2020年8月31日。東京2020パラリンピックが予定通り開催されていれば、パワーリフティング会場で新たな伝説が生まれるはずだった。世界最強のパラリンピアンとして名高いイランのパワーリフティング選手、シアマンド・ラーマンの男子107㎏超級の試合が行われる予定だったからだ。

しかし、半年前の3月1日、ラーマンは心臓発作で亡くなった。パラリンピックでは2012年のロンドン大会、2016年のリオ大会の最重量級で金メダルを獲得。2017年には最も優秀な男性のアスリートに送られるパラリンピックスポーツ最優秀男子選手賞を受賞。32歳で迎えるはずだった東京パラリンピックでも金メダル候補だっただけでなく、自身の世界記録310㎏を超えられるかが注目されていた。そんな“パラスポーツ界のスーパースター”はどんな競技人生を歩んできたのか。来日した際に見せた素顔とともに振り返る。

来日時にバラを手にポーズを決めてくれたラーマン photo by X-1

最強チームと掴んだ栄光

先天性ポリオにより、幼いころから下肢に障がいがあったというラーマン。学生時代にボディビルのジムに通い、ベンチプレスの大会に出場したことがきっかけでパワーリフティングを始めた。

パラ・パワーリフティングの魅力について、2017年に来日した際、こう語っている。
「上半身のみで行うから、健常者のベンチプレスより難しいところが面白いんだよ」

キャリアのスタートは2008年。19歳で出場した「IWASジュニアワールドゲームス」で金メダルを獲得。その頃より、イランのパラリンピック委員会は、ラーマンの類まれな才能に注目し、「チーム・ラーマン」を結成。栄養士、マッサージ師、セラピスト、心理学者、医者、そしてコーチの計8人が特別なチームを組んでラーマンをバックアップした。イラン国内の強豪パワーリフターが集まる合宿でもラーマン専用のトレーニングルームを設けるほどの力の入れようだったという。

最強のパラリンピアンと言われたシアマンド・ラーマン(Siamand Rahman) photo by X-1

「初めての大会で120kgを上げて、そのときに『君なら強い選手になれるよ』と声をかけられた。それで、家にトレーニング器具を用意してもらい、トレーニングを始めたんだけど、基本的に練習プランはナショナルコーチが立ててくれる。イランには特別な練習方法があって、僕は言われた通りにやっているだけさ」

トレーニング方法は門外不出。体づくりも「合宿でいつもより少し多めにいろんなものを食べるくらいだよ」と多くを語らない。それでも、試技の際に恐ろしいほどの集中力を発揮しているその姿を見ると、強いメンタリティの持ち主だということがよくわかる。

「僕は楽天家だからメンタルトレーニングは必要ないんだけどね。心理のスタッフとは、周りの目を気にしないように集中しようとか、バーベルをただ挙げるのではなく、挙げている動作をイメージするように、といったことは言われていて、そういうイメージトレーニングはしている。リオでは世界記録を更新したけど、『いつもどおり』を心がけたことが功を奏したんだと思っているよ」

普段の練習は週3回。パラリンピックを見据えて4年計画で行う。パラリンピック前年は1年の半分を合宿に充てて、集中的にトレーニングを行っていたという。

金メダルを獲得したロンドンパラリンピックでの試技
photo by Getty Images Sport

そして迎えた2012年のロンドンパラリンピック。大会記録を更新する280㎏を挙上し、男子100㎏超級で金メダルを獲得。世界にその名を轟かせた。

「ロンドンパラリンピックのときは、金メダルを獲り、ドーピング検査があるんだけど、その後すぐ両親に電話をかけたことをよく覚えているよ。やはり、育ててくれた両親にはとても感謝しているからね」

その活躍を機に、イランの至宝と言われる国民的アスリートになったというラーマンは「ロンドンから帰国すると、空港から僕が住んでいる町の方になんと70kmもの渋滞ができていたんだ。あのときは、本当にびっくりしたよ」と驚きのエピソードも教えてくれた。

生前に語っていた東京パラリンピックへの思い

その後、2014年の世界選手権で285㎏、2015年のアジアオープン選手権で295kg、2016年のワールドカップで296kgを記録し、28歳で挑んだリオパラリンピックでは自身の世界記録を更新する310㎏を挙上。ラーマンは、2014年から2016年の3年間で世界記録を9度も更新。自らのパフォーマンスを通じて、人間の限界を超えようとするパラアスリートの力を表現し続けたのだ。

リオパラリンピックで金メダルを胸にするラーマン photo by Getty Images Sport

とりわけ、2016年9月のリオパラリンピックで残した「310」という記録は、ほぼ同条件で競技を行う健常者の記録を超えた人類最高の記録ということで各方面から称賛を浴びた。

ラーマン本人にとっても「世界最強」は誇れる称号だ。「(挑戦する)重さはコーチが決める。僕にとっては記録より金メダルを獲ることが大事」としつつも、「ケガしないように頑張り続け、東京パラリンピックでは320㎏以上を挙げたい」と話し、将来的には350㎏を目指していた。

世界記録を樹立し、ガッツポーズで喜びを表現!
photo by Getty Images Sport

さらに、2018年には、「東京パラリンピックが素晴らしい運営のもとで盛り上がることを心から願っているし、僕もいいパフォーマンスで金メダルを獲るよ」と語っていた。

ビッグなハートを持つパラリンピアン

「この競技のパイオニアでもあるラーマンは、母国イランはもちろんのこと、世界中の人々を魅了してきた。パラリンピックムーブメントの熱心な支持者であり、人間としても素晴らしい人物だった」

IPC(国際パラリンピック委員会)のアンドリュー・パーソンズ会長が、そう追悼文を寄せているように、170kgを超える巨体に似合わぬ愛くるしい笑顔で多くの人を虜にした。

ウインクで応えるチャーミングな一面を見せてくれた photo by X-1

2017年に夏休み子ども・親子向けイベントでパラサポを訪れた際には、「イランチームみんなで、金メダル獲れるよう練習しているから楽しみにしていてね」と話して、その大きなてのひらで子どもたちにイランチームのピンバッチを差し出し、記念撮影にも気さくに応じた。

2018年に福岡県北九州市で行われたアジア&オセアニアオープン出場時にも、ミックスゾーンでメディアにピンバッチを配って笑顔を振りまいていた。また女性から握手を求められると、少し困った顔を浮かべながらも応じていた。

2018年に北九州で行われたワールドパラパワーリフティングアジア&オセアニアオープン選手権では2位に40㎏以上の差をつけて優勝した

そんな優しい“世界一の力持ち”の死は多くの人に影を落とした。イランパラリンピック委員会は今もなお、SNSに写真を掲載するなどしてラーマンを偲んでいる。

――ベンチプレス台に横たわると、大きな音を響かせながら息を吸い込み、見るものを惹きつける。そして一瞬で集中力を研ぎ澄まし、とてつもないパワーを発揮する。ラーマンの圧巻のパフォーマンスはもう見られないが、パラリンピック史に語り継がれる大きなインパクトを残したのは間違いない。

text by Asuka Senaga
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