実在する人間をモデルにしたCGキャラクターやロボットなど、バーチャルに作りだされた存在が、社会に浸透し始めています。架空のキャラクターを自分の化身(アバター)として使い、インターネットやゲームの世界で活動する人もいます。

そのような世界で、もし自分自身をもとに作られたCGキャラクターが、根拠のない悪口を言われるなどの“いじめ”を受けたら、あなたはどう感じますか? 架空のキャラクターに対しても人間と同様、人格権のような権利を認めるべき、という議論があるかもしれません。

2020年9月26日(土)に開催したオンラインイベント「バーチャルなキャラに『権利』は必要?」では、登壇者、そして視聴者の皆さんとともに、バーチャルなキャラと共存する未来における「権利」について一緒に語り合いました。

今回お招きしたのは、未来館の研究エリアに入居する「対話知能学」プロジェクトの3人の研究者です。対話知能学プロジェクトとは、バーチャルな存在を含めた機械と人間が共生する未来社会を目指して研究を進めるプロジェクトです。代表研究者であり、ロボット工学研究者の石黒浩先生(大阪大学大学院教授)、ロボット法を専門とする法学者の新保史生先生(慶應義塾大学教授)、キャラクター法やコンテンツ法を専門とする法学者の原田伸一朗先生(静岡大学准教授)にご登壇いただきました。

石黒先生、新保先生は、7月に開催した初回のイベントにもお越しいただいています。このイベントの様子はブログとYouTubeで公開していますので、そちらもぜひご覧ください!

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20201016post-377.html

キャラクターの権利とは? どんなキャラクターがある?

まず原田先生より、そもそもバーチャルなキャラクターとして現在どのようなものが存在するかをご紹介いただきました。

原田先生は、キャラクターを「実在の人間のようにリアルか否か」「中の人がいるか否か」という視点から、①デジタルダブル、②バーチャルヒューマン、③キャラクターアバター、④バーチャルキャラクターの4種類に分類して考えています。

①のデジタルダブルは、実在する人間をもとに作られたCGキャラクターなどのことを指します。見た目や動きなど、モデルの人間そっくりに作成されたキャラクターです(AI美空ひばりなど)。

②のバーチャルヒューマンは、モデルとなる人間は実在しませんが、画面越しには非常にリアルな人間のように見えるCGキャラクターです(CG女子高生のSayaなど)。

③のキャラクターアバターは、例えばVTuberや、ゲームのアバターなど、いわゆる「中の人」と呼ばれる人間が操作するキャラクターです。

④のバーチャルキャラクターは、初音ミクやアニメキャラクターなどが該当し、中の人は存在しません(声優さんが声を吹き込んでいますが、声優さんとキャラクターの個性は必ずしもリンクしません)。

キャラクターの分類(原田先生による)

石黒先生が開発したいくつかのアンドロイドもこの分類に当てはまると原田先生はおっしゃいます。例えば、石黒先生そっくりの「Geminoid(ジェミノイド)」は①のデジタルダブルに相当し、実在の人間のモデルが存在しない「ERICA」は、②のバーチャルヒューマンに相当するとのことです。

GeminoidとERICA(提供:石黒先生)
左:(上から)石黒先生とGeminoid、右:ERICA

バーチャルなキャラは「モノ」?人間以外の存在は「モノ」?

原田先生に、この場で議論する「キャラクター」についての情報を整理して提供していただいた上で、いよいよバーチャルなキャラの権利について、みんなで考え始めました。

デジタルデータや機械からなるバーチャルキャラは、人間ではないという意味で、いわば「モノ」です。しかし、あたかも人間や生きもののように感じられるバーチャルキャラを、画一的に「モノ」ととらえられるのでしょうか?

石黒先生は「そもそもモノと人間の区別はクリアなのか?」という、バーチャルなキャラの権利を考える上で避けては通れない問題提起をされました。つまり、モノと人間の区別が明確でないなら、バーチャルなキャラという“モノ”にも人間のような権利があってもおかしくない、と言えるのかもしれません。

一つ例を出しましょう。このブログをご覧のみなさんの中には、犬や猫などの動物を飼っている方もいらっしゃるでしょう。そんな皆さんにとって、動物は「モノ」でしょうか?

実は、法的には人間以外の動物は「モノ」として扱われるそうです。新保先生が紹介してくださったのは、実在する競走馬の名前を無断で使用したとして、競馬のゲームを製作したゲーム開発企業を馬主が訴えた事例でしたが、判決では、馬は「モノ」として扱われ、人格権の侵害にはあたらないとされました。

とはいえこれに対して、「もし飼っていた犬や猫を殺されたら、単に『モノを壊された』で済むのか? 大切な存在が殺されたのだから、飼い主の心的負担についての賠償責任は発生するのでは?」と石黒先生。人であれモノであれ、大切な存在を傷つけられたときの「精神的苦痛」についての議論が重要だと強調されました。原田先生はこれに同意しつつも、「精神的苦痛は本人の感じ方によるところが大きく、他の人から見るとたいしたことない、と思われてしまう可能性がある」と、取り扱いの難しさを指摘されます。

考えてみればこの議論は、なにも動物だけに当てはまるものではありません。長年愛用したペンや、相棒のように親しいロボットについても当てはまるでしょう。自分にとって大切な存在が傷つけられたときにどう感じるかは、それこそ個人の感覚次第ですが、モノだからかまわないと簡単に結論づけることはできないのではないでしょうか。

人間とモノが互いに似るときには、どんな権利が侵害されうる?

