近年、世界的にスポーツビジネスのマーケットはデジタルテクノロジーの進化とともに拡大の一途を辿ってきた。アメリカのプロスポーツやヨーロッパサッカーは有料動画配信サービスなどのブロードキャスティングの急速な進化によって世界的なメガコンテンツとなり、またSNSを駆使したブランディングがプロスポーツチームやアスリートの市場価値を飛躍的に高め、ファンエンゲージメント強化にも絶大な影響をもたらしていると言える。

またテクノロジーの進化は、ジョギングやフィットネス、ヨガといった、いわゆる私たち消費者自身が取り組むヘルスケアスポーツのカテゴリーにおいても顕著に見て取れる。身体のコンディションなどを明確に数値化・可視化できるデジタルデバイスやアプリケーションの普及が、スポーツのライフスタイル化への機運を一気に高めてきた。

世界的なコロナ禍によって、スポーツ×テクノロジーの需要が拡大

SPORTS TECH TOKYOを電通と共同で主宰しているScrum Venturesの黒田健介氏。海外の様々なスタートアップを支援し、日本への普及に向けた様々なプロジェクトを展開している。

しかしながら現在、そのように右肩上がりの状況だったスポーツマーケットは一つのターニングポイントを迎えている。今年の新型コロナウイルスの世界的感染拡大によって世界のスポーツ産業がかつてないほどの大打撃を被っていることは今や周知の事実だが、それによって、ここ数年のマーケット急成長の最大要因となっていたデジタルテクノロジーも社会状況へのさらなるアジャストメントが求められるようになってきているのだ。

そこで、この記事では、昨年からアメリカ・サンフランシスコと東京を拠点に「スポーツ×テクノロジー」の分野に挑戦する様々なベンチャー企業=スタートアップを支援するプロジェクト、『SPORTS TECH TOKYO』を電通と共同運営しているScrum Venturesの黒田健介氏とともに、デジタルテクノロジーの進化がウィズコロナ、アフターコロナ時代におけるニューノーマルなスポーツライフに一体どのような影響を与えていくのかを考察してみた。

「スポーツマーケットにおけるさらなるデジタルイノベーションへの機運は、確かに今年のコロナ禍によってグローバルレベルで一気に高まったと言えるでしょう。昨年、本プロジェクトをスタートした当初から、私たちもアスリートパフォーマンスの向上を目的としたウェアラブル、スタジアムの新たなインフラ整備、そしてブロードキャスティングや日常のスポーツを充実させるためのファンエンゲージメントという3つの軸を立てながら新しいテクノロジーへの投資と普及に努めてきましたが、中でも最近は、VRやARなどを駆使したブロードキャスティング、そしてファンとチーム、ファンと選手を繋ぐエンゲージメントの文脈におけるテクノロジーの活用が一気に進んでいるように思います」(黒田氏・以下同)

観るスポーツと、するスポーツ。イノベーションはその両面で加速中!

私たちのライフスタイルにおけるスポーツとの関わりは、大きく2つに分けられる。観戦を楽しむスポーツと、実際に自分の身体を動かして楽しむスポーツだ。その両面でデジタルイノベーションが進んでいると黒田氏は続けて語る。本プロジェクトにおけるグローバルな活動をふまえながら、まずは画期的なバーチャル観戦のテクノロジーの一例を紹介してくれた。

「OZ Sports」によるARテクノロジーが普及すれば、現在のように世界的に無観客、あるいは観客数が大幅に制限されている中でも映像上はスタンドがぎっしり埋まっているように見せることも可能だ。

「北欧の「OZ Sports」(https://web.oz.com/)というスタートアップが非常に興味深いテクノロジーを開発していまして、無観客、あるいは観客動員数が限られているスタジアムでの試合映像にAR技術で“リアルな観客をのせる”ことができるんです。それも単なる合成ではなく、ファン一人ひとりが課金することで自分のアバターをスタンドに配置させることができるという仕組みです。その技術によってチームはチケット収入に代わる収益を得ることができ、ファンはリモートでありながら試合映像に自分が映る体験ができるという、チームとファン双方にとって意義のある非常に面白いテクノロジーかなと。数ヶ月前にローンチされ、現在は本格的な導入に向けて各所と交渉に入っているようです」

次に私たちが直接行うヘルスケアスポーツの分野ではどうだろうか。そのマーケットは前述の通り、世界的な健康志向の高まりとともに飛躍的な上昇を見せているが、こちらもテクノロジーの進化スピードがこのコロナ禍によってさらに加速の様相を呈している。

「Mirror」(http://www.mirror.co/)というフィットネス企業が開発した「ARミラー」は、姿見がそのままコネクテッドディバイスの役割も兼ねるので自宅やオフィスに設置しても余分なスペースを取らない。

