住宅やビルなどを建設する際、工事期間中に現場外周に設置される「仮囲い」。この金属の防護板をミュージアムにしてしまったのが、「異彩を、放て。」をミッションに掲げる注目のユニット「ヘラルボニー」だ。無機質で殺風景だった建設現場を、街ゆく人が思わず足をとめたくなるスポットに変貌させる新たな試み「全日本仮囲いアートミュージアム」について、同社の泉雄太本部長に話を伺った。

いつでも誰でも楽しめる、街のソーシャル美術館

「世の中に新しい創造などない。あるのはただ発見である」。これは、19世紀から20世紀にかけて活躍した、スペインを代表する建築家アントニ・ガウディの言葉だ。
世界遺産にもなったサグラダ・ファミリアを設計したこの偉人の言葉を体現するかのようにして生まれたのが、今回ご紹介する「全日本仮囲いアートミュージアム」。
建設現場などの「仮囲い」といえば、通常は真っ白か、建設会社の名前やロゴが描かれている。そんな、街のありふれた風景の一部だった仮囲いに絵画作品をプリントし、新発見ができる「ミュージアム」と捉え直してみようというのがこのプロジェクト。

「私たちの会社の副代表が、以前大手ゼネコンにいたことがあって、その時から仮囲いを有効活用できないかと思っていたそうなんです」と泉氏。

建設現場というと騒音や粉塵問題なと、場合によってはネガティブなイメージを抱いてしまうこともある。そんな建設現場を、仮囲いにアート作品を飾ることによって、人の目を引くスポットにし、殺風景だった街に彩りをもたらそうというわけだ。このプロジェクトは、特別な場所を用意する必要がないうえに、見るのにお金を払う必要も、誰かに許可を取る必要もない。誰でも好きなときに好きなように鑑賞することができるのも魅力のひとつになっている。

一見、意味がないと思えるものに光を…

同社代表の松田崇弥氏(左)と、副代表松田文登氏(右)

このプロジェクトを運営している「ヘラルボニー」は、自らを「福祉実験ユニット」と呼ぶ企業。福祉を軸にさまざまな企画を立て、オリジナルのプロジェクトや商品を世に送り出しているのだが、そのどれもが今までにない斬新なアイデアで、しかもオシャレだと話題となっている。仮囲いのアートミュージアムで使用される絵を描いているのも、同社が契約している全国の福祉施設所属の知的障がいのあるアーティストなのだ。

代表松田崇弥氏と副代表の松田文登氏は双子の兄弟だが、彼らには4歳年上の兄がいて、自閉症という先天性の障がいがある。三人は小さい頃から泣いたり、笑ったり、時には怒ったりして、毎日を一緒に過ごしてきた当たり前の兄弟だった。しかし、周囲の人たちは兄を「可哀そう」と言った。双子の兄弟は「どうして可哀そうなんだろう?」と違和感をおぼえるようになる。そこで「障がい」を可哀そうなものではなく、個人の「特性」としてとらえ、障がいという言葉のイメージを変えたいと、同社を立ち上げた。ちなみに社名の「ヘラルボニー」は、彼らの兄が7歳の頃に自由帳に記した言葉。いくら調べてもそんな言葉は見つからなかったが「一見意味がないと思われるものを、企画して世の中に価値として創出したい」という思いを込めて社名にしたそうだ。

社会にある不条理なバイアスをなくすには?

全日本仮囲いアートミュージアム本部長の泉雄太氏

「僕はこの会社に入るまでは福祉施設に行ったことがなかったですし、アートに特化した福祉施設があることも知りませんでした。でも、実際に施設に行ってみたら、みんなそれぞれに個性があって楽しいですし、作品も魅力的で面白いんです」と泉さんは、福祉施設を訪れたときの印象を楽しそうに語る。そんな自身の体験を通して感じたことは「これは障がい者が描いた絵なので見てください」と先に言われて見るのと、誰が描いたかわらからい状態で絵を見るのでは、そのインパクトが違うということだそう。

