こんにちは、科学コミュニケーターの田中です。2020年も、気が付けばもう9月。9月の恒例行事といえば……そう、イグノーベル賞です! 笑えて、そして考えさせる研究に贈られるイグノーベル賞。未来館では毎年関連したイベントを行ったり、ブログで受賞内容を紹介したりしています。今年のイグノーベル賞授賞式(日本時間で9月18日)が近づいてきたいま、昨年2019年の受賞者である渡部茂先生にインタビューを行いました。この記事では、そこで伺った授賞式の裏側や、長年研究してきた「口の中」の大切さについてお伝えします。

イグノーベル賞、どう受け止めた? 授賞式はどうだった?

──お話を伺った明海大学保健医療学部教授の渡部茂(わたなべ・しげる)先生は、「5歳児の1日当たりの唾液分泌量の推定」の研究で2019年のイグノーベル化学賞を受賞されました。この受賞について、どう受け止めているのでしょうか?

渡部先生: 全く予期していなかったので驚きました。ノーベル賞であれば、同業者の中で「今年はあの人が受賞するのでは?」と盛り上がりますが、イグノーベル賞はそれがありません。授賞式の4~5か月前、突然メールで「ノミネートされています」と連絡が来ました。トップシークレットでお願いします、とのことでした。イグノーベル賞についてはもともと知っていて、おもしろい賞だと思っていました。受賞は名誉なことだと思いましたので、喜んでお受けすると返信しました。

──授賞式で各受賞者が行う1分間のスピーチでは、イグノーベル賞らしく会場や視聴者の笑いを誘います。渡部先生のスピーチでは、3人の息子さんが実演をされ、大きな笑いを巻き起こしていました。5歳の時に食事中の唾液量を測定する実験に参加していた息子さんたち。バナナを使ってその方法を実演されていました。

授賞式でスピーチをする明海大学保健医療学部教授・渡部茂先生(左)(画像:ニコニコ生放送より)
授賞式で実験方法を再現した3人の息子さん。重さをはかっておいたバナナをよく噛んで、紙コップに吐き出します(画像:ニコニコ生放送より)

渡部先生: 息子たちの実演は予定していなかったんです。でも、授賞式に来ているんだったら、壇上に上げるからなんかしちゃいなよ!と言われて、当日の朝に急遽実演することになりました。ハーバード大学のサンダースシアターという、1100人ほど入る大きなホールでしたが、ほぼ満席の会場からの笑いは体が揺さぶられるほどでした。

──いきなり出演させてしまうのも、なんともイグノーベル賞の授賞式らしいです。みんなで楽しもうという姿勢が大きな魅力だと思います。そんな授賞式の翌々日には、1分間のスピーチでは語りきれない研究の内容を詳しく紹介するインフォーマルレクチャーがあります。渡部先生は、インフォーマルレクチャーでの質疑応答でも笑いを取っていました。


(こちらのYouTube動画の1:05:50あたりから)

質問者「寝ている間は唾液が出ないということを説明されていたけれど、小さい子どもだとものすごい量のよだれを垂らしている子もいるじゃないか」
渡部先生「Yes, sometimes(まあ、そういうこともありますね)」
(会場爆笑)


渡部先生: 唾液量の推定は、予備実験の結果も踏まえて細かく設計した実験のデータから算出しましたけれど、個人差があるものです。会場にいた方は研究畑の人ばかりですから、それもわかっていながら質問したのだと思います。あの質問をされたのは、学部長かなにかをされている有名な先生だったみたいです。あとで謝りにいきました(笑)

──そんな裏話もあったとは! みんなで研究について真面目に考えつつ、大いに楽しんでいる、イグノーベル賞ならではのエピソードだと感じました。

受賞研究には、どんな意義がある?

──さて、このように見事イグノーベル賞を受賞し、授賞式でもインフォーマルレクチャーでも笑いを巻き起こした渡部先生ですが、先生の受賞研究「5歳児の1日当たりの唾液分泌量の推定」にはどんな意義があるのでしょうか?

渡部先生: 私が小児歯科医となり唾液の研究を始めた1980年代、虫歯はほとんどの子どもにあると言っていいほど多く、社会問題のようになっていて、新聞やニュースでも虫歯のことがよく取り上げられていました。ですが、子どもの歯(乳歯)は抜け落ちるから治療しなくても大丈夫だろう、という考えが主流で、治療も研究もあまりされていない状態でした。虫歯予防に重要な唾液についても、1日にどのくらい分泌されるのかという基礎的なデータすらなかったんです。なので、ここを調べてみようというのが、イグノーベル賞を受賞した研究です。その後、小児歯科の分野は発展し、歯科医の数も増えて、子どもの治療にも目が行くようになりました。そして一般の国民の口腔ケアへの意識も変わっていきました。口腔ケアを意識できるだけの経済的な余裕が出てきたということもあります。そんなさまざまな要因があって、子どもの虫歯は大きく減りました。いまは、年齢にもよりますが、5歳児ですと約60%の子どもは虫歯が1本もありません。

口の中から生活環境がわかる! 児童虐待防止の取り組み

──そんな中で、虫歯が異常に多い子どももいると言います。それは、ネグレクトや貧困などで育児を十分に受けられていない家庭の子ども、そして障害を抱える子どもです。渡部先生はこれに注目し、「日本子ども虐待防止歯科研究会」を立ち上げました。まずは、研究会の立ち上げの経緯について聞きました。

渡部先生: 子どもの虫歯が全般的に減ってきた中で、たまにギョッとするほど虫歯の多い子どもに出会うことがありました。2000年くらいからのことです。口の中は生活習慣がそのまま反映されますから、家庭環境も影響してきます。虐待で育児放棄され、虫歯ができても歯科医院に受診できない子どもたちの存在に気づき、どうにかしたいと考えている歯科医たちが全国にいました。2015年に、その仲間を集めて研究会を立ち上げることにしました。2000年には虐待防止法が制定され、防止のための取り組みが行われていますが、虐待の通報例は右肩上がりに増え続けています。これに対して、いろいろな職種の人たちが努力を続けている中で、歯科医としても連携して動き出すことにしたんです。

──それでは、具体的にはどのような取り組みをしているのでしょうか?