議論は、人間とモノが互いに似てしまったときの権利の問題へと発展します。

現在の法律では、実在する人間に「意図的に」似せたモノを無断で作った場合には、肖像権の侵害に当たる可能性があります。

それでは、現在の法律の範疇を超えるような、次のような場合はどうでしょうか?

まず、人間とモノが「意図せず」互いに似てしまう場合を考えてみましょう。例えば、石黒先生の作製されたアンドロイドの一つであるERICAは、作製した時点では実在の人間をモデルにしていないため、人間にとっての権利である肖像権を考える必要はありません。しかし、ERICAが「意図せず偶然誰かに似てしまった」場合や、「アンドロイドを作った後で、似ている人間が誕生した」場合には、肖像権などの権利はどう扱えばいいのか? そんな疑問を石黒先生は投げかけられました。これに対して、「意図せず似てしまっただけでは権利の侵害にはならない」というのが原田先生の回答です。

それでは、人間がアンドロイドを真似て整形し、アンドロイドになりすましたらどうなるのでしょうか? つまり、人間が「意図的に」モノに似せることによって、モノに「なりすます」場合です。もしも、とても有名で人気のあるアンドロイドになりすまして利益を得たら、それはアンドロイドの権利を侵害することにならないのか、と石黒先生。原田先生は、「意図的に“なりすまし”をすれば権利侵害に問われる可能性がある」としながらも、これまでに想定されていないケースということもあり、非常に面白い問題設定だ、と興味を示されました。

人権が与えられるのはどんな存在?

さて、ここまで「モノ」と「人間」の区別をめぐって議論してきましたが、未来の法律ではどんな存在に「人権」が与えられるのでしょうか? 人権は、本当に人間だけに与えられる権利なのでしょうか? モノか人間か、ではなく、社会にとってどのような存在か、という視点が重要なのかもしれません。

前回のイベントと同様、新保先生は「ロボットに人権を認めることは今後もないだろう」とのご意見です。それに対して石黒先生は「そもそも ”人間とは何か” ということも定義されていないのに、納得できない」と反論されました。

それでは、いったい人権は何をもって与えられるのでしょうか?

お話の中では、バーチャルなキャラクターとの結婚についても議論になったのですが、その際に視聴者の方から「キャラクター側には結婚を断る権利がない」とのコメントが寄せられました。このコメントを拝見した際、私はふとこんな疑問をもちました。キャラクターが結婚を断る能力を持っていたら、すなわち自分で何かをする能力をもった存在だとしたら、そのキャラクターには人権が与えられるのではないか?これについて原田先生にお聞きしたところ、「確かに自分で決定して何かすることができることも権利が発生する根拠の一つだが、一方で赤ちゃんにも人権はある。必ずしも自己決定の能力だけではない。」とのお答えをいただきました。

一方、石黒先生は、人権の与えられ方、それに伴う法律のあり方について、「人間との関わり方をベースに人権が与えられるべきであり、それに応じて法律も変わっていくようにすることが重要なのでは?」とおっしゃいます。その上でさらに、「周囲の人とのかかわりがなく、孤立無援の状態であっても人権はある」ため、人間との関わり方という観点と、生まれながらにして人権が与えられているという観点をミックスして考えるべきではないか、とご意見を述べられました。

このような既存の法律論の枠を超えるような議論が展開される中で、新保先生はこんなことを指摘されました。「石黒先生が違和感を持っている部分について、実は現在の法律家は意識すらしていない。でもここにいるメンバーは全員、違和感を共有しているんですよね」。どうやら私たちはこれからの法律のあり方について、世の中の一歩先をいく議論を行っているようです。かなり先のように思えて、もしかしたら意外とすぐにやってくるかもしれない未来を想定し、議論が行われる土台が、この場ではできていると感じました。

未来の「人間」と「それ以外」の境界はどうなっている?

今回、バーチャルなキャラの権利を考えることを通して、「モノと人間の区別」についての議論に発展しました。

石黒先生もおっしゃったように、一時間ではとても議論し尽くせないほど、考えるべきことは山ほどあります。

いったい、人間とそれ以外を区別するのは何なのでしょうか? そもそも、なぜ人間とそれ以外を区別していたのでしょうか? そして、何をもって「人間」とするのでしょうか?

今回の議論を通して、皆さんの中にもいろいろな問いが浮かんだのではないでしょうか。かくいう私も、問いが湧きすぎて混乱しているくらいです。個人的に思うこととして、この問いに対する答えは、生涯更新され続けるものだろうと感じています。でも、そんな更新の過程はきっと必要で、何より「面白い」と思っています。

今回のブログでは「モノ」と「人間」の区別についての議論をピックアップしてご紹介したため、語りつくせなかったことがたくさんあります。ぜひこちらのアーカイブもご覧ください。

関連リンク

  • 「対話知能学」プロジェクト
  • 対話知能学プロジェクト×日本科学未来館 vol.1「知能ロボットと暮らす未来にはどんなルールが必要ですか?」
  • 科学コミュニケーターブログ「『知能ロボット』と暮らす未来にはどんなルールが必要? みんなで語り合いました」


Author
執筆: 三井 広大(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
幼いころから生物が大好きで、カブトムシやザリガニを捕まえて飼育していました。大学進学後は、生物が外界の情報を感じるしくみに興味を抱き、研究に没頭。そんな研究生活の中で、研究者が成果を一方的に発信するだけではなく、研究者と社会との相互コミュニケーションが重要であると感じ、未来館へ。