無観客、取材制限、スタッフによる用具の頻繁な消毒……。いつもとは違う光景だった。それでも、「まずはスタートすること」。それが選手にとって最も重要だった。

9月5日と6日に埼玉県熊谷市で開催された「日本パラ陸上競技選手権大会」。国内のパラスポーツの大規模大会としては約半年ぶりに、選手たちのパフォーマンスの場が戻ってきた。(→大会レポートはこちら)

新型コロナウイルスの感染拡大以降、スポーツ界全体が活動を自粛した。とりわけパラスポーツでは、感染した場合に重症化の危険性がある選手もいるとされ、2月末のジャパンパラボッチャ競技大会以降、多くの大会が延期や中止を余儀なくされた。そんな中、日本選手権レベルの大会開催は、来年に延期された東京2020大会に向けて多くの選手の希望の光となったはずだ。大会開催に踏み切った運営側の工夫や選手の反応を追った。

スタンドに観客はおらず、メディアと関係者用の席に

選手の意向を汲んで主催者が決断

「この大会が健常者の日本選手権も含めて一発目。(新型コロナウイルスによる)クラスター(感染者集団)を出したくなかった」

大会1日目が終了し、なぜ無観客ではなく、観客を入れて開催できなかったのかを報道陣に問われた、日本パラ陸上競技連盟(以下、パラ陸連)三井利仁理事長の答えはシンプルだった。注力すべきは、選手が真剣勝負をする舞台をつくること。そこにフォーカスした結果、運営側は競技周りに専念し、無観客での開催を決めたという。

大会開催までの道のりを語る日本パラ陸上競技連盟の三井理事長

本大会は5月に実施される予定だったが、4月にその延期を発表。再設定した9月の日程を迎える前にも、一度は減少傾向にあった新型コロナウイルスの感染者が増加したしたことで、開催は再び暗礁に乗り上げたように思われた。しかし、パラ陸連は8月上旬、大会を開催することを発表。三井氏によれば、医療の専門家が集まる医事委員会などとオンラインで議論を重ね、実施の方針を固めていったという。

なかでも、決断に大きく影響したのが、昨春に発足したアスリート委員会の意向だ。副委員長であり、6大会連続となる東京パラリンピックに内定している鈴木徹は、こう明かす。
「(5月に)新国立競技場で開催される予定だったジャパンパラ競技大会が中止になり、選手のショックは大きかったと思う。そんな中でスタッフは今大会を実施する方向で動いてくれていた。(検討中の)その時点で、アスリート委員会にも意見を投げかけてくれたので、選手としては十分な対策を取り、実施してほしいと伝えました」

東京パラリンピックで悲願のメダル獲得を狙うベテランの鈴木徹

エントリーを見送ったトップ選手もいたものの、東京パラリンピックのメダル獲得に向けて試合を重ねたい有力選手、出場枠を獲得するために記録更新を狙って出場した選手らは大会開催を喜び、試合後に感謝の言葉を口にした。

一方、三井氏は「(密を避けるため)ボランティアと審判の数は約3割減らしたが、種目を減らすことはしなかった。今までやってきた選手が皆、参加できるようにしたかった」と強調。そのかいあってか、「若い有望選手が出てきて、(2024年の)パリパラリンピックに向けていい兆しが見えた」(指宿立強化委員長)というような成果もあった。

マスクを着用してスタートブロックを消毒する競技役員

会場入りする全員の体調を管理

もちろん、東京パラリンピックでの活躍が期待される選手も存在感を発揮した。義足のロングジャンパー中西麻耶が5m70の跳躍で、さらに10000mに出場した視覚障がいの堀越信司が32分23秒61の好タイムで共に自身の持つアジア記録を更新。好記録が続出したことについて、増田明美会長は「選手のありがとうの気持ちの表れだと思う」と言葉に力を込めていた。

実施に当たり、選手や大会役員、メディア、スポンサーなど会場入りする全員に大会2週間前からの検温と体調管理の記録を義務付けた。パラ陸連が基準にしたという、日本陸上連盟の「活動再開のガイダンス」では1週間分だったが、今回は慎重を期して2週間分の記録を提出させた。

選手は分散して受付し、アルコール消毒液を受け取った photo by JAPAN PARA ATHLETICS

さらに選手に対しては予防の意識を徹底するために、主催者であるパラ陸連が参加者のコロナウイルス感染について一切責任を負わない同意書の提出も求めた。「選手が意識を高く持つことが、スポーツ再開に向けた事前準備の大きなポイントになると考えた」と三井氏。同意書へのサインは、伴走などの競技アシスタントや介助者も対象になった。

当日は、会場入りする全員に検温が行われ、受付で配布されたリストバンドを付けた人だけが出入りできた。場内でのマスク着用はもちろんのこと、選手と役員にはアルコール消毒液を1本ずつ配布し、役員にはフェースシールドを配布。フィールドには、マスクとフェースシールドを着けた姿で選手を誘導する役員の姿があった。

記者数を制限し、囲み取材用にアクリル板とマイクが設置された

また、メディアもフィールド内での撮影が制限されたほか、試合後の囲み取材は選手と一定の距離を置いたり、アクリル板越しで行ったりしてインタビューできるようになっていた。重症化のリスクがある重度障がいの選手らには直接取材できなかったが、広報担当者を通してコメントが提供されるなどの措置が取られた。

「暑い中、マスクやフェースシールドをしてもらい、メディアの方にも近い場所で撮影してもらえず申し訳ないが、試合ができたことについて、選手として感謝しかない」とは鈴木の言葉だ。

メディアに対して「(11月の)関東パラ陸上競技選手権はもっと皆さんに近い位置で試合ができれば」と鈴木が理解を求めた通り、今後は“大会をやっていきながら”コロナ禍におけるより良い形を模索していくことになるだろう。

選手と距離を保ちながら取材をする報道陣。再開の先陣を切る大会で、注目度も高かった

無観客開催ならではの課題も

そして、来夏の東京パラリンピックだ。無観客開催の可能性もあることを想定したのか、走り幅跳びの山本篤は、跳躍時に手拍子を求め、いつもより少ない拍手でリズムをつくった。「少人数の手拍子でも、意外とよく聞こえた」と話しつつ、「やはり観客を入れてほしい」と訴えた。

また、これまでも行われていたインターネット配信は、大会運営の費用が足りず、2日間のうち、1日のみの実施だった。無観客であるからこそ、ライブ配信への期待は高く、選手たちからの不満や要望も多く聞かれた。今後、大会成功のために、臨場感を高める見せ方の工夫や発信力の強化が必要になるのは言うまでもない。

この日本選手権を皮切りに、パラスポーツの全国規模の大会が少しずつ戻ってくる。主催者や選手だけでなく、応援する側も新しい応援の仕方を考えながら東京パラリンピック開催までの道のりを楽しんで待ちたい。

炎天下のもと行われ、好記録が続出した日本パラ陸上競技選手権大会

text by Asuka Senaga
photo by X-1