている。こういう年の瀬に2011年のあの頃を改めて思い浮かべてみると、何が今変わろうとしているのかというヒントになるのかなと思いました。そして、『Welcome back to The 70s ”Journey of a Songwriter" since 1975 「君が人生の時~Time of Your Life」』はファンクラブツアーの映像なんです。1970年代の曲ばかりを歌ったのが一昨年で、一部が弾き語りでした。その前には、1960年代の曲を集めたツアーもありました。去年は1980年代前半の曲を集めたツアーで、今年は、本来1980年代後半編が行われる予定だったんですが、なくなってしまいました。1980年代のアルバムというのは彼が、いろんな意味で世の中に対しても果敢に戦っている時期でもあって、1980年代の前半と後半のツアーというのは必見、必聴です。浜田さんの音楽をどこかで聴いたり、どこかで好きになったり影響されたりした人には夢のような時間でした。いつか続きを楽しみにしながら、2020年の年を越そうと思っています。来週もライブ音源をお送りしますので、一緒に楽しみましょう。

<INFORMATION>

田家秀樹

1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。

https://takehideki.jimdo.com

https://takehideki.exblog.jp

「J-POP LEGEND FORUM」

月 21:00-22:00

音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。

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