『栄光のル・マン』の製作舞台裏│プロのレーシングドライバーを起用したマックイーンのこだわり

この記事は『最初の愛車 ポルシェ356A スピードスターを取り戻した!スティーヴ・マックイーンの情熱』の続きです。

レース当日、ポルシェのワークスチームは、昨年の世界選手権で優勝した 917KHの4台を含む計7台のマシンをフィールドへ送りこみ、2年連続の総合優勝を目指していた。

しかし、最大の注目はプライベーターとして 908/02のステアリングを握っていたスティーヴ・マックイーンとコ・ドライバーのピーター・レヴソンであった。マックイーンはそれまでにオープントップの908/02を駆り、ホルトビルとフェニックスで優勝していた。ヴィック・エルフォードと交代で917を駆っていたポルシェワークスドライバーのクルト・アーレンスはこのように当時を振り返った。「マックイーンは才能に溢れ、勝つということへのこだわりが非常に強い野心家でした。レヴソンほどではありませんでしたが、それでもかなりのスピードでしたね」

スティーヴ・マックイーンの姿

最高出力350ps、最大排気量 3リッターのスパイダーを操っていたマックイーンたちだったが、600psのパワーを持つ5 リッタークラスのライバル相手には理論上ほぼ勝ち目がないことは明らかであった。そのためレース中にはタイヤもブレーキパッドも交換しないという大胆な戦略でタイム差を補っていたのである。「過酷な状況下での戦いであるにもかかわらず、マックイーンのチームが安定してラップを重ねていったことは驚きでした。路面がコンクリートプレートをつなぎ合わせたものだったので、その衝撃は相当なものだったでしょう」とアーレンスは話す。足を骨折していたものの、それさえもマックイーンの闘志を抑えることはできなかった。結局、ピット戦略が功を奏し、マックイーン/レヴソンのコンビは見事2位入賞を果たした。一方のポルシェワークスにおける最高位はペドロ・ロドリゲス/レオ・キンヌネン/ジョー・シファートのチームで、ピットイン時に多大なタイムロスを被ったことで4位という結果に終わっている。

フェリー・ポルシェは、「貴方のご活躍のおかげで、私たちは世界選手権におけるリードを守ることができました。心より感謝申し上げます」とマックイーンへの手紙に書き記している。

1970年シーズンのハイライトともいうべきレースでの準優勝は、双方にとって意義深いものとなった。そしてマックイーンは、同年のル・マン 24時間レースでF1 チャンピオンのジャッキー・スチュワートとコンビを組み、ポルシェ 917で参戦する目標を掲げたが、このことが原因で彼はハリウッドのボスとトラブルを抱えることとなった。



そんなマックイーンは問題回避すべく、人生で初めて妥協を受け入れる。映画『栄光のル・マン』製作のため、サルト・サーキットの外側で撮影準備に取り掛かったのである。彼はセブリングで操ったポルシェ 908/02を映画の中で登場させ、本格的なレースシーンを撮影すべく、ヘルベルト・リンゲとジョナサン・ウィリアムズにステアリングホイールを握らせた。2人は9位でゴールしたが、レース後にルール違反とされて失格にとなっている。

 一方のポルシェワークスチームは、赤と白の917を駆ったハンス・ヘルマン/リチャード・アトウッド組が、念願のル・マン 24時間初総合優勝をポルシェにもたらしたのだ。

その後、スティーブ・マックイーンは劇中のシーンの撮影を続行した。究極のレース映画を長年夢見てきた彼にとって『栄光のル・マン』はまさにライフプロジェクトであった。撮影の途中では様々な危機に瀕し、プロダクションの経営難が報じられていた。ニール・アダムスとの結婚生活に終止符を打っている。さらに初代監督ジョン・スタージェスが、24時間レースを背景にした恋愛物語を撮りたい、といったことを理由に解雇。マックイーンにとってはレースそのものがラブストーリーであったのだ。二代目監督はリー・カッツィンが務めている。決してまとまりのある脚本はなく、台詞も少ない。『栄光のル・マン』がファンの間でカルト映画化したのは、1971 年の公開から何年も経ってからのことであった。

リアリティを追求するマックイーンは、後に通算5度のル・マン総合優勝を果たすこととなるデレック・ベルをはじめとするプロのレーシングドライバーたちを起用した。「もちろん彼が自ら917に乗り込み、 サーキットでの撮影を敢行しました。マックイーンのスピードに対する情熱はあからさまでしたし、その時は常にスロットル全開でした」とベルは笑顔を見せながら後から語っている。「だからこそみんな仲良くなれたのではないでしょうか。一言でいえば、彼は私たちの仲間になりたかったのでしょう。そして実際に彼は私たちの仲間でした」と 1970年の優勝者であるリ チャード・アトウッドは話した。

伝説となったスティーヴ・マックイーンは、1980年 11月7日、50歳という若さでこの世を去っている。