国立天文台と宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所は9月15日、すばる望遠鏡を含めた世界の大型望遠鏡を複数用いて約20年に及ぶ中間赤外線撮像観測が、終末期のウォルフ・ライエ星型大質量星を含む連星系「WR 112」において、1年間に地球質量に相当する塵が新たに作られて渦を巻いて拡散している様子を捉えることに成功したと共同で発表した。

同成果は、JAXA宇宙科学研究所研究員(国際トップヤングフェロー)のRyan Lau氏らの研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載された。

ウォルフ・ライエ星は、フランスのフォルフとライエによって1867年に発見された、主系列には含まれない特異星の一種だ。高温で明るい青色超巨星(太陽質量の25倍以上)で、超新星爆発寸前の年老いた星である。特異星とされる理由は、そのスペクトルにある。水素が見られず、ヘリウムの強い輝線が幅広く見られるというものだ。つまり、星の外周部の水素が吹き出すなどしてほとんど失われ、水素が核融合してできた中心部のヘリウム層がむき出しになっていると考えられているのだ。

一般的に、塵の形成は終末期を迎えた中小質量星からの穏やかな恒星風の中で起こるものと考えられている。強い恒星風が吹き荒れ、星からの強い放射にさらされる大質量星の近辺ではあまり起こらないとされている。しかし、今回観測された「WR 112」のような連星系の場合は話は別だ。

「WR 112」は、ウォルフ・ライエ星と主系列の大質量星から構成される連星系だ。こうした大質量星同士の恒星風がぶつかり合うと、衝撃波によって加熱されたガスからX線が放たれるようになる。このとき、もしどちらかの星からの恒星風が40%の炭素を含むような場合、炭素を含んだ大量のエアロゾル粒子が作られるようなり、星間塵の誕生である。

ウォルフ・ライエ星は通常の恒星よりも炭素を放出しやすい。それというのも、ヘリウム層がむき出しとなっていることから、ヘリウムの核融合によって生成された炭素や酸素も表面に豊富に存在すると考えられる。そのため、放出される塵の成分として炭素の割合も高くなるのだ(通常は水素とヘリウムが主に放出される)。

「WR 112」のように、ウォルフ・ライエ星を含む連星系が塵を作り出しているケースはほかにもあり、「WR 104」でも渦を巻く塵の構造が見られる。その構造は、中心部の連星系の軌道運動が反映されたものだ。

それに対し、「WR 112」から放出された塵が作り出す構造はより複雑だ。約20年にわたり、さまざまな波長での観測が行われてきたが、放出される塵の作る流れや連星系の軌道運動に対してさまざまな説が唱えられたものの、どれも決め手を欠いていた。そして2019年10月にすばる望遠鏡の中間赤外線観測装置「COMICS」によって「WR 112」の観測が行われた結果、決着することとなった。

今回の研究論文の主著者であるLau氏は2017年に「WR 112」の観測結果を一度発表し、その時点で塵は動いていないと考えていたという。その後、COMICSを使って観測したところ、Lau氏らは大発見をすることになる。Lau氏らは2016年に、ヨーロッパ南天天文台がチリ・パラナル天文台に建設した大型望遠鏡VLTを用いて「WR 112」を撮影したのだが、そのときの画像とCOMICSの画像を比較した際に、塵が形を変えていることが判明。そして、画像の比較を何度も徹底して行った結果、塵の渦巻きが地球に向かってきていることがわかったのだという。

さらに、Lau氏は、連星系の塵の渦巻き構造の運動のモデルと解釈に詳しいシドニー大学のPeter Tuthill教授らの協力を仰ぎ、塵の渦巻き状構造が、観測者の視線方向に向かって回転しているということが確認されることとなった。「WR 112」の塵の渦巻き状構造を正確に理解できたことから、1周分の完全な渦巻きが作られるのにかかる時間も、約20年と見積もることに成功した。

続いてLau氏らは、「WR 112」がどの程度の量の塵を星間空間に供給しているのかを計算することにした。その結果、極めて効率よく塵が生成されていることがわかり、1年間に太陽質量の約30万分の1、ほぼ地球の質量と等しいことが判明した。この塵の放出量は、20年という比較的長い連星周期を持つウォルフ・ライエ連星系にしては、先例がないほど多量なのだという。

これまでは、「WR 112」のような規模で塵を放出するのは、「WR 104」のように軌道周期が220日という比較的短いウォルフ・ライエ連星系だと考えられてきた。しかし今回の観測結果から、効率的に塵を生み出すウォルフ・ライエ連星系には多様性があり、現在の宇宙だけでなく初期宇宙における塵の起源を考える上で、ウォルフ・ライエ連星系が重要な役割を果たしてきた可能性があるという。

今後は、東京大学アタカマ天文台の中間赤外線観測装置「MIMIZUKU」を用いた継続的な観測が行われる予定だ。Lau氏は、それによりウォルフ・ライエ連星系による塵の形成過程に対するさらなる研究の進展を期待するとしている。

  • WR 112

    2001年のGemini-North望遠鏡に始まり、2019年のすばる望遠鏡まで、約20年にわたり、世界の大型望遠鏡により「WR 112」は撮影されてきた。それぞれの画像中にある白線は、約6800天文単位(約1兆200億km) (c) Lau et al.(出所:国立天文台Webサイト)

  • WR 112

    (左)「WR 112」を正面から見たときのモデル。(右)実際に観測される方向から見た様子。図中の点線は、中心部の連星系の軌道を示す。なお、連星間の距離と個々の星のサイズは正しいスケールで描かれていない (c) Lau et al. (出所:JAXA宇宙科学研究所Webサイト)