東北大学、北海道大学、産業技術総合研究所、東京大学の4者は8月7日、共同で高圧下の氷の表面に、高密度かつ通常の水とは異なる構造を持ち、通常の水とは混ざり合わない、これまで知られていなかった水を発見したと発表した。

同成果は、東北大学金属材料研究所の新家寛正 助教および同・宇田聡 教授、同・岡田純平 准教授、同・野澤純 助教、北海道大学低温科学研究所の木村勇気 准教授、同・山崎智也 日本学術振興会特別研究員、同・香内晃 教授、産業技術総合研究所環境創生研究部門の灘浩樹 主任研究員、東京大学大学院総合文化研究科先進科学研究機構/同研究科広域科学専攻の羽馬哲也 准教授らを中心とする共同研究チームによるもの。詳細は、米国の化学誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」(オンライン)に掲載された。

水は水道の蛇口をひねれば出てくる身近なものだが、生命現象を含めて数多くの自然現象に関わり、未だに解明されていない部分を有するミステリアスな物質だ。中でも研究が進んでいないのが、水と氷の界面に関する研究だという。そこで共同研究チームは今回研究対象として、「氷III」と呼ばれる高圧氷を選択。氷IIIは、-20℃・248MPaという低温高圧環境下で生成される、通常の氷(氷Ih)とは結晶構造の異なる氷の多形の一種。通常の氷の結晶構造が六角柱状の格子を基本構造とするのに対し、氷IIIは立方体を基本構造としている。今回の実験では、その氷IIIが、水の加圧・減圧によって誘起される成長・融解の過程が観察された。

その結果、加圧により成長する氷IIIと水の界面には、周囲の水とは異なる流動性を持った液体の膜が形成されることが判明。また減圧により融解する氷の界面にも、周囲の水とは異なる微小な液滴が形成されることが確認された。これは、水と氷IIIの界面に、これまで知られていなかった新しい水が存在する可能性を示唆するものだという。

さらに研究が進められると、加圧時に氷IIIと水の界面に形成される膜上の水は、所々に穴が開いており、氷の成長とともに揺らぐことが判明。そして融解時の氷の表面に形成された微小な液滴は、出現後活発に氷表面を動き回り、明確な流動性が示されたとした。これらの新しい水は、氷表面上の液滴の濡れ角から、周囲の水と比較して高密度の可能性があり、分子動力学法によるコンピューターシミュレーションによれば、新しい水は氷IIIに近い構造を採ることも示唆されるという。

そして新しい水は、加圧による氷の成長時に均質な液膜として存在するが、加圧をやめると不均質化し、迷路のような形態を示すことも確かめられた。この迷路のような模様は「両連続的パターン」といい、本来は互いに混ざり合わない2種類の流体同士が、何らかの条件により混ざり合った状態から分かれる際に一般的に見られるパターンだ。つまり、このことは新しい水は通常の水と混ざり合わないことを示しており、それは新しい水と通常の水は構造が異なることが示されるという。

これまで水と氷の界面では、水の構造がナノメートルスケールの厚みで氷から水へと連続的に変化するということが通説とされてきた。しかし今回の研究により、氷表面には通常の水に対し、明確な界面を形成する高密度の液体がマイクロメートルスケールの厚みで存在し、新たな水と氷の界面の描像が明らかとなったことから、通説を覆す形となった。

さらに共同研究チームは、25℃、954MPaという常温高圧条件で、底面が正方形の直方体を基本構造として結晶化する「氷IV」と水の界面についても観察を実施。すると、氷IVと水の界面にも高密度な新しい水が生成されることが確かめられたのである。

水の特異的な物性を説明するため、通常の水とは異なる構造の水が存在するという説は、古くから科学界で議論されてきた。しかし、その決定的な証拠となる2種類の水に分かれる様子の直接観察がなされてこなかったことから、結論は出ていなかった。それが今回、直接観察に成功したことから、閉塞状態にあった構造の異なる水の実験的研究に新たな道を示したと共同研究チームはいう。今回で水の物性の謎がすべて解明されたわけではないが、その解明に貢献できるだろうとした。

また、水からの氷の成長は融液からの結晶成長であることから、今回の成果は融液からの機能性材料形成の素過程解明にも役立つという。さらには、太陽系の地球以外の天体内部に存在する氷は高圧状態で形成することから、今回の発見は天体の形成過程の解明にも貢献できるとしている。

  • 氷III

    水/氷III界面に形成された新しい水の偏光顕微鏡画像。(A)i~viは加圧・減圧により水中で成長・融解する氷IIIの結晶。(B)氷IIIの拡大画像。aとbは(A-iii)の枠a、(A-iV)の枠b、(A-vi)のdの近傍の拡大図。(C)観察された新しい水の形状の模式図。図中の青および赤の四角で示された模式図は、それぞれ(B)中の青枠(a)、赤枠(bとd)に対応している (出所:東北大学プレスリリース)