渡部先生: 具体的には、1歳6か月児健診と3歳児健診での取り組みを行っています。これらの健診は法定健診といって義務化されていますから、ほとんどの子どもが受けています。このときに歯だけでなく全身の健康検査を行いますが、加えて家庭の状況も問診で聞くようにしています。歯科の健診で家庭調査まで行うことについては異論もありました。ですが、経済状況も含めてきちんと確認することは、虫歯の原因を探るためには重要なことだと認識されるようになってきています。虫歯は生活習慣病。糖尿病などの生活習慣病の治療で、生活習慣の確認や指導をしないことはありません。虫歯の場合もここからスタートする必要があるわけです。そして、さらに虐待防止にもつなげるように取り組んでいます。

──とはいえ、まだまだ全国的に家庭調査が徹底されている状況ではなく、課題は多く残っています。渡部先生は、本来は健診のタイミングだけで介入するのではなく、家庭での子育てに対する切れ目のない支援が必要だといいます。

渡部先生: フィンランドではネウボラ(フィンランド語で「アドバイスの場」の意味)という仕組みがあります。母親の妊娠期から子どもの小学校入学までの間、担当の保健師が家庭とつながり、家庭や子育てに関する幅広い支援を行います。保護者を孤立させないために重要な、国の制度です。核家族も共働きも増えているいま、育児は大変な状況にあります。費用面の課題などもありますが、日本でもこうした社会で子育てを支える仕組みがきちんと制度化されていくことが理想だと思います。

──こうした仕組みが整うと、虐待だけでなく、障害を抱えるために育児が大変な家庭などにも手を差し伸べることができます。渡部先生がこうした困難を抱える家庭に手を差し伸べたいと強く思うようになった背景には、ご自身の経験に対する反省の気持ちもあるそうです。

渡部先生: 小児歯科の治療は、歯を削ったり神経を抜いたりという作業です。歯科医と親、子どもの3者で信頼関係がないとうまくいきません。その原因に、たとえば発達障害による子育ての難しさがあることもあります。この発達障害という言葉は、いまではよく知られるようになってきましたが、15年ほど前までは私のような医療者にもなじみのないものでした。周りから見てわかりやすい障害ではないために、「親の育て方の問題」と考えられがちでしたが、実際はそうではなかったのです。私が診てきた治療の難しい子どもたちも発達障害や、そのほかの原因があったのかもしれません。それを知らずに、すべての子どもに一律に同じようなアプローチで治療をしようとしていたと気づいたときは、すごくショックでした。私たちは、足が悪い子には「走れ」とは言いません。その子の特性を知り、その子に合わせた治療をすることが重要なのです。

──渡部先生のお話を伺い、改めて、どんな子どもや家庭も孤立させないことの大切さを考えさせられました。まずは、私たち一人ひとりがこうした現状の問題点を知っておくことが、支え合える社会をつくるために必要なことなのではないでしょうか。

今年のイグノーベル賞を、未来館と一緒に楽しもう!

いかがでしたか? 今回は、昨年のイグノーベル賞に注目し、「笑えて、そして考えさせる」研究から、さらに考えさせられるお話までお伝えしてきました。

今年のイグノーベル賞の発表も近づいてきています。どんな「笑えて、そして考えさせる」研究が受賞するのでしょうか。未来館でもイグノーベル賞に関するオンラインイベントを行いますので、ぜひご参加ください。未来館と一緒に、イグノーベル賞を楽しみましょう!


ニコニコ生放送

イグノーベル賞2020 授賞式 日本語版公式ライブストリーミング
放送日時:9月18日(金)7時~
https://live2.nicovideo.jp/watch/lv327959123

祝30回!イグノーベル賞を科学コミュニケーターと楽しもう
日本人の14年連続受賞は果たして……?
放送日時:9月18日(金)18時~
https://live2.nicovideo.jp/watch/lv327959159


関連リンク

  • 2019年のイグノーベル賞速報記事 「祝!13年連続日本人受賞!!2019年のイグノーベル賞」
  • ニコニコ生放送「イグノーベル賞2019 授賞式 生中継<日本語同時通訳>」※現在、プレミアム会員のみご覧いただけます


Author
執筆: 田中 沙紀子(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
生徒も先生もみんな自由でキャラが濃い。そんな充実した高校生活を送り、いろんな人と出会う楽しさを知りました。その後、興味をもった理系の道に進み、大学院修了。企業で働く中で、科学の情報をなかなか知ってもらえない壁に直面。いろんな人と出会い、科学のおもしろさを共有したい、その先にみんなが生きやすい社会をつくりたいと思い、未来館で働いています。