【いくつ読める?】上到津、御供所町、皇后崎…福岡県の難読地名〜中級編〜

九州最大の都市・福岡市を有する福岡県は、九州西日本の中心地として古くから栄えてきました。福岡県には、世界遺産に登録されている八幡製鉄所や、学問の神様菅原道真が祀られている太宰府天満宮など見所も満載。

さて、今回はそんな福岡県の難読地名の中級編をお届けします。福岡出身・在住の人は読めても、県外の人にとっては難問!?という地名を集めました。ぜひ挑戦してみてくださいね。

上到津(北九州市小倉北区)

上到津は小倉北区の「到津の森公園」があるエリア。市街地からちょっと足を延ばせば自然に触れあえるとあって、北九州市民のみならず、山口県の下関市民からも愛されているお出かけスポットです。

↓その答えは?

読み「かみいとうづ」

到津の地名の由来は神功皇后にあるといわれています。神功皇后が朝鮮半島の新羅を攻めて帰国した際に、この地に船が漂着。それ以降「到津」と呼ばれているそう。到る(いたる)がなまって「いとう」になったのでしょうか。到津の「到津八幡神社」は、神功皇后の御霊も祀っています。

上到津には、到津の森公園、到津八幡神社だけでなく西南女学院もあり、緑に囲まれた雅な雰囲気が楽しめるエリア。到津の森公園は動物園とミニ遊園地があり、1日中遊べます。動物園には、ゾウやトラ、ライオンやキリンといった大型動物も展示されています。いつもの週末がちょっとスペシャルになるスポットです。

 

御供所町(福岡市博多区)

御供所町は、博多区の御笠川に臨む、「聖福寺」や「円覚寺」などの寺院が多い地域です。

↓その答えは?

読み「ごくしょまち」

御供所町は、筥崎宮(はこざきぐう)という、福岡市東区箱崎にある神社への御供(ごくうと読む、お供えのこと)を調達して、献上したことにちなんで名付けられたとされています。御供所という地名が登場するのは、1559年(永禄2年)の文書からのようです。古くから、御供所町と呼ばれていたのですね。

御供所町には、日本で最初の禅寺とされる聖福寺があります。聖福寺は黒田官兵衛の養子松寿丸の墓がある、官兵衛ゆかりの地。また、聖福寺は、栄西が源頼朝からこの地を賜り創建された寺です。栄西は平安末期から鎌倉初期に生きた臨済宗の僧で、宋(中国)から茶の種を持ち帰り、日本に栽培方法を広めたことで知られています。聖福寺には、戦争や火事で焼失することなく、天正年間に建立された総門や庫裡(くり)、鐘楼など数多くの歴史的建造物が現存しています。歴史好き垂涎の寺院です。

また、聖福寺の南には、「東長寺」という真言宗の寺があり、弘法大師が創建した寺としては日本最古のものだと言い伝えられています。東長寺には、有名な「福岡大仏」という高さ10.8メートルの大仏も。木造坐像では日本最大級の大きさを誇ります。美しい五重塔もありますので、歴史に興味がない人でも楽しめるでしょう。

 

皇后崎(北九州市八幡西区)

皇后崎は北九州市八幡西区の割子川と福北ゆたか線沿いの地域。閑静な住宅が広がっています。

↓その答えは?

読み「こうがさき」

皇后崎は、昔は港として機能しており神功皇后が船で通りかかった際に、「しはらくとどまり給ひし」と言ったという伝承が残っています。そのエピソードにちなみ、「皇后崎」と呼ばれるようになったとのこと。

北九州エリアには、上到津でも神功皇后伝承が残っているように、神功皇后に関する伝承が数多く残されています。

現在の皇后崎は住宅が建ち並ぶ静かな住宅街。一角には「神功皇后上陸記念碑」が建てられています。皇后崎エリア外ではありますが、「皇后崎公園」という公園は、北九州の桜の名所の1つ。600本の桜が咲き誇り、春はゆったりとお花見ができます。

 

百道(福岡市早良区)

百道は区役所や警察署、博物館、学校などが建ち並ぶエリア。有名な海浜公園にほど近く、水辺の涼しげな風景を楽しめる地域です。

↓その答えは?

