マツダは既存4モデルに「Black Tone Edition」(ブラックトーンエディション)という特別仕様車を設定する。「MAZDA2」「MAZDA6」「CX-5」「CX-8」の4車種に「スポーティー」な外観上の変更を施したクルマだ。最近のマツダは「エレガントでシック」な方向でクルマ作りを進めているものと思っていたのだが、なぜ今、スポーツに振った特別仕様車を用意するのだろうか。

  • マツダの特別仕様車「Black Tone Edition」

    マツダが発売する特別仕様車「Black Tone Edition」。左から「CX-8」「MAZDA6」「MAZDA2」「CX-5」

「スポーツ」はマツダの夢?

「Black Tone Edition」のベースとなっているのは、各モデルの「プロアクティブ」というグレード。ベース車との違いはデザインで、モデルによって多少の違いはあるものの、Black Tone Editionはグリル、サイドミラーの裏側(鏡の反対側)、アルミホイールが黒塗りになっている。内装は「MAZDA2」「CX-5」「CX-8」を黒地に赤のステッチとし、「MAZDA6」にはバーガンディーレッドのシートを装着。ドアトリムとダッシュボードには「ハニカム」模様の装飾(黒かシルバー)を施した。

  • 「MAZDA2」の「Black Tone Edition」

    「MAZDA2」の「Black Tone Edition」。価格は179.8万円~227.4万円。このクルマは用品「MAZDA SPEED スタイリングセット」(フロントアンダースカート、リアルーフスポイラー、サイドアンダースカート、11.66万円)を装着している

特別仕様車の事前取材では、CX-5とCX-8の主査を務めるマツダ 商品本部の松岡英樹さんが登壇。「Black Tone Edition」導入の背景をこう説明した。

「マツダは『魂動デザイン』に10年近く取り組んでおり、クルマの美しさに向き合い、磨いてきましたが、もうひとつの夢は『スポーツ』です。美しく、速く、スポーティーなクルマを作りたいというスピリットは、決して忘れていません。今回のBlack Tone Editionは、夢であるスポーツへの一里塚。市販車では最近、スポーティーなマツダのイメージが不足していたと感じていますが、今回の特別仕様車でそれを感じてもらえれば嬉しいです」

  • 「MAZDA6」の「Black Tone Edition」

    「MAZDA6」の「Black Tone Edition」。価格は328.35万円~394.35万円。写真はセダンだが、ワゴンでも特別仕様車は選べる

  • 「MAZDA6」の「Black Tone Edition」

    「MAZDA6」の「Black Tone Edition」はシートがバーガンディーレッドに

マツダといえばエレガントでシックなクルマ作りを目指しており、マツダ車は速いというよりも人間の感覚にマッチした気持ちのよい操作感を売りにしているものと思っていたのだが、ここへきてスポーツのマツダを打ち出してきたのはなぜだろうか。松岡さんに直接聞いてみた。

  • 「CX-5」の「Black Tone Edition」

    「CX-5」の「Black Tone Edition」。価格は304.15万円~359.15万円

  • 「CX-8」の「Black Tone Edition」

    「CX-8」の「Black Tone Edition」。価格は361.68万円~423.61万円

最終目標は新しいスポーツカー?

――マツダはエレガントなブランドイメージが浸透してきていると思うのですが……。

松岡さん:ですよね(笑)。

――なぜ今、スポーツなんでしょう?

松岡さん:私が会社に入ったのが1985年なんですけど、そのころのマツダはラリーもやっていたし、ル・マンもやっていたし……一応、優勝したんですけど(笑)。

――それはお聞きしています。相当な快挙だったそうですね。

松岡さん:あとは、「マツダスピード」というモータースポーツのブランドもやっていたりして、その代表格みたいな形で「コスモスポーツ」とか、ラグジュアリーなスポーツモデルでいうと「コスモ」というのもあったし、乗用系でいえば「サバンナ」というクルマもあったんです。

――旧車のイベントで、今でもよく見かけます。サバンナは緑色で格好いいんですよね。

  • マツダの「サバンナ RX-7」

    もともとマツダは、たくさんのスポーツカーを世に送り出してきたメーカーだった。写真は「サバンナ RX-7」

松岡さん:あれが「サバンナ RX-7」というんですが、その後には「RX-8」も出しました。昔はスポーツモデルが本当に多かったんです。

――そういうマツダ車が好きなファンの方も、まだまだたくさんいそうですよね。

松岡さん:いらっしゃいますね。徐々にスポーツカーというものは限られていってしまったんですが、いまだにマツダは「ロードスター」というクルマでそれを体現しています。それはそうなんですけど、ファンの方のみならず、マツダ社員の中にも、「スポーツカー待望論」を胸に抱いている人はいっぱいいる(笑)。そのイメージで造ったのが「RXビジョン」です。

