北海道大学(北大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、九州大学(九大)、東北大学、東京大学の5者は12月8日、炭素質コンドライト隕石から太陽系形成以前の有機分子「ヘキサメチレンテトラミン」の検出に成功したと共同で発表した。

同成果は、北大 低温科学研究所の大場康弘准教授、JAMSTECの高野淑識主任研究員、九大大学院 理学研究院の奈良岡浩教授、東北大大学院 理学研究科の古川善博准教授、東大大学院 理学系研究科の橘省吾教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

太陽系に存在するほぼすべての物質は、46億年前の太陽系創世の際に、その元となった星間分子雲に存在した物質から形成されたものである(別の恒星系からやってきて太陽系にいついた物質がある可能性もゼロではない)。しかし、どのような化学物質がどのように変化したのかなど、宇宙における分子進化に関しては、まだ多くの謎が残されている。

星間分子雲に存在する水やアンモニア、メタノールなどの比較的単純な構造を持つ分子は、極低温(-263℃)環境での光化学反応によって、より複雑な構造を持つアミノ酸や糖などの複雑な生体関連分子へと変化していく。そして、その一部は惑星系形成時に星の材料として取り込まれる。それゆえ、有機分子を多く含むC型小惑星や、そのかけらである炭素質コンドライト隕石は、46億年前の太陽系形成時の情報を内包したタイムカプセルとして重要視されているのである。

C型小惑星の仲間には、リュウグウやベンヌなどがある。そう、「はやぶさ2」もNASAの探査機「OSIRIS-REx(オシリス・レックスもしくはオサイリス・レックス)」も、C型小惑星からのサンプルリターンのためにそれぞれの小惑星に向かったのである。

これまでの研究から、より複雑な分子の生成に必要不可欠なのが、ホルムアルデヒドとアンモニアなどの分子であることがわかってきている。しかし問題は、どちらの分子も揮発性が極めて高いことだ。そのため、それらの分子がどのようにして小惑星において反応の材料となりえたのか、その詳細はあまり明らかになっていなかった。

その謎を解明するカギとなるとされるのが、ヘキサメチレンテトラミン(HMT)だ。同化合物は揮発性が低く、星間分子雲における光化学反応の主生成物のため、太陽系形成時に星の材料となったと考えられている。さらに、水とともに加熱するとホルムアルデヒドやアンモニアなどが生成されることから、小惑星上での分子生成反応の材料として期待されていた。

しかし、これまでの宇宙望遠鏡を用いた赤外・電波天文観測や、隕石による分析から、HMTが検出された例はなかったのである。そこで共同研究チームは今回、従来とは異なる手法で炭素質隕石を分析し、HMTの直接的な検出が試みられた。

今回の研究では、アミノ酸などの有機化合物を豊富に含んだマーチソン隕石、タギッシュレイク隕石、マレー隕石という3種類の炭素質隕石がサンプルとして選ばれた。HMTを分解してしまわないように高濃度の強酸や熱湯の使用は避けたうえで、それらの隕石から水溶性成分が抽出され、HMTを含む画分の精製が行われた。その後、高速液体クロマトグラフ超高分解能質量分析計を用いて分子レベルでの精密な分析が実施された。

分析の結果、3種類の炭素質隕石すべてからHMTが検出され、その濃度は最大で隕石1グラム当たり846ng含まれることが判明。この量は同じ隕石に含まれるアミノ酸量に匹敵するほど多いことが明らかとなった。

また、隕石を用いないブランク実験や隕石落下地点の土壌サンプルの分析ではほとんどHMTが検出されなかったことから、検出されたHMTは隕石固有であると結論付けられた。比較的温度の高い小惑星環境では、HMTが生成するよりも分解する方が有利なことから、今回の研究で検出されたHMTは主に約46億年前の太陽系形成よりも以前の時代、星間分子の光化学反応で生成されたことが考えられるという。

これまで、太陽系形成以前の化学反応の関与を示唆する要素として、隕石有機物に一般的に見られる高い重水素濃集が認識されてきた。しかし今回の研究により、太陽系形成前に生成された有機分子が具体的に確認されることとなった。

今回の研究で検出されたHMTは、隕石ごとにその濃度が大きく異なることが明らかとなった。その原因のひとつとして、小惑星での熱水活動の程度の違いや、小惑星誕生当時のHMT量の多様性などが示唆されたという。このことはつまり、隕石ごとのHMTの分布を明らかにすることで、宇宙における分子進化だけでなく、太陽系形成に至るまでの天体進化を紐解くうえで重要な情報を得ることができるはずだとする。

今後は、今回の研究で用いられた3種類以外の隕石や、リュウグウから持ち帰られたサンプル、そして「OSIRIS-REx」が2023年に持ち帰る予定のベンヌからのサンプルなどからもHMTの検出を試みるという。その存在量を比較することで、宇宙の物質進化の理解が進むことが強く期待されるとしている。

  • 分子進化の模式図

    星間分子雲から太陽系形成に至るまでの分子進化の模式図 (出所:5者共同プレスリリースPDF)