生理学研究所(NIPS)と東北大学は9月8日、「フレネルゾーンプレート」(FZP)を用いた新たな「FZP位相差STEM」を開発し、電子顕微鏡の像コントラストを向上させることに成功したと発表した。

同成果は、NIPS脳機能計測・支援センター形態情報解析室の村田和義 准教授、東北大多元物質科学研究所の百生敦 教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国科学誌「Ultramicroscopy」11月号に掲載されるに先立ち、オンラインpre-proof版が8月5日に掲載された。

電子顕微鏡は、光(可視光線)の代わりに電子(電子線)を試料に当てて観察する方式の顕微鏡だ。光学顕微鏡では見ることのできない試料であっても、分子や原子レベルで拡大して観察することが可能だ。ただし、生体分子や有機材料などの軽い原子は、電子線の散乱や吸収がほとんど起きず、十分な像コントラストを得られないことから、直接観察するのが難しいという弱点もある。

この弱点を解決するため、試料中の電子線の屈折と干渉を利用した「位相差電子顕微鏡」の開発が進められてきた。しかし位相差電子顕微鏡では、「位相板」を対物レンズの直後に配置する必要があり、集光した強力な電子線にさらされるためにすぐに変性・劣化してして使えなくなってしまうという課題を抱えている。

そこで共同研究チームは今回、電子顕微鏡の一種で、試料を集束した電子線により走査し、その各走査点を透過してきた電子線を検出して画像化するという方式の「STEM(走査透過型電子顕微鏡)」に手を加え、位相板を対物レンズよりも前方に配置することで変性・劣化を防ぎ、かつ像コントラストを向上させることにしたという。

位相板はフィルムに周期的な同心円状のパターンを刻むことでレンズ作用を持たせた回折格子であるFZPを用いてデザインし、厚さ20nmの窒化ケイ素膜の薄膜上に、半導体加工などで使用される「集束イオンビーム」を用いて作製。研究チームでは、この手法を「FZP位相差STEM法」と命名した。

FZP位相差STEM法は、まず電子線が試料の手前に置かれたFZPを通過する際に、その一部が散乱されて収束もしくは発散することで、主に3種類の電子線に分離されるところから始まる。これにより、焦点面の異なる複数の電子線で試料を走査することになるのだ。

FZPにより散乱された電子線は、同時にその波の位相がそれぞれ90度ずれるという性質も併せ持つ。そのため、試料で散乱された電子線は、後方の検出器(カメラ)において電子線の干渉パターンとして記録されることになる(電子像とは個別に記録される)。この干渉パターンをもとにして、試料の像の再構築が行われる。なお、干渉という現象は、通過する試料の状態に非常に敏感に反応するため、試料をより高いコントラスト(濃淡)で観察することが可能になるのが特徴だ。

今回の研究では、カーボンナノチューブ(CNT)を従来法に比べて高いコントラストで画像化することに成功しただけでなく、CNTが交差した部分の画像から、コントラストが個々のCNTの重ね合わせに比例している(定量的である)ことも示されたという。CNTを対象に、従来のSTEM像とFZP位相差STEM像を比較したところ、従来像では見えにくかった細いCNTもはっきりと見えたという。

なお、今回開発された新たなSTEM法について共同研究チームは、FZP自体の劣化がほぼなく、像の撮影後の複雑な画像処理も必要ない上に、画像が定量的であること、つまり像のコントラストが試料の大きさ(重ね合わせ)に対応しているという点で有効だとしている。

  • FZP位相差STEM法

    従来のSTEM法(左)とFZP位相差STEM法(右)の概略の比較 (出所:東北大学プレスリリース・PDF)

  • FZP位相差STEM法

    CNTの従来のSTEM像(左)とFZP位相差STEM像(右)。従来像では見えにくい細いCNTも、FZP位相差STEM像でははっきりと見える(矢印)。CNTの交差部分は、それぞれを足し合わせた濃度となる(矢頭) (出所:東北大学プレスリリース・PDF)