みなさまはじめまして!科学コミュニケーターの竹下です。

10月5日にノーベル生理学医学賞の受賞者が発表されますが、そちらに先駆けて、このブログでは科学コミュニケーターがノーベル賞をどんな風に見て楽しんでいるのか紹介します。

今年は“遺伝子”の研究に注目しています。

遺伝子とは何か、どのように体の中で働いているのかを明らかにした研究。個々の遺伝子に注目して新しい発見をした研究。遺伝子を道具として利用する研究など、過去のノーベル賞を振り返ると遺伝子が関係する研究がたくさんあることに気付きました。生理学医学賞だけでなく、その範囲は化学賞にも広がっています。合わせて約70回も受賞しています。

なぜ遺伝子の研究はこんなにノーベル賞を取っているのでしょうか?

なぜ遺伝子の研究は大切なのでしょうか?

その前に…

そもそも、遺伝子とはいったいなんでしょうか?

遺伝子とはなにか?

遺伝子の正体はDNAという物質です。子が親に似るという、遺伝現象を担っているのがこの物質です。

DNAの構造

DNAは私たちの体では、細胞の核の中に存在します。DNAは糖、リン酸、塩基が1セットとなって、それが長くつらなったヒモ状の物質です。DNAの塩基はA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類があります。

DNAは細胞の中でねじれたはしごのような二重らせん構造をしています。はしごの横木にあたるのが塩基で、AとT、CとGが対になっています。この発見は1962年にノーベル生理学医学賞を受賞しました。

親から子へ、物質としてのDNAは卵と精子を通して子に渡されます。

ではそのDNAはどのように親の特徴を子に伝えているのでしょうか。

DNAはタンパク質の設計図

DNAの持つ4種類の塩基の並び順、塩基配列が遺伝の暗号になっているのです。

塩基配列はRNAという物質に写し取られ、その情報をもとにアミノ酸が運ばれてきます。

例えば、DNAのCCCという塩基配列は、グリシンというアミノ酸を導く遺伝暗号です。

たくさんのアミノ酸からタンパク質が合成され、体の中で様々な機能を担います。

つまりDNAは、体内での働き手としてのタンパク質の設計図だったのです。合成されるタンパク質の種類や量の違いが、特徴として私たちの体に現れています。

遺伝子のはたらきを解明した研究は1968年ノーベル生理学医学賞を受賞しました。

遺伝子を調べることは、私たちの体の中で何が起こっているのかを知る上で非常に重要なことだとわかったのです。

このあと、体の仕組みに関する研究、病気のメカニズムに関する研究など様々な研究で遺伝子が調べられました。また、遺伝子の塩基配列を読み取るなど、遺伝子を扱う技術も発達していきました。

ヒトゲノム計画

1990年から2003年にかけて、ヒトが持つすべてのDNAの塩基配列を解明するプロジェクトが行われました。ある生物のDNAの総体をゲノムと呼ぶことから、このプロジェクトをヒトゲノム計画と言います。

ヒトゲノム計画は世界中の研究者たちが協力のもと進められました。解析されたヒトゲノムは人類共通の財産・遺産であり、配列データは24時間以内に無償で公開するという取り決めがされていました。素粒子物理学など、装置が巨大になる分野ではこうした国をまたぐ大規模プロジェクトがありましたが、生命科学の分野での国際大規模プロジェクトははじめてのことです。この後の生命科学の進め方を変えたという点でも、大きな意味があります。

念願のゲノムマップ

ヒトの30億ある塩基配列がすべて描かれたゲノムマップを手に入れましたが、大切なのはこの情報をどう使うかです。ゲノムマップを見ても、配列のパターンから遺伝子だとわかるだけで、実際にどんな働きを担うタンパク質の遺伝子であるかはわかりません。

かつては、遺伝する体の特徴から原因となる遺伝子を探しあてるような研究をしていました。目の色が異なるハエの遺伝子を調べて、どの遺伝子が目の色を決めているのかを探るようなやり方です。しかし1989年以降、特定の遺伝子を選択的に欠失、破壊したノックアウトマウス(遺伝子欠損マウス)をつくり、そのマウスの特徴を調べることで、その遺伝子の機能を解明することができるようになったのです。ちなみにこの手法の開発に関する諸発見も2007年にノーベル生理学医学賞を受賞しています。

ゲノムマップを得たことで、個々の遺伝子の機能解明がさらに進み、病気の遺伝的メカニズム等の理解も深まりました。

ゲノムマップを手に入れたのに

一方で、ゲノムマップを手に入れた結果、衝撃的な事実もわかりました。

タンパク質の設計図となる領域(遺伝子)が塩基配列全体のうち1.5%程度だったのです。ヒトゲノム計画が行われていた頃、遺伝子ではないDNAは、ジャンクDNA(がらくたDNA)と呼ばれ不必要なものだと考えられていました。

しかし、どうやらただのがらくたではないようです。タンパク質をコードしないことから、今ではこの領域をノンコーディング領域と呼んでいます。

他の生き物と比べてもヒトのノンコーディング領域の割合は非常に高いことがわかっています。ゲノム全体に占める遺伝子の割合を示す、遺伝子密度という指標で比較するとその差は明らかです。遺伝子密度が高いほど、ノンコーディング領域の割合は低くなります。

