かつて憧れていたポルシェ 928を自分のものに│『ポルシェ911 –フォーエバーヤング』

『ポルシェ911 –フォーエバーヤング』の著者であり、ジャーナリスト、クラシックカーイベントの主催者でもあるトビアス・アイシェルが、この928 S4を見たとき、"前にも見たことがある"というデジャヴが起きたという。

時は1987年。1960年生まれのアイシェルは、当時シュトゥットガルトを拠点とするMotor-Presseのジュニア・エディターであり、ポルシェの開発責任者であるヘルムート・ボットのインタビューを行う予定だった。インタビューは、ヴァイザッハの開発センターにある彼のオフィスで行われることになっていた。「その時、彼の社用車をはじめて見ました。珍しいカラーと独特のアンテナのために目立っていました」。その時彼は、この928 S4は特別な一台であることを知らなかった。テスト車両として使用され、出力が約350psの5.4リッターエンジンとプロトタイプ部品によってパワーアップされていた一台だ。

再会を果たした928

1992年、アイシェルは彼の著書『ポルシェ911–フォーエバーヤング」の執筆に着手した。この一冊はそれまでの911ヒストリーを網羅するものだった。ヘルムート・ボットは、1988年に63歳ですでに早期退職を迎えており、新たな目的を探していた。最初のインタビューから2人の交友関係は続き、アイシェルは定期的にブッテンハウゼンの小さな村(シュトゥットガルトの南約70km)にいるボットを訪れていた。

「彼の庭にはスイーパーロボットが絶えず動き回っていました。自分の家の敷地で長時間走っていました」とアイシェルは回想する。「彼はまた、彼のクルマのための小さな博物館を持っていました。こうして彼は心の安らぎを見つけたようでした」

アイシェルはボットに原稿を送っていたが、まったく見ている様子がなかった。「ボットさん、原稿を見ている時間がありませんでしたか?」と聞くと、「アイシェルさん、あなたはモデラー、デザイナー、エンジニアにインタビューしています。私は幹部の立場なので、修正を加えることはできません。しかし、いくつか鉛筆でマークをしています。より詳細をお伝えしたいところです」。結局、ボットはそれを原稿に追加しただけで、修正はしなかった。「彼のカリスマ性を改めて感じさせられました」とアイシェルは振り返る。

ボットは1994年に69歳で突然亡くなった。当時、アイシェルは1993年からニュース責任者としてポルシェで働いていて、当時は社用車として非常に需要があった928を運転していた。928への愛情が増えていき、1997年にはポルシェ・クラブ928を設立している。

1987年12月7日に登録されたこの928は、すでに5.4リッターエンジンを搭載していた。「私たちにとって、すべてのドライブはテストドライブでした」とボットの未亡人ドリスは回想する。1988年5月、車は再びプレス写真に登場した。当時は注文できなかったブリックレッドメタリック(811)で塗装されている。

クルマの販売と新規登録の準備をするために、プラスチックボンネットを標準のアルミニウムボンネットに交換し、4.5リッターエンジンに換装するなど、特定の変更が必要となった。他のすべてのコンポーネントもシリーズ標準にかえる必要があった。

2番目のオーナーは、走行距離19,200kmの状態で1991年1月24日に購入している。彼が高齢になったことを理由に売りに出したときには、21万kmを記録していた。「928ファンはクルマに多額の投資をしていたので、新品とほぼ同じようでした。数年前にプロによるオールペイントと定期的なサービスが提供されました。領収書はありませんが、シートもレストアしているようです」

その後、アイシェルはついに、偶然にも元のナンバープレートであるS-PW980を手に入れることができた。彼によって「H」が追加された。したがって、ヘルムート・ボットの精神はこの928 S4に息づき、3番目の所有者であるアイシェルに特別な出会いを思い出させるものとなった。