速報でもお知らせした通り、30回目を迎える今年のイグノーベル賞では、日本人としては京都大学霊長類研究所の西村剛先生が、ウィーン大学(オーストリア)のStephan A. Reber先生(現在のご所属はスウェーデンのルンド大学)、セントオーガスティン・アリゲーターファーム動物園(アメリカ)のMark Robertson先生らと共同で、音響学賞を受賞しました!

受賞理由は、「ヘリウムを多く含む気体で満たした容器の中で、メスのヨウスコウワニにうなり声を出させた業績に対して」です。おめでとうございます!

せっかくですから、発見の意義や実験の詳細についてより詳しく説明してみたいと思います!

授賞式より、音響学賞受賞の皆さん。手を振っているのが西村先生。(授賞式の配信動画より)

ワニも人間や鳥と同じ発声だった!

そもそも、ヘリウムの中でワニを鳴かせるなんて、いったい何を調べようとしたのでしょうか。まずそのうなり声を聴いてみてください。

※こちらのリンクからヨウスコウワニのうなり声を聴くことができます。最初の2鳴きが通常の空気中、後の2鳴きがヘリウム中のうなり声です。
https://jeb.biologists.org/content/jexbio/suppl/2015/07/28/218.15.2442.DC1/JEB119552supp.pdf (S. A. Reber et al., J. Exp. Biol., 2015より引用) ※PDFにリンクしています

ほら、ヘリウムを吸った人間と同じようにワニの声も変に(高く)聞こえますよね*注。えっ、同じ生き物だから当然でしょ、って?それこそが大発見なのです!

ヨウスコウワニ Wikipedia Commons ⒸJ. Patrick Fischer

私たち人間や類人猿、そして鳥が声を出すときは、のどの奥にある声門などの器官で音を作り、口までの通り道にある声道といった空間内で音を共鳴させています。そうした声を分析すると、色々な周波数の成分の音が含まれていることが分かりますが、そのうち特定の周波数の音が多く検出されることがあります。これをフォルマントと言い、その形成には共鳴による音が大きくかかわっています。

この研究以前には、ワニが発声に共鳴を使っているという報告はありませんでした。もしワニのうなり声からフォルマントを検出できれば、ワニの発声方法も私たちと同じであると確かめられるのです。

そこで登場するのが、ヘリウムです。ヘリウムは音を普通の空気より速く伝えるため、ヘリウムに満たされた空間で共鳴した音の周波数は大きくなります。それによって高い周波数のフォルマントが強くなるため、いわゆる「ヘリウム声」は高く聞こえるのです。逆に言えば、ヘリウム声は、発声に共鳴を使っている証しなのです。

さて切実な問題は、ワニにどうヘリウムを吸わせるのか、です。冒頭でお話しした通り、西村先生らは、ワニを密閉した箱に入れ、水の上げ下げによって空気と、ヘリオックス(ヘリウムと酸素が混ざった気体)を入れ替えることでこの難問を解決しています。

箱の中の水に浮かぶワニ。かわいい。(S. A. Reber et al., J. Exp. Biol., 2015より引用・改変)

実験ではメスのヨウスコウワニ(ヨウスコウアリゲーター)をこの箱に入れ、そのうなり声を分析したところ、ヘリオックスの中では通常よりも高い周波数のフォルマントが強くなっていました。つまり、ワニも共鳴を使って発声していることが明らかになったのです!ワニどころか、爬虫類全体でもこうした報告は初だといいます。

声で体格がバレちゃう!?

では、ワニのうなり声に含まれるフォルマントには、どんな役割があるのでしょう?人間では、フォルマントは言語や歌などのコミュニケーションにおいて重要なはたらきをしています。私たちが「あ」や「い」などの母音を聴き分けられるのも、母音によってフォルマントの強さが変わるからとされています。また、オペラ歌手は、訓練によって他の楽器とは重ならない周波数のフォルマント(歌い手のフォルマント)を強く出しており、これがオーケストラの中で声を際立たせるのに一役買っていると言われます。

ワニの場合には、フォルマントを自分の体格を示す信号として使っている可能性がある、と今回の受賞者でもある論文の著者らは推測しています。鳴き声にフォルマントを含む哺乳類や鳥の中には、フォルマントが実際の身体の大きさと関わっていると考えられる種がいます。であれば、他の個体は鳴き声を聴くだけで、鳴いた個体の体格をある程度正確に予測できるかもしれません。このように、直接に知りたいもの(例えば体格)を別のもの(例えば声)から探れるとき、それを「正直なシグナル」と呼びます。正直なシグナルのよく知られた例として大きな羽根や角などがあり、動物は正直なシグナルを繁殖行動や不必要な闘争を避けるために使っています。

