大阪府立大学と室蘭工業大学は10月19日、ミウラ折りを発展させた2次元展開板構造物の展開・形状計測と、アマチュア無線帯(VHF)での高速通信技術の軌道上での有用性を実証するために、超小型衛星「ひろがり」を共同開発し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)への引き渡しが完了したことを発表した。今後は、2021年上期に米国NASAワロップス飛行施設から国際宇宙ステーション(ISS)へ打ち上げられる予定だ。そしてISSから宇宙空間へ放出され、実証実験が行われる。

同成果は、学生を含めた大阪府立大小型宇宙機システム研究センター(SSSRC)と室蘭工大航空宇宙機システム研究センターの共同研究チームによるもの。また、IMV、中金、日本フューテック、A.S.P システム、西無線研究所、ニッシン、アストレックス、Quadceptが協力企業として参加した。

「ひろがり」は別名「OPTSAT-II」といい、SSSRCが開発した「OPUSAT-KIT」バスシステムを利用して開発された、2U(10cm×10cm×20cm)サイズのCubeSat(小型衛星)だ。同バスシステムは、軌道上での動作確認済みの実績のある小型衛星「OPUSAT」(愛称「CosMoz」)の設計を基に開発されたものである。「CosMoz」は2014年2月にJAXAによって打ち上げられた全球降雨観測計画(GPM)主衛星の相乗り小型副衛星として打ち上げられて軌道上で稼働して運用され、同年7月に大気圏に再突入して運用を終了している。

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    超小型衛星「ひろがり」の外観(未展開時) (出所:大阪府立大学 小型宇宙機システム研究センター「HIROGARI project」Webサイト)

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    「ひろがり」の外観(展開時)。「ミウラ折り」を応用した2次元展開板構造を展開させたところ (出所:大阪府立大学 小型宇宙機システム研究センター「HIROGARI project」Webサイト)

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    「OPUSAT-KIT」バスシステム。KITバスシステムは全高7cmを占め、残りの13cmに構造物の収納・展開システムや計測システムが収納される (出所:大阪府立大学 小型宇宙機システム研究センター「HIROGARI project」Webサイト)

また「OPUSAT」は、宇宙開発協同組合SOHLAの小型衛星「まいど1号」(2009年打ち上げ)や、学生のものづくりのための缶サイズの模擬人工衛星「CANSAT」などで得られた技術も投入して作られた衛星だ。つまり、OPUSAT-KITを利用する「ひろがり」は日本の民間の衛星開発におけるひとつの技術の流れを受け継いだ小型衛星というわけである。

「ひろがり」は今回、ふたつのミッションを与えられて宇宙へ向かう。そのひとつである「ミウラ折り板構造の展開・形状計測」とは、太陽電池パネルやパラボラアンテナなど、近年の人工衛星や探査機に求められる大面積構造物をロケットに搭載させる必要性に対するものだ。

人工衛星や探査機は、ロケットで宇宙空間まで輸送する際は高い収納性、つまりロケット先端のフェアリング内に収まるコンパクトさが求められる一方、性能面から宇宙空間では太陽電池パネルやパラボラアンテナなどの面積は広い方が望ましい。その相反する要求を解決するため、世界的に研究されているのが、日本の折り紙から誕生した、コンパクトな2次元収納・展開方法のひとつ「ミウラ折り」である。

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    ミウラ折りを発展させた2次元展開板構造の展開の様子 (出所:大阪府立大学 小型宇宙機システム研究センター「HIROGARI project」Webサイト)

ミウラ折りは、折り畳んだ構造物を対角方向に引くと全体が縦横に同期展開できるという利点を有する。ただし、折り紙であればほぼ厚みを無視できるが、太陽電池パネルやパラボラアンテナではそうはいかない。そこで、ミウラ折りの技術を厚みの無視できない実在の平板に応用したのが2次元展開板構造だ。共同研究チームはすでに折り線部分の定式化に成功しており、「ひろがり」を用いて展開構造の収納・展開性能の実証が行われる。

また、無重力・真空・急激な温度変化・放射線などの厳しい宇宙環境下において、大面積構造物の形状が要求を満たしているかどうかを計測する必要もある。それに対しては、2次元格子を利用した光学的な表面形状計測手法が用いられる予定だ。

