東京工業大学(東工大)は9月4日、SiC半導体で20年以上にわたって課題となっていた欠陥の数を従来比で1桁低減させ、約10倍の高性能化を実現する手法を開発したと発表した。

同成果は、京都大学大学院工学研究科の木本恒暢 教授、東工大科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の松下雄一郎 特任准教授(物質・情報卓越教育院)、同・小林拓真 博士研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、国際学術誌「Applied Physics Express」オンライン版に掲載された。

パワー半導体には従来、Si(シリコン)が用いられてきたが性能的に理論限界に達しつつあり、さらなる性能向上に向け、ワイドバンドギャップ半導体として、絶縁破壊や熱耐性に優れるSiCの活用に期待が集まっている。すでにSiCパワー半導体は、一部の電気自動車や鉄道車両などに搭載され、活用されるようになってきたが、それでも20年以上にわたって、SiCトランジスタの心臓部ともいえる酸化膜とSiCの境界部分(界面)に多くの欠陥(固体結晶において規則的な原子配列や化学結合を乱す不完全性)が存在してしまうといった課題を完全に解決できずにいた。

欠陥がないSiCデバイスであれば、Siデバイスの約500倍の性能を得られるはずという予測がなされているが、欠陥があるために、現在は約50倍程度の性能しか発揮できていないことから、さらなる欠陥低減を目指し、研究チームは課題解決に取り組んだという。

SiCは熱酸化させると表面に酸化膜(SiO2膜)が形成されるという性質があり、これがSiCの大きなメリットとされている。これまでは、この手法を用いて酸化膜とSiCの接合を形成し、SiCトランジスタが作製されてきた。しかし、この手法だと酸化膜/SiCの接合界面に多くの欠陥(シリコンの場合の100倍以上)ができてしまい、この界面欠陥がSiCトランジスタの性能を制限してしまうのだが、この界面欠陥がなぜできてしまうのかについては、よくわかっていなかった。

そこで研究チームは今回、まず松下特任准教授らのグループが第一原理計算を用いて、SiCの熱酸化時に界面に炭素原子に起因する欠陥が高密度に形成されてしまうことを調査。それを受けて木本教授らのグループが、「SiCを酸化しないでも良質の酸化膜を形成する」という一見すると矛盾している目標の実現に向けた研究を進め、その結果、欠陥低減に有効な手法を2点発見したとする。

SiCを酸化させずに良質の酸化膜を形成する方法としては、SiC表面にSi薄膜を堆積させ、これを低温で酸化させることでSi薄膜をSiO2膜に変換するという方法を考案。具体的には、Siの酸化開始温度約700℃、SiCの酸化開始温度約900℃という約200℃の温度差を利用し、適切な温度を用いることで、Si薄膜のSiO2膜化を実現したという。

さらに、高品質化についても、界面への窒素原子の導入法として、従来の一酸化窒素(NO)ガスでは、NOガス分子中の酸素原子がSiCを酸化させてしまい、欠陥を生み出してしまうことから、高温の窒素(N2)ガス雰囲気による熱処理法を考案。高品質な界面を実現したという。

今回考案された手法を用いることで、SiO2膜とSiCの間にある欠陥の数は従来手法比で1桁少なくなっていることを確認。具体的には、従来法では1300億分の1cm2ごとに1個の割合で欠陥が存在したが、今回の研究手法では120億分の1cm2ごとに1個の割合となり、欠陥の密度がより“粗”になったとしている。

  • SiC

    SiO2/SiC構造を形成する方法のイメージ。上が従来法で、下が今回の研究で開発された手法 (出所:東京工業大学Webサイト)

なお、今回開発された手法は、特殊な装置や特殊なガス・薬品などをまったく必要としないことも特徴のひとつで、半導体デバイスを扱う工場であれば、プロセスとして組み込みやすいことも大きなメリットだと研究チームでは説明している。また、今回開発された手法をSiCトランジスタに適用することで、トランジスタの高性能化、チップ面積縮小による低コスト化、信頼性の向上が図れるようになり、特に低コスト化が図れれば、Siパワーデバイスに対してコスト高という理由で採用を見送ってきたシステムでの採用も進むことが考えられるため、より一層の市場拡大、ならびにそれに伴う電力効率の向上、消費電力の削減による省エネなどが進むことが期待されるとしている。

  • SiCl

    SiO2/SiC界面欠陥の低減を示す実験データ (出所:東京工業大学Webサイト)