コロナ下の東京五輪について考える「それでも開催するべきだというこれだけの理由」

連日のように新規感染者数が報道され、なかなか終息が見えない新型コロナウイルス。「自粛警察」や「Go Toキャンペーン」、「米中不和」など、コロナと合わせて語られる問題も日々ニュースを賑わせている。そんな中、明確な解決策を見出だせないまま1年先送りにした大きな問題がある。東京オリンピックだ。

NHKが今年7月に実施した世論調査では、「さらに延期すべき」(35%)と「中止すべき」(31%)、が「開催すべき」(26%)を大きく上回った。その状況を踏まえたうえで、「それでも来年の開催を目指すべき」と言うのが、NHKのアナウンサー、解説委員として長年オリンピックを間近で見てきた刈屋富士雄氏だ。

「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」(2004年アテネオリンピック)、「トリノのオリンピックの女神は荒川静香にキスをしました!」(2006年トリノオリンピック)など、数々の名実況を残し、今年4月のNHK退職後はスポーツのレガシー創りに携わっている刈屋氏に東京オリンピックへの思いを聞いた。

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──2021年7月に延期が決まった東京オリンピックですが、中止論も含めて様々な意見が噴出しています。NHKで長らくオリンピックの取材・中継に関わってきた刈屋さんはどうするべきだとお考えですか?

刈屋 どんなことがあっても開催するべきだと思います。たとえ参加国などが100%集まらず不完全な形だったとしても絶対にやるべき。それが私の個人的な考えですね。

──ただ、安倍晋三前首相や大会組織委員会の森喜朗会長は完全な形での開催にこだわりを見せています。

刈屋 今の状況から考えて、それは無理ですよ。大体、過去のオリンピックだって冷戦構造の中で西側の諸国がボイコットしたり、その逆だったり、アフリカが出なかったりしてきたわけじゃないですか。とにかく不完全な形であったとしても4年に1回は開催する。今、参加できる限りの国と地域が集まって平和のためにスポーツをする。これが近代オリンピックなんです。もし本当に完全な形にこだわっていたら、今後、オリンピックなんて開けなくなりますよ。これからも広い世界では自然災害が起こるだろうし、どんな病気が出てくるかもわからない。想像もしなかったような紛争が起こるかもしれない。それでも4年に1回はできる範囲で集まろうというのを基本理念にしないと続いていかないでしょう。

──今回、その死守すべき「4年に1回」がすでに崩れてしまっています。

刈屋 そこなんです。もし東京五輪を中止にするのだったら、今年3月の時点でそう決めるべきだったと私は思う。「コロナのせいで“4年に1回”が守れませんでした。今回は中止にします」ってね。でもあそこの時点で延期を決めたんだから、もうこれは絶対にやるべきですよ。今回の新型コロナウイルスは世界中に感染が拡大して大変な事態になっています。それゆえオリンピックに対しても世界中からいろんな意見が出てきている。そこでいろんな意見を聞いちゃったから、前に進めなくなったという面も少なからずあると思う。この非常事態の中、全世界が納得するような形でなんて開けるはずがない。

──国それぞれで事情が違うんだから当然でしょうね。

刈屋 それと日本は「1年延期したうえでやりますよ」と世界に公言しちゃっている以上、コロナ対策も1年かけてしっかりやる必要があるんです。だけど現状はどうかというと、「早く収まってくれないかなぁ」という感じで運任せのように見える。私は“4年に1回”が崩れたのはオリンピックにとって悪しき前例になる可能性があると思っているんです。「東京のときも延期したし、守る必要ないじゃん」という考えが出てくるんじゃないかと。

──東京五輪の開催が決定したのは7年前の話。その時点では国民の期待値もすごく高かったのは間違いありません。だけど、その後は「予想以上にカネがかかる」「エンブレムの盗作疑惑」「マラソンは北海道で開催」などゴタゴタが続きました。これに加えてコロナの問題もある中で熱狂できるかというと、かなり微妙だと思うのですが。

刈屋 私もまったく同じで、この7年間はガッカリしたことが非常に多かった。7年前、招致に成功したときは「これで日本のスポーツ文化も変わる。日本そのものも変わるかもしれない」とワクワクしたものです。ところがそれから2年も経たないうちに「すみません。やっぱりお金がないから前言撤回させてください」みたいな感じで計画を変更する事態になっていった。

当初は「都市型のコンパクトオリンピックを成功させることで、未来を見せる」とまで豪語していたのに。蓋を開けてみたら、どんどん計画は変更されていき、斬新なデザインだった新しい国立競技場も白紙撤回になった。経費削減するにしても削減の仕方がすごく雑で、たとえばボートやカヌーをやる海の森水上競技場は客席の半分が屋根なしということになった。観客の半分は屋根があるところで見ることができるけど、半分は炎天下の中で座らなくちゃいけない。

──「暑すぎる」「水質が悪い」など諸外国から非難の声も上がっていますが、これは日本側にも問題がある?