同計測手法は、非接触に物体表面の3次元形状を得られることが特徴だ。計測時間が短く、機器構成が簡単、かつ高精度に計測できるという優れたメリットを複数持つ。対象物の表面に貼り付けるか、もしくは直接描画した2次元格子模様を2台のカメラで撮影し、格子模様のゆがみ方を解析することにより対象物表面の3次元形状が計算できるという仕組みだ。

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    計測は、「ひろがり」の側面に2台のカメラを展開し、展開させた2次元展開板構造の裏面の2次元格子を撮影し、物体表面の3次元形状を得る (出所:大阪府立大学 小型宇宙機システム研究センター「HIROGARI project」Webサイト)

ちなみにこうした「ひろがり」の開発には、学生も参加している。その筐体加工は、大阪府立大生産技術センターにてアルミニウムブロックからの精密加工によって行われたが、ものづくり教育の一環として学生も参加して筐体は開発さた。

そして「ひろがり」のふたつ目のミッションが、アマチュア無線の幅を拡げることを狙いとしたアマチュア無線帯での高速データ通信の実証だ。これまで打ち上げられてきた多くのアマチュア無線衛星はUHF、VHFで、転送速度が1200bps、9600bpsの通信速度を利用していた。「ひろがり」では、より高速な13600bps(変調方式:GMSK)、19200bps(変調方式:4FSK)を採用。これらの有用性の実証を行う。

また、従来のアマチュア無線衛星では主にプロトコルとして「Ax.25」が用いられてきた。Ax.25は、パケットロスが生じた際に地球局からの再送要求が必要となり、それが衛星運用のコスト増大の要因となっていた。この大きな課題を解決するため、「ひろがり」では誤り訂正能力を持つ「リードソロモン符号化・畳み込み処理」を用いたプロトコルが採用され、このプロトコルの優位性を評価する通信実験も行われる。

今回の軌道上での実験で、高速かつ新たなプロトコルを用いた通信技術の優位性が示されれば、アマチュア無線帯を用いる衛星で、より高効率な通信が実現する。それにより、アマチュア無線のミッション幅を拡げることができるとしている。

さらに、アマチュア無線での交流を拡げるため、「ひろがり」を用いたメッセージボックスサービス(掲示板)の提供も行う。これはアマチュア無線家であれば「ひろがり」と通信できるというもので、同衛星に向けてメッセージを含めたデータを送信すると、同衛星がそのメッセージを保持するというものだ。メッセージを読みたい場合は、「ひろがり」にコマンドを送信することによってダウンリンクすることができる。

アップリンクは、変調方式がAFSK/FM、転送速度が1200bps、そしてAx.25プロトコルで行う。ダウンリンクテレメトリはコマンドによってAFSK/FM・1200bps、GMSK/FM・9600bps、GMSK/FM・13600bps、4FSK/FM・19200bpsの4種類の変調方式・転送速度の組み合わせから指定でき、プロトコルはAx.25プロトコル、畳み込み・リードソロモン符号を用いたプロトコル、リードソロモン符号のみを用いたプロトコルの3種類から指定することが可能だ。アマチュア無線家が受信設備を簡単に構築できるように、SDRを用いた受信設備構成、ソフトウェアをインターネット上に公開するとしている。なお、「ひろがり」の衛星局コールサインは「JL3ZKS」だ。

これに加え、アマチュア無線家以外の一般からのメッセージ募集も実施。アマチュア無線家でなくても「ひろがり」を使った通信を行える機会を提供する予定で、世界中にメッセージを発信したいという方を募集する予定だ。募集したメッセージの中から選出したメッセージを共同研究チームがアップリンクして世界に発信する計画である。そして、そのメッセージを受信したアマチュア無線家からコメントを受け、インターネット上で公開するとしている。こうした仕組みでアマチュア無線に興味を持ってくれる人とアマチュア無線家のつながりを作り、アマチュア無線に親しみを持ってもらおうという。

現在の開発状況は、2020年8月にフライトモデルの受入試験が完了し、打ち上げ、運用に向けて、地球局整備、アマチュア無線ミッション向け一般公開ソフトの開発が進められている。打ち上げ後の運用に向けた演習も進めていくとしている。そして10月16日には各種審査を終えて、JAXAへの引き渡しが完了した。無事衛星軌道に投入されることを祈ろう。

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    10月16日にJAXA筑波宇宙センターにてフライトモデルの引き渡しが完了した (出所:大阪府立大学 小型宇宙機システム研究センター「HIROGARI project」Webサイト)