東京2020パラリンピックの自転車競技会場がある静岡県。東京2020大会開催をチャンスと捉え、パラスポーツ普及のための施策に力を入れているホストタウンなどの地域はあまたあるが、とりわけ静岡県のグラスルーツ(草の根)活動は目覚ましい。ここでは、県とそのゆかりのパラリンピアンも奔走する取り組みの一部を紹介する。

板バネで走る喜び

草薙総合運動公園のこのはなアリーナを事故や病気で足を失った少年らが駆け回った。9月22日、静岡県と静岡県障害者スポーツ協会が開催したブレードランニングクリニックで、10人の義足ユーザーがスポーツ用義足を着けて走り方の基礎を学び、トップアスリートと交流した。

この日は、東京2020パラリンピックで活躍が期待される山本篤(静岡県掛川市出身)をはじめ4人の義足アスリートが参加。新型コロナウイルス感染拡大の影響で東京パラリンピックは延期になり、参加者にメダルを披露する凱旋イベントとはならなかった。それでも初めてスポーツ用義足を着け、夢中になってアリーナを駆け抜けた参加者の笑顔がイベントの成功を表していていた。

高木翔梧くん(左)らに義足の使い方を伝授した佐藤圭太(中央)

「日常用の義足にはないハネる感覚は、すごく楽しいはず。とくに子どもは義足を使いこなせるようになるスピードも速いので、自分で義足を付け替えられるようにして走りたいときにいつでも走れるようにするのが一番いいんです」
自ら工具を持ち、義足の付け替えをサポートした山本は、義足ユーザーはもちろんのこと、付き添いの保護者にもその重要性を伝えていた。

当日の模様はインターネットでライブ配信され、オリンピアンの為末大氏を進行役にトークショーも行われた。

遠藤氏やオリンピアンの為末氏ら豪華講師陣が参加したトークショー

イベントに企画段階から関わったリオパラリンピックの4×100mリレーメダリストの佐藤圭太(同藤枝市出身)は、クリニック終了後もスポーツ用義足を外さずにアリーナを駆け回る少年たちを嬉しそうに見つめたあと、力を込めてこう語る。
「各地でメーカー主催のスポーツ用義足体験会は行われているが、自治体が主催したという例は今回が初めてではないかと思う。これを第一歩として自治体のサポートが広がっていき、スポーツ用義足の助成や保険適用が検討されるようになるといいですよね」

イベントの目的は、未来のパラリンピアンの発掘だけではない。それよりも、まず誰もが走る喜びを感じられることを義足ユーザーに知ってもらう目的だった。下田市の小学校に通う5年生の高木翔梧くんは3年生のときに骨肉腫で右足を切断。以来、スポーツを行うことはなかったというが、「(スポーツ用義足は)普段の義足よりも走りやすかった。運動会で走ってみたい」と意欲的に語った。

義肢装具士の顔も持つリオパラリンピック銀メダルの山本篤

誰もが走り出せる社会へ

焼津市の小学生・山下芽李さんは、片足の足首から先端までの義足を使用する。そのため、板バネ(※1)を着けて走るためには、断端と競技用義足をつなげる新たなソケットを製作する必要があった。結果的に今回のクリニックで板バネを装着することができなかったが、義足の調整を担当したエンジニアの遠藤謙氏は「(下腿義足や大腿義足以外でも)必ず走れるようにしなければならない。緊急課題だと思っている」と悔しそうな表情だ。

※1 板バネ:地面を蹴るときの反発力を推進力に変えることに優れているスポーツ用義足の足部

パラアスリートらとともにアリーナを走る山下芽李さん(手前)

それでも、普段からバレーボールに打ち込んでいるという芽李さんに「なにか希望を感じてもらえたら」と話していたのは芽李さんの母だ。「義足の付け替えをするなんてこれまで考えもしなかったこと。都市圏ではなく、静岡でこういったイベントを開催してくれたから気軽に参加できたし、山本選手のように有名なパラリンピック選手にも出会えて感謝です」

また、これまでサポートを必要とする義足ユーザーにイベントの情報が届かない課題があったが、主催者は市町の教育委員会と連携し、彼らのようなターゲットとなるユーザーの参加を実現させた。

かねてより教育課程にスポーツ用義足を導入するよう訴えている山本は、この日の成果をアピールしてよりよいシステムづくりの推進力にしたいと考える。
「いろんな人がイベントへの参加を通じてチャレンジをしてくれたのはすごく大きなこと。参加した小学生が運動会で走りたいと言ってくれたし、皆と一緒に走ることができれば成長する上で大切なことを得られるはず」と熱っぽく語った。

後日談がある。板バネの開発を行っている遠藤氏は、山本の要望に応える形で高木くんに義足を貸し出すと、走りのテクニックを山本がリモートで伝授。イベントからわずか4日後に高木くんは転倒しながらも運動会で80m走を完走した。もちろん、これは本人の強いモチベーションが成し遂げた結果だが、その裏には可能性に満ちた義足ユーザーに走ることをあきらめてもらいたくないと願う関係者らの強い信念があった。

ブレードランニングクリニックではハンドバイクやタンデムの体験会も実施

切断者が走り始めるには、少なくとも高価な板バネが手に入る環境と、対応してくれる義肢装具士、そして走り方を教える人が必要になる。県スポーツ局は、来年もスポーツ用義足で走るイベントを開催するつもりだ。

様々な静岡県内での取り組み

東京パラリンピックを盛り上げるための施策は、義足の体験会だけではない。2016年のリオパラリンピックに出場した静岡県在住・出身の選手12人が東京パラリンピックに向けた「障害者スポーツ応援隊」に任命され、県内の中学・高校で講演を行うほか、県内の約半数にあたる19の特別支援学校をこれまでに回り、障がいのある当事者とも積極的に交流してきた。

静岡南部特別支援学校で「夢は叶えるもの」をテーマに講演した佐藤友祈

また、県が“スポーツ王国しずおか”を掲げてスポーツの施策を推し進める中で、競技性の高いパラリンピックのトップ選手にも支援を行っている。出身・在住者で構成される指定強化選手は、陸上競技の佐藤友祈(同県藤枝市出身)や自転車の杉浦佳子(同県掛川市出身)、車いすバスケットボールの藤本怜央(同県島田市出身)などタレント揃い。アスリートとして支援される一方で、オリンピック選手同様の好成績が求められているのだ。

そして、富士スピードウェイと伊豆ベロドロームが東京パラリンピックの会場となる自転車競技の普及にも力を入れる。2019年に全国初となるタンデムの県大会を開催し、視覚障がいのある学生らが競輪場で力走した。2021年にも自転車のイベントが予定されている。

富士スピードウェイで走る杉浦佳子も静岡県出身

トップアスリートを支援する一方で、誰もが気軽に参加できる静岡県障害者スポーツ大会「わかふじスポーツ大会」は開催21回目を数え、障がい者がスポーツを始めるきっかけ作りとして、裾野を支えている。

様々な取り組みを実施しているパラスポーツ先進県は、パラリンピック本番を盛り上げ、県内のあらゆる障がい者スポーツの熱を一層高めていくことだろう。

text by Asuka Senaga
photo by X-1