東京大学(東大)などの研究チームは9月16日、これまで未測定だったスカンジウム、チタン、バナジウムの中性子過剰な同位体の質量の精密測定による質量の変化量の分析から、陽子22個と中性子40個で構成されたチタン-62(62Ti)の原子核内部で中性子が強く結合され、安定化させている新たな現象を発見したと発表した。

同成果は、東大理学系研究科附属原子核科学研究センターの道正新一郎 助教、同・下浦享 教授、東大大学院理学系研究科の小林幹 博士課程学生(研究当時)、理化学研究所 仁科加速器科学研究センターの上坂友洋 室長、大阪大学 核物理研究センターの井手口栄治 准教授、東京都市大額 理工学部自然科学科の西村太樹 准教授らを中心とした国際共同研究チームによるもの。このほか、京都大学、九州大学、立教大学、東京理科大学、東京工業大学、テネシー大学、ノートルダム大学、ミシガン州立大学の研究者も参加した。詳細は、「Physical Review Letters」オンライン版に掲載された。

陽子と中性子の間に働く結合力が強いことから、原子核はほぼ同数の陽子と中性子で構成されているときが最も安定する。身近な物質を構成する安定した原子核は約300種類あるが、その大半がほぼ同数の陽子と中性子から構成されている理由はそのためだ。

原子核内で中性子のみを増やしていくと、その結合力は次第に弱くなり、最終的にそれ以上は中性子を結合できないという限界が来る。これが「同位体の存在限界」だ。同位体の存在限界は、原子核内の中性子数による結合力の変化を観測することで知ることができる。

今回の研究は、理研仁科センターの重イオン加速器施設RIビームファクトリーにおいて行われた。超伝導リングサイクロトロンを用いて亜鉛-70(70Zn)を光速の約70%まで加速し、1秒間に8000億個という数をベリリウムの標的に照射。そして、原子番号21のスカンジウムの同位体が6種類、原子番号22のチタンの同位体が5種類、原子番号23のバナジウムの同位体が4種類の合計15種類が同時に生成された。

これらの希少な不安定原子核の詳細な質量を決定したのが、超伝導RIビーム精製分離装置「BigRIPS(ビッグリップス)」と、東大と理研の強力によって開発された高精度磁気分析装置「SHARAQ(シャラク)」だ。BigRIPSからSHARAQまでの105mの飛行距離を用いた「磁気剛性-飛行時間法」にて測定された。

  • チタン同位体

    今回の実験に用いられた、理研仁科加速器科学研究センターのBigRIPS-SHARAQを中心とした実験・計測装置。BigRIPS-SHARAQ間の経路は105mある。磁気剛性-飛行時間法は、SHARAQが計測した磁気剛性と、BigRIPS-SHARAQ間を通過した飛行時間時間が用いられる (出所:東京大学Webサイト)

飛行時間法は、一定距離の飛行時間から質量を測定する、遺伝子やタンパク質の解析などにも広く使われている質量分析法だ。今回の磁気剛性-飛行時間法は、SHARAQと最新鋭の放射線センサーを組み合わせることで、より高効率で高い質量分解能を実現した最新の質量測定法である。

生成された不安定原子核は、1原子核ごとの飛行時間と磁気剛性が測定される。磁気剛性とは、磁場中を飛行する荷電粒子が受けるローレンツ力と遠心力の釣り合いから得られる磁場に対する粒子の曲がりにくさを表した指標だ。

飛行時間はBigRIPSからSHARAQまで約200万分の1秒。これを放射線センサー「CVDダイヤモンド検出器」を使用して1000億分の1秒の精度で測定。これと、SHARAQで測定した磁気剛性を組み合わせることで、15種類生成された不安定原子核のうち、質量が測定されていなかった9種類(スカンジウム-58~60、チタン-60~62、バナジウム-62~64)の質量を高精度に決定することに成功したという。

  • チタン同位体

    今回の実験で同時生成された15種類の原子核(赤枠の内側)と、今回初めて質量が測定された9種類の原子核(ピンク)を表した核図表 (出所:東京大学Webサイト)

また、高速イオンが通過した位置を約0.1mmの精度で測定できる検出器「多線式ドリフトチェンバー」を用いて、BigRIPS-SHARAQ間の飛行軌道を再構成することで、低雑音・高分解能化も実現した。

中性子の結合力の指標に「二中性子分離エネルギー」がある。これは、2個の中性子を原子核から分離するのに必要なエネルギーを用いて表すものだ。

  • チタン同位体

    スカンジウム(Sc)、チタン(Ti)、バナジウム(V)同位体の二中性子分離エネルギーの中性子数に対する変化を表したグラフ。チタンの同位体では、中性子数が37個から40個まで、二中性子分離エネルギー(結合力)が維持されている。この安定効果は、これまで知られていない新たなものである (出所:東京大学Webサイト)

分析の結果、チタンの同位体は、中性子数が37個以降は二中性子分離エネルギーが減少せず、中性子の増加に対して結合の強さが保たれていることが判明した。チタンは中性子数が38個(チタン-60)までは理論とほぼ一致しているが、中性子数が40個となるチタン-62では、理論予想を超えて強くなっており、新たな核安定化の効果が働いていることが確認されたのである。この効果により中性子を多く含む原子核の安定性が高められた結果、原子核の存在範囲は現在の理論予想に比べ、もっと多くの中性子を含む核種に広がっている可能性があることが示されたとしている。

磁気剛性-飛行時間法は、存在限界までのすべての原子核に適用でき、人類がまだ見たことのない原子核での「魔法数」(陽子や中性が2、8、20、28、50、82、126個のとき、特別に安定する)の発見や、既存魔法数の消滅現象を早く正確に検知できる質量測定法だという。

国際共同研究チームは、この手法を通して得られる広範な原子核領域の安定性についてのデータを通じ、すべての原子核の成り立ちについての統一的な理解を進めていくとした。超新星爆発や中性子合体における重元素合成過程の解明、「安定の島」に向かう超重元素の構造的理解の基礎となることが期待されるとしている。なお安定の島とは、誕生した次の一瞬には崩壊するような不安定極まる中性子過多な超重元素の原子核の中で、126の次の未知の魔法数を満たす原子核は、核図表においてまるで不安定原子核の大海の中で小さな島がぽつんと存在するように見えるだろうという考えから、呼ばれているものである。