ディスプレー表示で重要度が増すHDR

スーパーハイビジョンで、解像度や色域などの表示性能が大きく向上しているディスプレーにとって、重要度が増しているのがHigh Dynamic Range(HDR)である。

数年前は、有機EL(OLED)が「黒の沈み」を強調してHDRの広さをアピールしていたが、ここ一、二年は液晶ディスプレーの技術も進化してOLED並の黒表示が出来るようになってきた。その技術とは、ミニLEDバックライト液晶とデュアルセル液晶である。この2つの液晶技術が競い合ってディスプレーの性能を高め合っている。

Appleも登壇しHDRを競い合ったディスプレー国際会議

2020年8月にオンラインで開催されたディスプレー国際会議「SID(Society for Information Display)」では、2つのHDRセッションが設けられ10件の発表が行われた(図1)。発表はミニLEDバックライト液晶とデュアルセル液晶のそれぞれを担ぐ企業が、それぞれの立場で良さをアピールする内容であり、この議論の場にOLEDの影はなかった。

  • SID 2020

    図1 SID 2020のHDRセッションで発表されたミニLEDバックライト液晶とデュアルセル液晶の論文。ディスプレーメーカが両液晶技術をそれぞれの立場からアピールする発表および両者を比較する大学からの発表で構成されている。中国のBOEとTCL-CSOTの2社は、両方の技術を開発している (世界のリアル展示会で撮影した各社のHDRディスプレーの写真を参考に掲載)

このセッションに登壇したのがAppleである。Appleは、2019年に発売したPro Display XDRに関する技術の中身を詳細に発表した。ミニLEDを液晶ディスプレーのバックライトに搭載し、XDR(Extreme Dynamic Range)と銘打って、高輝度(1000nitの持続輝度と1600nitのピーク輝度)および高コントラスト比(100万対1)を実現している。AppleがSIDの場でディスプレー技術の発表を行うこと自体珍しい事であるが、このミニLEDバックライト技術の中身を詳細に発表したことは、自信の現れと捉えることが出来る。スマートフォンでOLEDを採用したAppleが、モニターやTVなどの大画面で液晶技術の高さを強調したことは、今現在FPDを中心とする関連業界が動向を注視しているOLED化への流れに大きな影響を与えるだろう。

デュアルセル液晶に期待を寄せるパネルメーカーと材料メーカー

一方のデュアルセル液晶は、液晶パネルを2枚搭載し、1枚をバックライトとして使うという贅沢な構造であり、こちらもHDR性能を高める技術である。

SIDのHDRセッションでは、BOE、TCL-CSOT、Hisenseが登壇し発表を行った。元々は日本で開発された技術であるが、中国メーカーが積極的な理由には、現在中国で稼働している液晶ディスプレー工場で生産される膨大な数のパネルが背景にある。1台の液晶ディスプレーに2枚のパネルを使うことになればパネル製造メーカーにとっては大きな利益になる。合わせて材料メーカーにとっても部材を2倍消費するという恩恵もあり、業界の期待が大きい技術である。BOEなどのパネルメーカーは業界の会議などで積極的にアピールを行っている。

OLED化を推し進める韓国と液晶で制覇を狙う中国の競争の行方

今年、2020年初頭に韓国のLGとSamsungが液晶パネル製造からの撤退を発表し、ハイエンド市場で勝負する為に、高付加価値を持たせたOLED-TVの開発を進めていく姿勢を見せた。この結果、液晶パネル製造では2022年には中国企業によるシェアが世界の8割を超えると予想されることとなった。製造で主導権を握った中国は、液晶の技術でもハイエンド品での開発を加速させている。その強力な武器が、ミニLEDバックライト液晶とデュアルセル液晶である。

新型コロナウイルスの感染拡大を押さえ込んだとされる中国では、2020年半ばからリアルでの展示会や会議が各地で開催されており、最新のディスプレー製品の実物を見ることができるようになっている。

7月に上海で開催されたDIC Expo 2020展示会でも、ミニLEDバックライト液晶とデュアルセル液晶の両者を目の当たりにすることができた(図2)。両者にはそれぞれの特徴があり、狙うマーケットも微妙に異なる為、まずはそれぞれの立場の方がそれぞれの目で直接見ることが重要かと思うが、今後のディスプレーの方向で重要なHDRという視点から見ると、両者ともにハイエンド分野で十分に通用する技術である。さらには、今後のコスト低下に伴って、大画面だけでなく中小型への展開やミドルエンドへの広がりも期待される技術になる。韓国勢が推し進めようとしているOLED戦略にも大きく影響していくことになるだろう。

  • DIC Expo 2020

    図2 上海で開催されたDIC Expo 2020でのミニLEDバックライト液晶とデュアルセル液晶の比較。BOEは両技術の開発を並行して進めており、展示ブースにそれぞれの実物を展示した。実物を比較して見ることにより、両技術の違いを実際に掴むことができる (筆者がアバター参観し撮影)

著者プロフィール

北原洋明(きたはら・ひろあき)
テック・アンド・ビズ代表取締役

日本アイ・ビー・エムにて18年間ディスプレー関連業務に携わった後、2006年12月よりテック・アンド・ビズを立ち上げ、製造拠点および巨大な市場であるアジア各地の現地での生情報を重視し、電子デバイス関連の情報サービス活動、セミナー・展示会などのイベント開催、日系企業の海外ビジネス展開をサポートしている。
直近の活動として、第2回日中BIZ FORUM「ポストコロナのディスプレー技術と電子産業を考える」のオンライン開催を予定している。