ヒトの生命としての複雑さを考えると、ノンコーディング領域が大きな鍵を握っていそうです。

ノンコーディング領域はヒトの生命の維持において重要な役割をはたしていることがわかりました。

ノンコーディング領域から写し取られたRNAは、ノンコーディングRNAと呼ばれています。多種多様なノンコーディングRNAの中でも、miRNA(マイクロRNA)はタンパク質の生産量の調整をしていることがわかっています。miRNAはがんなどの病気とのかかわりから、現在、さかんに研究されています。

miRNA以外にも、ノンコーディングRNAにはさまざまな機能があることが少しずつわかってきています。まだ新しい研究分野なので、今後の発展が注目されています。

ゲノムマップには書かれていない情報

ノンコーディング領域は塩基配列として書かれている情報ですが、ゲノムマップに書かれている情報だけでは説明できないこともありました。

ヒトの体には皮膚や神経、筋肉など様々な組織がありますが、実はどの細胞ももっている遺伝情報のセットは同じであることが証明されています。この発見には2012年にノーベル生理学医学賞が贈られています。

受精卵が細胞分裂を繰り返し、特定の細胞になるときに、必要な遺伝子の調整を行うことで同じDNAの塩基配列を持っていても異なった働きができるのです。例えば、頭の皮膚の細胞では髪の毛をつくるのに必要な遺伝子が働きますが、心臓の細胞から毛が生えてくることはありません。でも、心臓の細胞も、頭皮の細胞と同じように、髪の毛をつくるための遺伝子のセットをもっています。ただ、心臓ではそれらの遺伝子が使われないように調整する仕組みがあるのです。

塩基配列は変わらないけれど、どの遺伝子を使うのかの調整がはたらくことをエピジェネティクスと呼びます。エピジェネティクスにはどんな仕組みがあるのか、特定の細胞になる以外にどんな現象に関係しているのか、研究がさかんに行われています。

ゲノムを読む技術の発展

ヒトゲノム計画によってもたらされたのは、ゲノムマップだけではありません。

ゲノム解析の技術も大きく進みました。ヒトゲノム計画は30億塩基対からなるDNAを13年かけて解読しましたが、今では同じ量の塩基配列をたったの数日で読めるようになりました。これを可能にしたのが次世代シークエンサーと呼ばれる技術です。

個々人のゲノム情報を調べ、特定の病気の患者さんグループとその病気ではない人のグループを比較して、その病気へのなりやすさに関係する遺伝子を探すということもできるようになっています。ヒトの持つ30億塩基対の中から違いを発見するという作業は、人間がやるよりコンピューターがやる方が速くて正確です。ということで生命科学に情報学がやってきたのです。

ゲノム情報など、生物学の膨大なデータから意味のある情報を発見しようとする学問はバイオインフォマティクスと呼ばれ、存在感が増している分野です。

生物の世界とコンピューターの世界、対照的なこの2つが交わるなんて、なんだかとっても面白そうじゃないですか?

遺伝子をめぐる終わらない旅

なぜ遺伝子の研究はこんなにノーベル賞を取っているのでしょうか?

なぜ遺伝子の研究は大切なのでしょうか?

遺伝子の研究が進むと生命に対する理解が深まる一方で、困惑してしまうくらい生命が複雑であることにも気付かされました。遺伝子の研究は、これまでの生命科学の考え方を更新し、私たちの生活に大きな影響を及ぼしているのです。たくさんのノーベル賞研究が生まれたことも納得ですよね。

ヒトゲノム計画を大きな転換点として、遺伝子の研究はこんな風に大きく枝を伸ばしながら広がっていきました。

ヒトゲノム計画をきっかけとして研究が広がった

すでにたくさんノーベル賞を受賞している遺伝子の分野ですが、まだまだたくさんの謎が残されています。遺伝子をめぐる旅はまだまだ終わりそうにありません。

これからどんなノーベル賞研究が現れるか、受賞者の発表が待ち遠しいですね!

参考文献

エピジェネティクス-新しい生命像をえがく(岩波新書) 仲野徹著

ゲノムが語る生命像 現代人のための最新・生命科学入門(ブルーバックス) 本庶佑著

The Cell 細胞の分子生物学 第6版 Albertsら

ゲノム 第4版 T. A. Brown著

遺伝子の研究についてもっと詳しく知りたいという方は、下記のブログをご覧ください。

○ノンコーディングRNA

2014年ノーベル生理学・医学賞を予想する③ 博士が見た「大きな夢」と「小さなRNA」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/201409182014rna.html

○エピジェネティクス
2014年ノーベル賞生理学・医学賞を予想する② DNAの使い方を決める仕組みとは!?
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/201409162014dna.html

2013年ノーベル賞を予想する!~生理学・医学賞その2~DNAメチル化と遺伝子発現の調節
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/2013091620132.html

○次世代シークエンサー
2018年ノーベル化学賞を予想する③ 発想の転換でDNA解読の新時代を開く
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/201809272018dna.html



Author
執筆: 竹下 あすか(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
作物の品種改良をやってみたくて農学部を志しましたが、気づけば農業工学分野に進学していました。大学院時代は、農業用水中の放射性物質の動態について研究し、その中で地元農家やボランティア等、さまざまな立場の方と対話を行うことの重要性を実感。いろんな人と科学や社会のことを話す場をつくりたいという思いから、未来館に来ました。