海洋研究開発機構などの研究グループは7日、2019年8~9月に南極上空で起きた「成層圏突然昇温」の影響で、東南アジアの対流活動が活発になっていたことをコンピューターシミュレーションで明らかにした、と発表した。特に対流活動が顕著なのはフィリピン海や南シナ海など日本の南海上であり、日本列島を襲う台風の発生予測などに役立つ可能性があるという。

成層圏突然昇温は冬季に極を取り巻く大気の大きな流れが乱れることで、極域上空の温度が急激に上昇する現象だ。去年は南極で50度以上の昇温が観測されたが、このように大規模な突然昇温が南極で起きたことは非常に珍しい。成層圏の現象と対流圏の現象は互いに影響し合っているが、成層圏から対流圏への影響が知られるようになったのは最近のことで、その因果関係を証明するのが難しかったという。

研究グループは初期値をわずかに変えて多数のシミュレーションをする「アンサンブル予測」を工夫することで、成層圏突然昇温の影響を確かめた。通常のアンサンブル予測ではこの突然昇温が起こることを8月上旬のタイミングで完全に予見するのが難しかった点に着目し、成層圏の状態を随時修正しながら予測を進めて実測値に近い昇温を再現したアンサンブル予測を追加で実施した。

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    中部成層圏の南極域の温度推移。黒い太線が実際で、8月下旬から急上昇した。8月10日(縦点線)から51通りの予測をすると、通常の予測(緑線)は大きく外れたが、シミュレーションを随時修正する(紫線)と実際に近くなった。緑と紫の太線は平均(海洋機構提供)

修正を加えた予測と通常の予測の対流圏熱帯域の様子を比較することで、突然昇温の影響を浮き彫りにできたという。突然昇温の影響がある場合は、ない場合より東南アジアで対流の活発化に伴って、降水量が増えたことが分かった。

熱帯域独自の変動と、成層圏突然昇温による変動を区別することは従来難しく、影響の度合いは不明だった。今回のシミュレーションで南極と熱帯域が上空で結びついていることが分かり、台風発生などに関わる季節予報の精度向上に役立つとみられる。

去年の秋は9月に台風15号、10月に同19号が日本列島を直撃し、甚大な被害をもたらした。海洋機構の野口峻佑ポストドクトラル研究員は「遠く離れた南極における成層圏突然昇温と活発な台風発生環境は無関係ではないかもしれない」と話している。

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    成層圏突然昇温の再現で生じた対流活動に伴う降水量の差の水平分布。9月16~30日の平均。深緑色は降水量の増加、焦茶色は減少。四角枠は昇温の影響が特に大きい領域。この領域で対流活動が活発化し、積雲対流に伴う降水量も増えたことが分かる(海洋機構提供)

昨年の成層圏突然昇温は、南極のオゾンホールの面積を大幅に減らすのにも寄与した。南極の初春には毎年、上空の極低温でオゾンが壊れることによりオゾンホールが発生する。昨年は突然昇温でオゾンが壊れにくくなり、1985年以降で最も少ない面積を記録した。

南極の成層圏突然昇温は、昨年9月からオーストラリアで多発した山火事など、南半球の異常気象にも関与があるとの指摘もあるという。

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    オゾンホール面積の年最大値の推移(赤い点と線)。1979年以降の年最大値の経年変化で、緑色の破線は南極大陸の面積を示す。2019年はオゾンホールが最初に報告された1985年以降最小値になった(NASAのデータなどをもとに気象庁が作成、提供)

昨年の様々な異常気象に関与していた成層圏突然昇温の予測精度を高める恩恵は大きい。ただ、台風発生の予測精度の向上にはまだ直結しない。予測モデルは完全ではなく、特に雲が関わる過程には依然として不確かさが伴うからだ。予測の精度を高めるには不確かさを減らすことが課題という。

研究グループは海洋機構のほか、気象庁の気象研究所と気象大学校で構成。論文は7日、米国の地球物理学誌「ジオフィジカル・リサーチ・レターズ」(電子版)に掲載された。

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