刈屋 もちろんです。だってプレゼンテーションでは「暑くない」と言っているんだから。「競技者にとっては最適な気候です」「暑さ対策は万全です」とか言っておきながら、実際は何もやっていないようなものですしね。ビーチバレーの会場なんて、実際は5分も座っていられないんじゃないですか。あれは鉄板の上に座らされているのと同じ。そんな調子だから、IOCだって日本の言うことを丸ごと信じるわけがない。「いつまで待っても効果的な暑さ対策しないじゃないか! もういい! マラソンは札幌に移す」というのが、マラソンの会場を北海道に移した真相でしょうね。

──それにしても予想外だったのはコロナの終息がなかなか見えないこと。来年、東京でやるにしても現状だとクラスター化の懸念が拭いきれません。

刈屋 もちろんあらゆる対策をするべきなんですけど、それでも無観客ではやるべきじゃないというのが私の考えです。先ほど「不完全な形であっても開催するべき」と言いましたが、観客は入れるべきです。それから観客数を減らすとしたら、若者を中心に会場へ入れてほしい。

──なぜですか?

刈屋 なんのためにオリンピックを開くのか? 話はそこにさかのぼるんです。開催国の経済発展、国民を元気にする効果、文化的な向上、人権問題の解消、そして究極的にはスポーツを通じた世界平和……オリンピックにはいろいろな側面があるでしょう。私自身としては、「若い人たちに世界の真剣勝負を見せる」。これが一番大きいと思っているんですよね。世界一をその場で決める空気感というのは特別で比類がない。世界中が注目する中でメダルを争うというのは本当にすごいことなんですよ。私はどうしても日本の若い世代にその空気を味わってほしいんです。近くでオリンピックが開かれることなんて、一生に一度あるかないかなんですから。

──私はテレビでしかオリンピックを見たことがないのですが、会場のナマ観戦とはそんなに違うものですか?

刈屋 全然違います! どう言えばいいんだろうなぁ……。空気が動いている様子が目で見えるくらい、その場に濃厚な空気が漂っているんです。すると、その空間でしか味わえない感情が込み上げてくるわけですよ。それは日本の若い世代の感性を覚醒させ、日本の未来を変えてくれるかもしれません。1964年の東京オリンピックでは首都高速道路や新幹線が作られたり、経済的にも高度成長を後押ししたり、たしかに様々なレガシーがありました。でも何よりも大きかったのは、日本の若者たちが世界最高峰のスポーツをナマで目撃したということ。当時、まだ20代だった川淵三郎さんのような若者たちが世界のプレーを見て感じた「日本でもこういうふうにサッカーを根づかせたい」という思いがJリーグ発足に繋がったんです。

──だけど今は国民の気分的にもコロナで沈んでしまい、スポーツどころではないという面があるのではないでしょうか。

刈屋 もちろん今はコロナを終息させることが人類にとって最優先。でも、だからといって他の話をしたらダメというのはおかしいと私は思う。たとえば今だとコロナ対策をしっかりしたうえでイベントを開こうとしても、それを非難する人たちがいますよね。コロナのことしか話題にしちゃいけないんだとしたら、戦時中と同じですよ。コロナが大変なのは事実だけど、「そんな中でもオリンピックをどうするのか?」という議論がもっとあってしかるべきだと思うんです。

──現実には「今、スポーツのことを話題にするなんて不謹慎」という空気すら漂っています。

刈屋 だけど人間の感情というのは、短期間でかなり変わりますから。東京オリンピックで素晴らしい勝負が展開されたら、一気に国民の気分が盛り上がることも予想できる。たしかにスポーツは生活があったうえで成り立つものです。ただし、生活を取り戻していく中でスポーツが力を与えるという面も同時にある。東日本大震災にしても阪神・淡路大震災にしても、プロ野球やJリーグの選手たちは「こんな非常時にスポーツなんかやっている場合か?」という葛藤があったと思います。でも結果的には、彼らのプレーによって「自分も頑張ろう」と鼓舞される人たちが大勢現れた。

 結局、アスリートというのは決してみんなが順風満帆というわけではないですから。そこにはケガもあるし挫折だってある。選手はそういう苦境の中から復活して、再生していくんです。アスリートがそういう姿を見せることによって、社会が活性化するところは確実にあるでしょう。挫折、敗北、絶望……そして折れかかったものの、決して折れずに前を向く精神。その姿こそが日本を勇気づけるんじゃないかと私は考えているんです。

──ここで大人たちが頑張る姿勢を見せることが、次世代へのレガシーになるかもしれません。

刈屋 阪神・淡路大震災にしても、東日本大震災にしても、苦境の中で「それでも頑張ろう!」と社会を復興させてきた。その様子を子供たちは確実に見ていますからね。コロナに対しても同じであってほしいじゃないですか。そういう意味でも来年のオリンピック開催は大きな意味を持つはずなんです。

──そう考えると、2021年に開催される東京五輪が大盛況で終わったら人々の記憶に深く刻まれる大会になるでしょうね。

刈屋 間違いなく歴史に残る大会になります。だから最後の最後までやれることは精一杯やるべきだし、早々と白旗を揚げている場合じゃない。4年に1回、世界トップクラスの力自慢や足の速い人たちが集まって競い合う場がオリンピックです。極限まで鍛え抜かれたアスリートたちがそれでもなお向上しようとする姿は、必ずや見る人の感情を揺さぶるものがあるでしょう。それは古代オリンピックの時代から変わらない本質だと思いますね。
苅屋富士雄
▽『今こそ栄光への架け橋を それでもオリンピックは素晴らしい!』
揺れ動く2020東京大会―。それでも見たい未来のために。五輪屈指の名言を生んだアナウンサー、初の著書。取材現場の裏話や名ゼリフ、実況秘話とともにオリンピックへの熱い思いを綴ったエッセイ!
著者:刈屋富士雄
発行元:海竜社