――2015年の東京モーターショーで初登場したコンセプトカーですね。

  • マツダのコンセプトカー「RX-VISION」

    マツダのコンセプトカー「RX-VISION」

松岡さん:ああいうのを、将来的にはやりたいわけなんですけど、マツダが「スポーツ」という言葉を使うと、皆さん、そういう期待をしちゃうと思うんですよね。

――昔を知っている方は、なおさらでしょうね。

松岡さん:量販車でやっていたものとしては、「マツダパフォーマンスシリーズ」(MPS)というものがありました。量販車に力強いエンジンを載せたり、特別なステアリングを装着したり、チューニングを施したりしていんですけど、マツダがスポーツといい出すと、そういうモデルが出るのではないかという期待を生んでしまう。

やるのであれば、アピアランスだけではなく、エンジン性能もダイナミクスも、しっかりやりたいよねという思いが、我々には延々とあります。ただ、そういう検討を一方で進めつつも、量販車を売っていくとなると、全体的にはお客様の嗜好を考慮した方向に振っていく必要もありました。

エレガントな方向性は上級の車種で追求して、ほかのモデルにはスポーティーなものも用意するというような格好になれば、また違っていたとは思うのですが、「おや、マツダのクルマはみんな、エレガントな方向に行っているじゃないか」というイメージを抱かれることには、ある意味で、危機感とまではいわないんですが、もう一度、きちんとスポーティーなマツダというイメージを持っていただけるようにしないと、忘れ去られてしまうのではないかという思いはありました。そういうことがないようにしたいんです。実際、商品改良をやるたびに、「スポーティーなモデルはないの?」とおっしゃるお客様は、確実にいらっしゃいますし。

――なるほど。先ほど、「Black Tone Edition」は「一里塚」だという言葉がありました。今回は性能をいじらずに、デザインだけでスポーティーな方向に持っていったと思うんですけど、将来的には各モデルのスポーツタイプのようなものも作りたい?

松岡さん:今回の反応を見ながら、どういう風に育てていくかは考えていく必要があると思っています。

――一里塚というと、本当にまだ第一歩という感じですが、昔のマツダさんは100歩も200歩も進んでいたわけですもんね。

松岡さん:いえいえ(笑)。

――そうすると、例えば今後は、商品改良のときに、ホンダでいえば「タイプR」みたいなのが出てきたりもするんですかね?

松岡さん:それが何歩目でできるのかは分かりませんけど、まず一歩は踏み出さないと、次に進めないので。

――一里塚が今回の特別仕様車だとすると、ゴールというのは本当のスポーツカーを出すところですか?

松岡さん:RXビジョンみたいなクルマを出したいというのはありますね。それがゴールかどうかはわかりませんけど。

――通過点だとしても、大きなマイルストーンになりそうですよね。

  • マツダの「コスモスポーツ」

    マツダの新しいスポーツカーに期待が高まる。この写真は「コスモスポーツ」

――『頭文字D』という漫画にRX-7に乗る速い兄弟が出てきて、人気なんだそうですね。

松岡さん:先週、マツダのファンミーティングに行ってきたんですけど、今の話に出てきた「FC」とか「FD」に乗っていらっしゃった方もお見かけしましたよ。コスモも、初代のコスモスポーツもいました。

――あれが実際に走っていたら格好いいでしょうね。

松岡さん:ちなみに、CX-5で来て、サーキットを走っておられる方もいらっしゃいました。マツダのクルマに乗ると、そういう風に走りたいと思われる方は、多いんですよね。

――そういう人たちには、今回の「Black Tone Edition」導入でマツダのスピリットといいますか、「スポーツも忘れていないよ」という意思を伝えたい?

松岡さん:そうですね。

――「スポーツのマツダ」というイメージはせっかくの財産ですから、使わない手はないと思います。ただ、一方で最近のマツダは、CMの印象もありますし、店舗も黒基調のシックなところが増えていたりしますよね。ここへきてスポーツといい出せば、イメージがぶれてしまうという懸念はないですか?

