2020年11月5日、eスポーツ関係者を中心に衝撃が走りました。NTTドコモによるeスポーツ事業参入が発表されたのです。

巨大企業とはいえ、いち企業がeスポーツ事業に参入するニュースは、もはや珍しくもなんともありませんが、驚愕なのは、その内容。なんと、eスポーツリーグの立ち上げを発表したのです。具体的には、バトルロイヤルゲーム『PUBG MOBILE』のeスポーツリーグ「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE(PMJL)」の運営を年間通じて開催するというものでした。

さらに驚きなのが資金面。賞金総額3億円に加え、参加する16チームに「1チームあたり2500万円の支給」を提示しました。各チームには、その支給額から参加するプロ選手1人につき最低保証年収として350万円以上を支払うことを規約に記載しています。

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    NTTドコモはバトルロイヤルゲーム『PUBG MOBILE』のeスポーツリーグ「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE」を立ち上げると発表しました

これまでeスポーツ大会といえば、賞金制のトーナメントがメインでした。そのため、安定した生活や運営ができている選手やチームは一握りだったはずです。

もちろん、一部、LJL(『リーグ・オブ・レジェンド』の日本リーグ)やクラロワリーグ イースト(『クラッシュ・ロワイヤル』のアジア圏リーグ)など、IPホルダーが参加チームに運営費を拠出しているケースはありました。それ以外にも、スポンサーから十分な収入を得ているチームや選手はゼロではないでしょう。

しかし、賞金総額の高さや専業で活動できるだけの保証年収を明らかにしたものは、他に類を見ないことだと言えます。また、IPホルダー以外の企業が運営費を支給するリーグ戦もなかなか見当たりません。

そこで、eスポーツ事業に初参入ながら、異例の施策を打ち出したNTTドコモのeスポーツビジネス推進担当課長である森永宏二氏に、リーグ設立やeスポーツ事業参入の目的を聞きました。

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    NTTドコモ ビジネスクリエーションeスポーツビジネス推進担当課長の森永宏二氏

リーグ立ち上げは5G普及とeスポーツの盛り上げに貢献するため

NTTドコモがeスポーツ事業を検討し始めたのは2017年。NTTドコモとして、どのような形でeスポーツに貢献できるかを模索してきました。

その事例のひとつが、2018年1月に開催された格闘ゲームの祭典「EVO Japan 2018」への協賛です。「EVO Japan 2018」では、5Gの実証実験のブースを出展し、対戦格闘ゲーム『鉄拳7』を使って、光回線と5Gを比較しながら5Gの高速、大容量、低遅延の有効性を検証しました。

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    「EVO Japan 2018」に出展したNTTドコモブース。5Gと光回線のPCをそれぞれ用意し、遅延の比較を行っていました

森永氏は「EVO Japan 2018では、格闘ゲーマーに5Gを体験してもらうことが目的でした。そこから、eスポーツ事業を検討するにあたり、自ら大会を開いてみようと考えました。同年に豊洲ピットで『ウイニングイレブン』『ドラゴンクエストライバルズ』『ドラゴンボール ファイターズ』などの大会を開催。秋には『Fortnite』のイベントを開催しました」と、当時を振り返ります。『Fortnite』のイベントでは、eスポーツ大会を開催するだけでなく、5Gを使ったマルチアングル配信を行い、動画配信の可能性も追求しました。

「東京ゲームショウ2019では、5Gを使って『PUBG MOBILE』のeスポーツ大会を実施しました。PUBG JAPAN様には、多大なご協力をいただき、それが今回の『PMJL』にもつながっています。あわせて、ときど選手とウメハラ選手の『ストリートファイターV』の対戦をARで観戦する取り組みを行うなど、新たな観戦、視聴のスタイルの模索にも力を入れてきました」(森永氏)

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    東京ゲームショウ 2019のNTTドコモブース。AR観戦以外に、『ストリートファイターV』のアジア各国によるチーム戦「Asia Invitational 2019」を開催

3年間、あらゆる面からeスポーツ事業への展開を取り組んだNTTドコモ。日本のeスポーツシーンをより盛り上げるために必要なのは、やはり海外のようなプロシーンだという結論に至ったと言います。

「eスポーツへの関わりかたとしては、スポンサーとしてブースを出すプロモーションもありますが、リーグを主催することにより、5Gの利用をハンドリングしていける立場に身を置きたいと思っております。また、5Gの普及だけでなく、日本のeスポーツシーンの盛り上がりに貢献したいという想いで、リーグの立ち上げを決めました」(森永氏)

マネタイズに関しては、先の5Gによるマルチアングル視聴とともに、eスポーツ以外のさまざまなライブエンターテインメントへの活用も考えているそう。

「NTTドコモは、新しいことに挑戦していく理念、DNAを持つ企業です。eスポーツはまさにそのDNAを体現するいいステージ。NTTドコモとしては、まず5Gの利用が最重要課題となると思いますが、それ以外にもいろいろな方々とビジネスを興し、市場拡大を狙っていきます」(森永氏)

『Fortnite』のイベントでは、専用アプリを使用してマルチアングルを視聴者が簡単かつ自在に操れるようにしていましたが、これからはプレイヤーの手元を映したり、VRやARで観たりといった新たな観戦スタイルが生まれる可能性もあるでしょう。ドコモは、リーグ運営として中心に身を置きつつ、新たな観戦スタイルを生み出すなど、さまざまなビジネスにも波及させていくつもりです。

