平山祐介

人生に影響を与えたテレビ番組を軸に、出演作品の話題からその人のパーソナルな部分にも迫るインタビュー連載「PERSON~人生を変えたテレビ番組」vol.9は、ドラマ『私の家政夫ナギサさん』(TBS系、毎週火曜22:00~)に出演中の平山祐介さんが登場します。

平山さんは、大学卒業後に一度は就職するも、退職してモデル活動を開始。1996年にパリ・コレに出演して以来、ジョルジオ・アルマーニ、プラダ、ドルチェ&ガッバーナといった名だたるブランドの海外コレクションを経験されました。2001年に、フランス映画『SAMOURAIS』で俳優デビューした後は日本で本格的に俳優活動を開始。『S‐最後の警官‐』『コウノドリ』(共にTBS系)といったドラマのほか、映画『るろうに剣心』『秘密 THE TOP SECRET』など数々の話題作で、独自の存在感を放ってきました。

モデルとして活躍する一方で、体を張った肉体派の役から落ち着いた上司役まで、作品に色を添える名バイプレイヤーとして存在感を発揮する平山さんに、俳優としての“これまでとこれから”を聞きました。

――テレビを見るのはお好きですか?

はい。特にバラエティ番組がものすごく好きです。中高生の頃に見ていた『さんまのまんま』と『鶴瓶上岡パペポTV』は本当に好きで、今でも実家にVHSを保存しています(笑)。ドラマだと、『必殺仕事人』が大好きでした。藤田まことさんがご存命の時に、一度出演することができたんですよ。悪役だったんですけど、斬られながらも内心「嬉しい」と思っていました(笑)。

あとは、スポーツ関係の番組もかなり見ます。僕はアスリートに対して尊敬の念があって。「一発本番」という緊張感の中で戦っている姿に魅入られます。

――今、ハマっているテレビ番組はありますか?

『ワイドナショー』は、必ず録画して見ます(笑)。あとは『ゲーム・オブ・スローンズ』かな。ああいうドラマが好きなんですよね。

――では、今のご自身を形成するような、影響を受けた番組はありますか?

10代の頃から中井貴一さんの大ファンです。昔、葬儀屋を舞台にした『グッドモーニング』という、笑いあり、涙ありのドラマがあったんです。泣かせることもそうですけど、僕は人を笑わせるって、難しいことだと思っていて。10代の頃に「中井貴一っておもしろいなぁ」と思ってから、中井さんの作品はずっと追い続けていますし、憧れの存在です。

――「影響を受けた方」についてもお聞きしたいのですが、やはり中井貴一さんでしょうか?

そうですね。『ワイルド7』という映画で共演させていただいた時に、「尊敬してます」とお伝えしました。実際にお会いしても魅力的な方でした。ぜひまたご一緒したいです。

共演後、たまたま友人から中井さんの本(2004年出版の『日記― 「ヘブン・アンド・アース」中国滞在録』)をもらったんですけど、そこに書かれていたことにも役者としてすごく共感させられました。中井さんは役を演じる時、「この人は、本当はどう生きたかったんだろうかを考える」と。人間って、生きたいようには生きられないものじゃないですか。だから、脚本に書かれた結果や現象だけを読んで「こういう人だ」と思うだけでは、浅かったんだと気づかされました。これから俳優を始める人にもおすすめしたい、すごく身になった本ですね。

――平山さんはモデルからキャリアをスタートしていますが、俳優になるきっかけは何だったんですか?

もともとサラリーマンを2年やってからモデルを始めたのですが、当時から俳優に興味はあったんです。ただ、どう始めて良いかわからないし、モデルとして海外に行きたいという気持ちが強かったので、そこから始めました。ヨーロッパやアメリカ、日本を巡る中で、たまたまパリにいる時にフランス映画の話をいただいたのが、芝居の現場に入るきっかけ。その後日本に帰ってきて、本格的に俳優を始めることになりました。

――平山さんにとって、転機になった作品はありますか?

いろいろあるんですけど、40歳になる年に出演した『ワイルド7』ですかね。当時は「本当にこの仕事でやっていけるのか」と悩んでいて、転職も考えていたんです。この作品の監督が、ずっとお世話になっている羽住英一郎さんだったということもあって、「この作品で何かつかめなかったら、役者を辞めよう」と思っていました。自分の将来を占うようなつもりで現場に臨んだので、ひとつの転機になった作品ではありますね。

――そこで続けようと思えた理由は何だったのでしょうか?

