ザ・フーが絶頂期を迎えた1970年、ワイト島フェスでの伝説的ステージを振り返る

1970年の第3回ワイト島フェスティバルで、圧倒的なステージを繰り広げたザ・フー。当時の彼らはライブバンドとしての絶頂期を迎えていた。

50年前の8月、60万人もの音楽ファンがイギリスのワイト島に渡り、ロック史上最大のフェスティバルを目撃した。そこにはウッドストックにも出演したザ・フー、ジミ・ヘンドリックス、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、リッチー・ヘブンス、テン・イヤーズ・アフター、ジョン・セバスチャン、メラニー、ジョーン・バエズのほか、マイルス・デイヴィス、ドアーズ、レナード・コーエン、ジョニ・ミッチェル、シカゴ、ELP、フリー、ムーディー・ブルース、プロコル・ハルム、タイニー・ティム、その他多くのミュージシャンが参加した。

(同フェスでは)マレー・ラーナー監督のドキュメンタリー映画『ワイト島1970~輝かしきロックの残像~』(原題:Message to Love)のために、プロのカメラクルーが一部始終を撮影していた。これがジミ・ヘンドリックスのイギリスにおける最後の公演となり、ドアーズがジム・モリソンとアメリカ以外の国で行った最後のコンサートとなったことを考えると非常に幸運だった。ヘンドリックスはそこから1カ月もしないうちに亡くなり、翌年の7月にはモリソンも続いている。

このフェスのハイライトは数え切れないほどあるが、わずか半年前にリーズ大学で歴史的セットを披露したザ・フーは、絶対的なピークを迎えていた。リーズ大学での演奏は撮影されていないが、ワイト島での映像を見れば、その時期のザ・フーのライブがどのようなものであったかを確かめることができるだろう。

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リーズ大学やその年のすべてのショーと同様に、彼らはジョン・エントウィッスルの「ヘヴン・アンド・ヘル」でオープニングを飾った。(彼らの出番は)午前2時だったため、オーディエンスは一日中音楽を浴びたあとで疲れ果てていたが、この曲の衝撃によってエネルギーを注入された。マレー・ラーナーのカメラクルーは、その瞬間の興奮を見事に捉えている。

週末の観客数はギネスブックに登録されるほど大規模なものだったが、正確な人数はロック研究家の間で大きな論争の的となっている。多くの人々がワイト島の数字が大幅に誇張されており、ウッドストックは実際にはもっと多くの人を集めたのではないかと考えている。真実がどうであれ、このフェスはワイト島の住民にとっては頭痛の種となり、以降32年間もコンサートを禁止するほどだった。

近年、ワイト島はヨーロッパの夏フェス・シーズンにおける最大級のイベントとして返り咲いている。ザ・フーは2004年と2016年にカムバックを果たした。2020年版はライオネル・リッチー、ハッピー・マンデイズ、スノー・パトロール、ケミカル・ブラザーズ、デュラン・デュラン、Dido、リバティーンズなどを迎えて6月に開催される予定だったが、パンデミックの影響で中止を余儀なくされた。主催者側はその時点でフェス開催が可能であることを前提に、来年の夏にほぼ同じラインナップで再挑戦するつもりだという。そこで何が起こっても、規模感で1970年のものを超えることは不可能だろう。あれはほとんどすべての点で、イギリスのウッドストックだった(1969年版もかなり壮大なものだったが、それはまた別の話)。

From Rolling Stone US.