「周辺のビジネスも進めていくつもりですが、eスポーツ事業はそれ単体でビジネスとして成立させることを目標としています。初期投資が大きいうえ、スポンサーが決まっていないうちは、しばらく収益を出すのが難しいと思いますが、将来的には採算を取れるようにしていきたいですね」(森永氏)

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    最低保証年収の金額を明示したことは、プロゲーマーや関係者に対して、「どのような環境でプレイできるのか」を理解してもらうためでもあると話します

初期投資が大きいため、事業の黒字化には相応の時間が必要でしょう。森永氏は長期スパンでeスポーツイベントの運営を進めていく考えを明らかにしました。

その巨額の投資となったのが、参加チームへの運営費と大会の賞金。「世界と肩を並べるプロシーンを作るには、選手がプロとして生活できる環境作りが必要だと考えました」と森永氏。そのための最低保証年収であり、高額賞金だと見解を示します。

参加を希望するチームに対する売り上げなどの条件提示については「現時点ではしていない」とのこと。ほかのリーグの場合、短期間でチーム運営が暗礁に乗り上げ、早々にリーグを離脱しないよう、一定数の売上げや収益を出しているチームを条件にしているケースもありますが、「PMJL」では、そのような条件はありません。

とはいえ、審査の段階で、実績や資本力など、何かしらのチェックはあると思われますが、老舗チーム以外に参加チャンスがあるのは、eスポーツを広める意味においても有効な手段といえるでしょう。

※インタビューは2020年11月末に行われました。すでに「PMJL」に参加する16のチームオーナー候補は発表されています。

参加するオーナー候補とそのチームは以下の通り。

(チームオーナー名:チーム名)

BLUE BEES:BLUE BEES
Cosmo World:Lag Gaming
CS entertainment:未定
CYLOOK:REJECT
Donuts:Donuts USG
GamingD:DeToNator
GANYMEDE:JUPITER
SST-GAMES:SunSister
Sun-Gence:AQUOS DetonatioN Violet
XENOZ:SCARZ
アカツキ:Team UNITE
アックスエンターテインメント:AXIZ
戦国:Sengoku Gaming
バーニングコア:Burning Core
ブロードメディアeスポーツ:CYCLOPS athlete gaming
ワールド・ハイビジョン・チャンネル:未定

「PMJL」を世界につながるリーグに

「PMJL」は、年間100試合を予定しており、2021年2月~4月の「フェーズ1」、7月~9月の「フェーズ2」の2シーズン制で開催予定。「フェーズ1」の優勝チームは上期の世界大会への出場権が与えられ、「フェーズ1」「フェーズ2」の年間を通じた総合優勝チームには下期の世界大会への出場権が与えられます。

つまり、「PMJL」は、日本のリーグながら世界大会への出場権をかけた争いでもあり、そこで活躍することが世界に「PMJL」をアピールすることにもつながります。

NTTドコモが掲げるのは「日本のeスポーツをワンステージ上へ盛り上げていくこと」。リーグの開催はこれに直結しており、ひいては日本のeスポーツ市場の活性化にもつながります。日本チームが世界で活躍し、「PMJL」が世界から魅力のあるリーグと判断されれば、世界のトップ選手が「PMJL」を目指すに参戦する可能性もあるでしょう。「我々としても、世界につながるリーグ運営を目指していきます」と森永氏は力強く答えました。

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NTTドコモのeスポーツ事業参入の発表では、「PMJL」以外に、『League of Legends: Wild Rift(ワイルドリフト)』の大会も発表されています。詳細は未定ですが、『ワイルドリフト』は国内リーグの設立ではなく、「まずはトーナメント大会の開催を目指している」とのことでした。

また、今後は上記の2タイトル以外にも、タイトルを増やしていくことを検討中。NTTドコモとしてはモバイルゲームが中心となりそうですが、5G対応のルーターを利用し、PCやコンシューマ機で大会を開くこともあり得ます。

プロ野球しかり、Jリーグしかり、数多くのプロスポーツにおいても、職業として安定した収入を得ているのは、年俸制のリーグがほとんど。賞金のみのトーナメントでは一攫千金の夢はあるものの、職業としての安定性はありません。

そういう意味では、今回のNTTドコモの国内リーグの発足は、eスポーツが職業としての安定性をもたらす足がかりになり得るでしょう。たとえば「PMJL」をきっかけに、各チームがフランチャイズ会場としての本拠地を持ち、入場料やグッズ販売などで、NTTドコモからの運営資金援助がなく独立採算で収益を得るようになれば、さらに職業としてのeスポーツが確立されるはず。

そのためには、NTTドコモから供与される2500万円の運転資金のみを収入とせず、それをベースに収益をもたらす施策が必要。いかに自分たちのチームがファンに愛される存在になるかがカギとなるでしょう。どのようなエンターテインメント性を出していけるかが、「PMJL」の成功、日本のeスポーツ市場の拡大に結びつくのです。

今回のリーグ発足は、日本のeスポーツにとって大きな追い風ともなりますが、その分、ある程度の成果が出ないと一気に収束してしまう可能性があります。そのため、日本のeスポーツの行く末の一端を担ったプロジェクトと言っても過言ではありません。

NTTドコモは巨額の投資によってその覚悟を示しました。あとは、チームがどれだけの覚悟を持って参加するのかにかかっているのではないでしょうか。