「充実」の日々でした。この世界で生きていかなきゃと思えたんです。僕は撮影が終わっても、すぐには切り替えられなくて「あれでよかったのか」「もっとできたんじゃないか」とつい反省してしまいます。でも、撮影期間中に監督と話す機会があって、「俳優の仕事は、パリッとノリのきいた乾いたシャツを着られると思うな。“良い仕事した!”と思えることなんて、一生ねえよ。濡れて湿ったシャツを着ながらやっていくもんだ」と言われて、あぁ、そういうものなのかって。

しかも監督が「俺もそうだよ」って言うんです。「俳優の120%のパフォーマンスを見られた時にOKを出すけど、それでも後々ジメジメ考えちゃう」こともある。俳優の先輩方と話していても、そう感じている方が少なくなく、ずっと葛藤しながら生きていくものなんだ、と思ったんですよね。そこで、足元が固まった感じがしました。

――ちなみに、過去に一番グチグチしてしまった作品を聞いても良いですか?

一番キツかったのは、30代半ばでやった『RESCUE〜特別高度救助隊』。役に対する僕の考えと監督の思いに誤差があったんですけど、僕にはそれをリカバーする力がなかったので、ある日セリフが全然出てこなくなっちゃって。アスリートで言うところのイップスみたいなものだと思うんですけど、毎日毎日、何テイク重ねたかわからないし、帰りの電車は「また明日もあるのか……」って。辞めようという気持ちにはならなかったけど、だいぶグチグチしましたね(笑)。

でも、その経験があるから今までやれているとも思っています。その作品で、上司役をされていた山下真司さんが「お前がNGを連発するのは、不真面目だからじゃないことはわかってる。ただ、どんな理由があるにせよ、セリフだけは出るように準備してこないとダメだぞ」と言ってくださって。それまで僕は覚えがいい方だと、かつ、セリフでも覚えられるほうだと勝手に思っていたんです。でも、演出とぶつかって複雑な気持ちになっても尚、セリフが出てくるほどの準備はしてなかった。あの時、山下さんにそう言っていただけたことは、今でもありがたいと思っています。

――キャリアを重ねる中で“俳優としてこうありたい”という思いに変化はありますか?

変わっていくというよりも、なくなっていくんじゃないかな。これまでは警察官や医者の役が多かったので、恋愛モノとかもやりたいんですよ(笑)。そういう意味での目標や願望はありますが、結局、オファーをいただける作品を自分なりに必死にやって積み重ねていくしかなくて。自分が思う“俳優としてこうありたい”ことはないですね。

――“こうありたい”ということではなく、求められて成立する世界だと。

だから、より柔軟にいられたらなと思います。

――では、俳優としての信念や軸はありますか?

やっぱり柔軟であること。たとえば、何十回、何百回と台本を読んで、こういう役だろうと思って現場に行っても、「違う。こういう風にしてください」と言われることもあるんですよ。「え? この人こんなことするかなぁ」とか思うんですけど、やってみたら意外とすんなりいったりして(笑)。自分ひとりの考えなんて高が知れているので、自分だけで固めないようにと思っています。

仕事に関してもそうですね。僕は、オファーをいただいた時に「こういう役はやりたくない」と言ったことがないんです。なんでもやってみないとわからないし、新しい発見や経験にもなりますから、それをお断りしたらもったいないですよね。恋愛モノやコメディもやりたいですし、気持ちだけでも、なんでもやれるスタンスでいたいと思っています。

――平山さんが、今だから思う“俳優のおもしろさ”を教えてください。

わからないところじゃないですか? 役者って、難しいですもん。年齢的にはベテランと言われるところに来ていると思うけど、芝居に納得したことは一度もないですよ。その達成感みたいなものが味わえないことが悔しくて、やり続けているのかもしれないですね。

――正直、辛くないですか?

辛いです(笑)。でも、それがおもしろいんですよね。たとえば役に成りきれている時って、セリフが飛ぶことはほとんどないんです。でも、どこかに平山祐介が残っていると、結構失敗するんですよ。もちろん、ダメな時はおもしろくないけど(笑)、ふと、「役としてその現場に立ててたな」と感じられる瞬間を待っているのかもしれません。

――今年で50歳を迎えますが、40代を振り返っていかがですか?

30代の空回りしていた時期に比べたら、まあまあ悪くなかったと思います。現状には全く満足していないですけど、ようやく「これから自分が思っているところに行けるかも?」と、一段、階段を上れたような気はしています。

――では、50代はどんな年にしたいですか?

50代は、ノロノロしていたくないですね。一段飛ばしくらいでいきたいです(笑)。見ている方におもしろいと思っていただける仕事をしていけたらと思っています。

(取材:勝浦阿津希)