松岡さん:最近のスポーツというのは、ポルシェもそうですけど、印象が変わってきましたよね。昔は本当にスパルタンで、速く走れるんだけど日常的には使いづらいし、質感も同じ値段ならもっといいクルマがある。そんな世界でした。今のスポーツは質感も高いし、乗り心地もいいし、普段も使える。そういう意味で、きれいでありながらスポーティーでもあるという両立は可能だと思います。

――確かにそうですね。フェラーリ「ローマ」みたいなクルマも登場する時代ですし。

松岡さん:そうですね(笑)。

  • フェラーリ「ローマ」

    フェラーリ「ローマ」

――昔みたいに、エンジン音をバリバリいわせて、足回りはがちがちで、みたいな方向性をとらなくても、マツダのスポーツカーは作れるということですね。

松岡さん:ええ。人間が本当に気持ちよく操作できたら、それが一番、速いはずですよね。

――なるほど。人間中心ということにこだわってきたマツダとしては、むやみに馬力を上げるようなことではなくて、気持ちよく乗れて速いスポーツカーを作りたいと。

松岡さん:その代表格がロードスターだと思います。

――そうか、ずっと続けてこられたわけですね。

松岡さん:ロードスターだけではなく、どのクルマに乗っても「マツダってやっぱり、スポーティーだよね」と感じていただけるようにしたいです。

  • マツダの「ロードスター」

    マツダの「ロードスター」

松岡さん:どうしても、魂動デザインを全面に出していますから、エレガントできれいで、という見え方にはなってしまいますよね。

――でも、考えてみると、魂動デザインを体現するコンセプトモデル「ビジョンクーペ」(VISION COUPE)だって、走らせれば速そうです。

松岡さん:そうなんですよ(笑)。

――確か、デザインを担当されている前田常務は、ビジョンクーペに関する取材で、「チーター」だったと思うのですが、「疾走する肉食動物」を例に挙げて説明されていましたし……。

松岡さん:前田さん自体が、そもそもレーサーですからね(笑)。

――マツダで最も速いとかいう噂は耳にしたことがあります(笑)。そういう方が、ただ美しいだけのクルマを作ろうだなんて、思っているわけがないといいますか、やっぱり走れば速いというのは意識されているんでしょうね。

松岡さん:美しさを前面に出すあまり、止まった状態でのイメージが強くなっているかもしれませんが、本当は、走っている姿を見せたいわけですよ、私たちとしては。

――ボディへの周囲の風景の映り込みも、走っていてこそ、それが移り変わっていくんですもんね。

松岡さん:そうです。

――「最近のクルマのCMは止まっているシーンが多い」って、誰かがおっしゃってました。

松岡さん:そう思います。

  • マツダのコンセプトカー「VISION COUPE」

    マツダのコンセプトカー「VISION COUPE」

――最近のマツダが作ってきたイメージもあるし、昔のスポーツのイメージもある。うまい具合に融合できればいいですよね。

松岡さん:幅が広い世界なので、それを狭く伝える必要はないと思います。美しいし、スポーティーだし、使えるし。それでいいのではないでしょうか。

――あえて、マツダ側から自己イメージを限定していく必要はないですもんね。間口を広げておいて、スポーティーなマツダが好きな人にはこれ、シックなマツダが好きな人にはこれという風に選んでもらえばいいわけですから。幅広く車種展開はできなくても。

松岡さん:1台のクルマでも、いろいろな用途で使ってもらえると思います。CX-5でレースをする方もいらっしゃるわけですから(笑)。 。

――私も以前、美祢試験場(山口県)のサーキットでいろいろなマツダ車に乗らせてもらって、CX-8でも走ったんですけど、かなり速度を出しても全く普通というか、平気でしたからね。

松岡さん:そうでしょう? で、どのクルマに乗っても同じような動き方をしたでしょう?

――はい。クルマを乗り換えても、運転の仕方を大きく変えなければならないという感じはなかったです。

松岡さん:そうなんですよ。

  • マツダの「CX-8」

    「CX-8」は3列シートの大きなSUVだが、サーキットも問題なく走れる。この写真は今回の商品改良で加わった新たなボディーカラー「プラチナクォーツメタリック」の「CX-8」

マツダではBlack Tone Editionの「お客様像」を「30~40代の既婚男性で、運転の楽しいクルマが欲しいと考える走り重視層」と想定。ただ、国内営業本部で行った事前の見取り会では、20代社員からも高い評価を集めたそうだ。「スポーツカーのマツダ」になじみがない世代がスポーティーなマツダ車に関心を示すようなら、同社が作るエレガントで速い新型スポーツカーの登場に対する期待も高まるというものだ。