生き物には、オスが大きな羽根でメスに健康状態をアピールして惹きつけたり、角や牙で他のオスに強さを誇示して勝ち目のない闘いを避けさせている、と説明できるケースがあります。ただし、もし本来の資質(健康状態や強さ)に見合わないシグナルを自由に作れるなら、やがて他の個体はそのシグナルを信じなくなるでしょう。しかし実際には、使える栄養などの制約から、そうしたシグナルは偽りにくい場合が多いのです。だからこそ、正直なシグナルは、生き物にとって生存や繁殖を有利にするツールとして働きうると考えられているわけです。

アカエリホウオウのオス。尾羽の長さは健康状態を示しているとされる。Wikipedia Commons ⒸNigel Voaden

私はギターを弾きながら歌うのが好きですが、もっと深みのある声だったらなあ、とよく思います。しかし、私たちが生まれ持った声も、声帯など身体つきと結びついたものですからそう簡単には変えられませんよね。人間では、フォルマントの周波数や強さには声道の長さが大きく影響するといわれています。ワニにとってもフォルマントは体格を示す正直なシグナルになってしまうのかもしれません。今回の受賞者たちも、それを確かめるには今後ワニにおいてフォルマントと体格の関係を調べる必要がある、といいます。

ワニにとって、自分の体格を宣伝することは求愛などに役立つかもしれません。例えば、動物園で飼育されているヨウスコウワニの観察ですが、オスの鳴き声に反応してメスが鳴き、その後求愛行動が始まるといった報告があります。また、別の報告ではワニのメスが自分よりも大きなオスだけをつがいとして受け入れるなど、ワニの繁殖には身体の大きさは有利にはたらくようです。

だとすれば、ワニなりに鳴き声を洗練させる涙ぐましい努力があるのかもしれません。受賞の対象になった論文の中で著者らは、ワニが鳴くときに上を向く姿勢は、声道を長くするのに役立つのではないか、と推測しているのです。人間でも、カッコつけたりすごんだりするときには低い声を出したくなりますよね(私だけでしょうか?)。ワニもそんな感じだったりして。

もちろん、これを確かめるにはさらなる観察や実験が必要です。体格の大きさなんて見ればわかるじゃないか!というツッコミも聞こえてきそうです。

上を向くワニ。やはりかわいい。(S. A. Reber et al., J. Exp. Biol., 2015より引用・改変)

あの生き物の鳴き声にも迫る!

実は、論文ではこの結果から、思いもよらない生き物の生態に迫っています。鳥の祖先…そう、ご存知恐竜です!ワニは鳥が現れる5000万年ほど前、あるいはそれ以前から恐竜とは分かれて進化してきたと考えられています。ワニと鳥の両方が共鳴というしくみを用いて発声しているのなら、ワニと恐竜の共通の祖先、そして恐竜も同じしくみで発声していた可能性があるのです!映画『ジュラシック・パーク』では、登場するティラノサウルスの声はワニを含む5種類の動物の声を加工して作られたそうです。声道で共鳴させる発声方法という意味では、全くの虚構ではないのかもしれません。

さて、ワニをヘリウム声にしてしまう笑い話から、まさか恐竜にまで話が拡がるとは…一見しょうもない発見の裏に拡がる豊潤な世界、これこそ、イグノーベル賞の醍醐味ではないでしょうか⁉受賞した西村先生方もきっと、ヨウスコウアリゲーター、ありがーたーや、と感じているはず!あらためて、受賞おめでとうございます!

(※注)人によって、鳴き声の聴こえ方は異なるかもしれません。

参考文献
S. A. Reber et al., J. Exp. Biol., 218, 2442-2447 (2015)
京都大学霊長類研究所「ワニのヘリウム音声実験: 恐竜の音声コミュニケーション」
https://www.pri.kyoto-u.ac.jp/pub/ronbun/1028/index-j.html (閲覧日:2020年9月18日)
札幌市円山動物園「ヨウスコウワニの繁殖-屋内飼育での環境づくり」
https://www.city.sapporo.jp/zoo/siiku/001_1.html (閲覧日:2020年9月18日)
カール・ジンマー、ダグラス・J・エムレン『進化の教科書 第2巻 進化の理論』



Author
執筆: 飯田 綱規(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
図鑑ばかり見ていた幼い頃から、生き物の形・行動を決めるメカニズムに惹かれていました。「私とは何か」を色んな角度から考えながら、幸せに暮らすためには科学技術や自然、社会とどうかかわっていけばいいのか、お話ししませんか。趣味は読書や映画、ギター演奏。科学コミュニケーションにも物語を活かしたい。専門は膜タンパク質の機能解析。薬剤師を経て未来館へ。博士(薬科学)。