読み「ももち」

福岡県出身者や在住者はは、一瞬で読めてしまったかもしれません。百道は、昔このエリアが干潟で、歩く人々の足跡が無数に交差することから「百の道」と呼ばれるようになったといわれています。百はそもそも「もも」と読みますので、「もものみち」が「ももち」になったのでしょう。

百道地域は、かつて白い砂と松原が美しい海水浴場として栄えていましたが、水質の悪化により閉鎖。現在は海水浴場の跡地に「百道海水浴場跡」の記念碑があります。また、百道小学校にはかつての松原の松が残されており、当時の風景をうかがい知ることができます。

現在の百道は、警察署や博物館、学校や住宅などが集まる地域ですが、すぐ北側に足を延ばすと人工ビーチ、「シーサイドももち海浜公園」が。また、ももち浜海公園につながる通りは「サザエさん通り」と呼ばれ、サザエさんの銅像やバス停、モニュメントなどを見ることができます。案内板には漫画のサザエさんが描かれているので、大人も子どもも興奮すること間違いなし。

なぜ「サザエさん通り」と呼ばれているのかというと、作者の長谷川町子さんが昭和20年頃百道海岸を散策しながら、登場人物の名前を発案したのだとか。サザエ、カツオ、ワカメなどのキャラクターはまさに百道で誕生したのです。サザエさん通りの「磯野広場」には、「サザエさん発案の地記念碑」も。サザエさんファンならずとも訪れたいスポットですね。

また、百道地区には、元寇に備えるために築かれた「石築地(いしついじ)」が残されています。石築地とは、石垣のことで元寇に備えて作られた石築地は、高さが2.5メートから3メートルほどであったといわれています。当時は香椎浜から今津まで20キロメートルにわたって石築地が築かれていました。これを元寇防塁といい、防塁のおかげで2度目の元寇襲来では、上陸を阻むことができました。当時の防塁は現在でも百道に残されています。

 

馬出(福岡市東区)

馬出は九州大学病院や九州大学病院キャンパス、博多女子中学校、高等学校など教育施設が集う文教エリア。公園も多く、教育施設の木立と相まって緑豊かな地域でもあります。「うまだし」と読んでしまいそうですが、さてその読み方は?

↓その答えは?

読み「まいだし」

「うまだし」ではなく、「まいだし」でした。馬出と呼ばれるようになったのは、筥崎宮(はこざきぐう)の神輿が「博多夷(えびす)社」まで向かうときに、この地からお供の人に馬を差し出したからだといわれています。馬出を「まいだし」と読むのは、「馬(ま)出し(いだし)」と読んだからだと考えられます。

福岡の難読地名に「筥崎宮」が登場するのは、御供所町に続いて2度目ですね。筥崎宮は、日本三大八幡に数えられる神社で、国指定重要文化財でもあります。

九州大学内には、「利休釜掛の松」と呼ばれる松があります。この松は、豊臣秀吉が九州遠征の際に、茶の湯の会を開催し、千利休が松に釜をかけて松葉をかき集めて湯を沸かしたという伝承が残ります。

さて、現在の馬出ですが、馬出内には九州大学関連施設があり、福岡県庁のすぐ隣の地域でもあります。観光地というよりは、福岡の行政と頭脳の中枢ともいえる地域です。


福岡地域の難読地名、中級編はいくつ読めましたか? 福岡は、古くは神功皇后から、豊臣秀吉まで、多くの歴史の偉人が訪れている土地です。地名にも雅なものが多いため、地名の由来を考えながら歩くのも楽しいですね。

執筆者:平林 亮子