「特にホームフィットネスのコンテンツが劇的な広がりを見せています。このカテゴリーの重要なキーワードは大きく2つありまして、まずは“コネクテッド”。これまでのホームフィットネスは、例えばヨガであればDVDソフトや動画チャンネルなどを見ながらモニターの前でポーズを取る、というようなものが基本でしたが、最近アメリカで注目を集めているのが『ARミラー』。オンライン接続されたミラーの前でヨガのポーズをとるだけで、そのポーズに対する解析やカロリー消費などの数値、さらにはコーチからのフィードバックがミラーに表示されるといったような多機能コネクテッドディバイスが普及し始めています。

そしてもうひとつが“ソーシャル”。現在アメリカでのホームフィットネスのトレンドは1人で黙々と行うものから複数人数でわいわい楽しみながら行う方向にシフトしていまして、10人、20人単位の人たちがオンラインで繋がりながらリアルタイムで同時参加できるアプリケーションがどんどん増えていますね。余談ですが、昨季のNBAがコロナによる中断を経てフロリダに一極集中して残りのシーズンを行ったのですが、そのクローズドな環境において、NBAは健康状態をチェックできる『オーラリング』という指輪状のアラート付きウェアラブルディバイスの着用を全選手に義務づけ、感染拡大防止に努めていました。今後はそういったハイテクなヘルスケアディバイスもより一般的になっていくのではないかと考えています」

デジタル技術によるさらなるマーケット拡大が、
スポーツライフのクオリティアップに繋がる

そのようなスポーツ×テクノロジーの潮流は、プロ・アマ問わず多くのスポーツマーケットに新しいビジネスチャンスをもたらすと同時に、私たちのスポーツライフにも非常にポジティブな影響をもたらす可能性を秘めている。

「スポーツ観戦に関しては、VRやARの技術によってこれまで現場でしか体験できなかった臨場感を家にいながら楽しめる環境が整い始めていますし、またプロスポーツのみならずアマチュアやカレッジスポーツもどんどん映像コンテンツ化される時代になってきていると思います。逆にリアル観戦は密を避けながらよりハイエンドな観戦体験ができる場所にシフトしていく可能性があります。そしてフィットネスを目的としたヘルスケアスポーツに目を向けると、先ほど申し上げたようなコネクテッド&ソーシャルのキーワードのもと、家にいながら世界中の人々と繋がりながら運動を楽しむスタイルがもっと一般的になっていくでしょうし、スマートウォッチなどのウェアラブルディバイスに関しても、データを取って、可視化をして、というレベルから、じゃあユーザーはどういう風に生活習慣を改善したら良いのかといった具体的なヘルスケアアドバイスや、あるいは『こういうサプリが適しているよ』などといったマーチャンダイズにも繋がるレコメンデーションを得られる段階まで踏み込んだサービスがどんどん生まれていくのではないでしょうか」

ちなみに、ホームフィットネスに関しては、日本特有の懸念点を逆手に取ったこんなユニークなアイデアもあるそうだ。

「まだまだ構想段階ではありますが、日本の一般的な住宅規格ではデバイスを置くスペースに限りがあるという課題を乗り越えるためのイノベーションとして、例えばジムのような規模まではいかずともコンビニの2階などにそういったコネクテッドデバイス専用のスペースを設置していくアイデアなども面白いなと感じています」

今後は、アメリカやヨーロッパから、私たちの暮らしのクオリティアップに直接繋がるような新しいテクノロジーが日本のスポーツマーケットにどんどん導入されていく見込みだという。

「その中で、私たちは世界中の選りすぐりのスタートアップから優れたデジタルコンテンツをピックアップして国内のスポーツシーンに普及させつつ、そこから日本独自のアップデートを施してそれを今度は海外に輸出するなど、スポーツと最新のテクノロジーで世界を繋ぐプラットフォームのような役割を果たしていけたらと。スポーツ×テクノロジーには無限の可能性がありますし、それによってこの先の私たちのスポーツライフはより充実したものになっていくはずです」

デジタルテクノロジーの進化がスポーツを起点として世界中の人々に新たな繋がりとライフスタイルの充実をもたらし、ひいてはビジネスマーケットのさらなる拡大を促す。スポーツ界のニューノーマル化は、私たちの想像をはるかに凌駕するスピードで着々と新境地へと進んでいる。

PROFILE 黒田 健介(くろだ けんすけ)
サンフランシスコと東京を拠点にベンチャー企業への投資活動を行うScrum Venturesのシニアアソシエイト。主に日本国内のスタートアップへの投資を担当。また、同社が電通と共同で運営する「SPORTS TECH TOKYO」や、国内大企業8社と共催する「SmartCityX」等、複数のオープンイノベーションプログラムの運営責任者も務める。 それ以前は、PwCコンサルティング | Strategy&にて、消費財やIT、ヘルスケアといった国内外の顧客企業に対して経営戦略・事業戦略の策定を支援。東京大学法学部卒。

text by Kai Tokuhara(Parasapo Lab)
photo by Takeshi Sasaki, Sports Tech Tokyo,shutterstock