東武鉄道の浅草駅から日光・鬼怒川方面の特急列車は現在、おもに「スペーシア」(100系)と「リバティ」(500系)が活躍しているが、その2種類に加えて、土休日だけ走っている「きりふり」という特急列車もある。「スペーシア」「リバティ」よりも古い車両で運行される分、いまのうちに乗っておきたい列車だ。

  • 土休日限定で運行される350型の特急「きりふり」

東武日光駅発着の「SL大樹『ふたら』」を取材した日の帰り、筆者は350型の特急「きりふり」に乗車した。350型は13時52分、東武日光駅6番ホームに入線。前述の通り、特急「きりふり」はいまのところ土休日しか運行しておらず、中でも東武日光駅発着の列車は、浅草駅10時38分発「きりふり281号」(東武日光行)、東武日光駅14時0分発「きりふり284号」(浅草行)の1往復のみ。他に春日部駅9時16分発「きりふり82号」(浅草行)、浅草駅16時39分発「きりふり283号」(新栃木行)が運行されている。

■元「りょうもう」車両を改造、日光線などで活躍する350型

特急「きりふり」の使用車両350型は4両編成。かつて伊勢崎線方面の急行「りょうもう」で活躍した1800系を改造した車両となっている。列車名や種別・行先表示のLED化が進む中、350型はいまでも方向幕を使用しており、急行「ゆのさと」や「尾瀬夜行」「スノーパル」の表示幕も見ることができた。ホームには鉄道ファンらの姿も見られ、表示幕や外観など撮影している様子だった。

  • 東武日光駅の駅舎。三角形の屋根が特徴的

  • 「回送」の幕を掲げ、東武日光駅に停車中の350型

上り「きりふり284号」は14時ちょうどに東武日光駅を発車。直後の急カーブを抜けて、まずは下今市駅へ向かう。浅草方面から来た際は上り坂だったが、今度は下り坂となるため、速度が付きすぎてしまわないように、列車は弱めのブレーキをかけながら坂を下る。そのため、速度が体感的にゆっくりな気もするが、抵抗制御のモーターの音から、懸命に坂を下っていることがよくわかる。

下今市駅を発車し、JR日光線の205系と交差すると、左右に山々や木々が接近し、本格的に山を下る。東武日光駅から下今市駅までの区間と同じく、長く続く下り坂でスピードが出すぎないように、弱めのブレーキをかけながら走っていた。

楡木(にれぎ)駅通過直後まで、右手に低い山々が続き、ときおり線路周辺にも木々が接近する。350型は抵抗制御の車両のため、VVVFインバーター制御の車両より力強く、唸りのきいた音が聞こえる。その状態で山地を駆け下りるので、とくに国鉄時代の車両が好きな人の好みに合うかもしれない。

■リクライニングシートではないが特急料金は安い

特急「きりふり」に使用される350系の車内を見ると、座席は茶色いモケットの回転式クロスシート。その座り心地は、座面が沈み込むくらいにやわらかい。座席に備え付けられたテーブルは、背もたれの背面に収納され、取っ手を引っ張れば出てくる。窓下にもテーブルが収納されており、足もとにフットレストが用意されている。窓下のテーブルは座席を回転させた際、前後の4人で共有して使用できる。

ただし、東武鉄道の他の特急車両との違いとして、350型の座席はリクライニングシートではないため、背もたれを倒してくつろぐことができない。また、飲み物の自動販売機は設置されているものの、車内販売は行われていないため、「きりふり」に乗車する際、事前に駅売店で購入しておくことをおすすめする。

その分、特急料金は「スペーシア」「リバティ」より安い。浅草~東武日光間の特急料金は、「スペーシア」「リバティ」の1,470円に対し、「きりふり」は1,050円で済む。特急料金を払えば確実に座れる点において、この値段の安さはありがたい。なお、他の特急列車とは異なり、「きりふり」では停車駅などのアナウンスを自動音声ではなく、車掌による肉声で行っている。

筆者は今回、3号車に乗車した。観光帰りと思われる乗客も見かけたが、先ほど東武日光駅で撮影し、そのまま乗車したと思われる鉄道ファンらも数多く見かけた。4両編成という短い編成もあり、下今市駅を発車した時点で3号車の座席は半数ほど埋まった。

■秋の田園地帯から都心へ、懐かしく力強い走り

新鹿沼駅を過ぎると勾配がだいぶ落ち着き、平坦な区間になる。下り坂を下るために、弱めのブレーキをかけ続けていた「きりふり」も、平野部に入ってからは高速走行に。「スペーシア」とは異なり、「きりふり」は新栃木駅にも停車。新栃木駅で東武宇都宮線と合流した後、高架に上がり、栃木駅にも続けて停車する。

栃木駅を発車し、住宅地を離れると、黄金色に色づいた稲穂の風景が車窓の左右に広がってくる。懐かしい音と雰囲気の特急列車から見る、稲穂が揺れる車窓の眺めは旅情にあふれており、目で見とれ、耳で聞き入るほど魅力的だった。

  • 運行終了となった特急「しもつけ」も350型を使用していた

適度な揺れと音が心地良かったために、筆者は少し眠ってしまい、目が覚めたら幸手駅を通過したところだった。この後は東武動物公園駅で伊勢崎線と合流し、春日部駅に到着。車内の乗客が少しずつ降りていく。

春日部駅以南は住宅が多数立地する住宅街の様相になり、北越谷駅からの複々線区間では、「きりふり」は急行線を走行。東武鉄道をはじめ、相互直通運転を行う各社の新型車両とも多数すれ違うが、「きりふり」の350型もそれらに負けず劣らずのスピードで快走する。

JR常磐線と接続する北千住駅でも数人が下車。半数の座席が埋まっていた3号車もだんだん乗客が減り、終点に近づいているのが名残惜しい。最後は東京の下町を縫って走り、隅田川を渡って急カーブのホームに入線。「きりふり284号」は16時6分、終点の浅草駅に到着した。乗客全員が降りた後、350型は回送列車となり、すぐに引き上げて行った。

  • 東武日光駅から約2時間。浅草駅まで戻ってきた

350型の特急「きりふり」は、「スペーシア」「リバティ」と比べて乗車できる機会は少ないものの、安い特急料金で利用できる点はメリットだと感じた。加えて、350型には車体の形状や内装の雰囲気など、随所に改造元である1800系の要素が残っており、他の特急車両にはない魅力となっているように感じられた。引退も噂されるだけに、タイミングが合えばいまのうちに乗ってみてほしい車両でもある。