「美術館やギャラリーに飾られた絵は見ようと思ってその場所を訪れた人しか見ることができません。意識しなければ出会えないんですよね。その点仮囲いのアートミュージアムは、街中を歩いている人なら誰にでも出会うチャンスがあります。その絵が気になった人が自分で調べたり、あるいは絵のそばに貼ってある企画主旨の説明を読んだりして、『これって障がいのある人が描いたんだ』と驚く。先に絵ありきなんです。福祉だからとか、可哀そうだからというんじゃなくて、アートの世界から入った方が、障がいのある人への理解は深まるんじゃないかと思うんです」

と、泉氏はこのプロジェクトについて、社会の人々が、障がいのある人たちそれぞれの持つ個性や特性に気づき、「可哀そう」といったバイアスをなくすきっかけになるといいと語る。

おしゃれ感度が高い人たちにも注目されるクオリティ

同社では、仮囲いを活用したアートミュージアム以外に、ネクタイやスカーフといったアパレルグッズを企画、製造、販売している。これらの絵柄を描いているのも福祉施設に所属するアーティストだ。

「私たちの手掛けるアイテムは福祉のグッズではなくて、いちファッションブランドとして認知していただけるようにブランディングしていこうと思っています。将来的には、みんなのライフスタイルの中に自然に入り込める存在になれたらいいですね」と泉さん。

実際、同社が展開する企画やグッズは、おしゃれに関心の高い人たちの間でも注目を浴びている。仮囲いのアートミュージアムでも、福祉施設に所属するアーティストが描いたアート作品の中から、泉さんたちが選んだ作品をアーカイブ化。その中からクライアントが好きなものを選んで、再剥離可能なシートに印刷したものを仮囲いに貼る。現在、アーカイブ化された作品の数は約1000点にものぼるという。
「契約している施設は全国にまだ14か所しかないのですが、日本全国の建設現場を、その地域の福祉施設に所属するアーティストが描いたアート作品でいっぱいにできるといいなと思います」(泉氏)

仮囲いのソーシャル美術館がもたらす多くのメリット

ここで得られた収益はアーティストたちに還元され、障がいのある人たちのメリットになるが、それはミュージアムを設置した企業側にもある。

「建設現場のイメージをよくすることは、建設会社や施主のイメージアップにもつながります。その他に、最近多くの企業が取り組んでいるSDGs(※1)にも、このミュージアムは貢献できると思います。建設会社や工事の施主ができるSDGsの取り組みで一般的なのは、建築で出る廃棄物を減らすとか再利用するといったことです。さらに仮囲いのアートミュージアムを取り入れることで、『貧困をなくそう』とか『働きがいも経済成長も』といったSDGsの他の目標に貢献することもできます。あと地域限定になりますが、私たちの会社のある岩手県には公共工事を行う際に、工事の工程管理や安全性の確保など、さまざまな項目ごとに点数をつけて、総合点数をつけるという制度があります。我々の活動に賛同してくれた県議員の方の働きかけで、岩手県ではこのミュージアムが評価の加点対象になりました。こうした動きが全国にも広まるといいですよね」(泉氏)

仮囲いを活用したアートミュージアムは、街を明るくしたり、見た人たちの会話のきっかけになったり、企業がSDGsに取り組むきっかけになったり、さらには障がいのある方たちのことを知るきっかけになったりと、いろいろな可能性を秘めているようだ。

※1 SDGsとは、2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標で、17のゴール・169のターゲットから構成されている(外務省HPより)。

ヘラルボニーがミッションに掲げる「異彩を、放て。」という言葉には、「知的障がい者」とひとくくりにされがちな人たちにも、無数の個性があり、その豊かな感性や繊細な手先、大胆な発想、研ぎ澄まされた集中力といった可能性があることを表わしている。福祉に対するバイアスを外し、その可能性に気づいたからこそ、同社は今までになかった新たな価値を生み出し、世の中から注目されているのではないだろうか。泉さんは「福祉施設は手続きを踏めば基本的には誰でも見学できるので、まずは遊びに行って欲しいです。僕もそうでしたが、想像以上に楽しいんですよ」と言う。知らない世界の扉を開けることで、まだ見ぬ可能性が広がるかもしれない。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by HERALBONY