フランスらしい「モビレット」プジョー102を楽しむ

ヴァンセンヌ旧車クラブのメンバーのテリーさんのコレクションを撮影しに行った時、いただいてしまったモビレット、プジョー102。自転車にエンジンを積んだフランスで当時一般的だったものだ。このモデルは1968年の102MシリーズSLというモデル。

前後にサスのついたワンランク上のモデルのようだ。ペダルが自転車のように左右が段違いで漕ぐことが出来る。そのため、自転車のように使ったり、時にエンジンで走ったり…と思っていたのだが実はそうではない。ペダルで漕ごうとするとクランクに繋がっているのでピストンと連動させながら漕がなくてはならず、現実的に走れるわけではない。あくまでもエンジンをスタートさせるためのスターターというもので、本当にトラブルがあったときにとりあえずペダルを漕げば走らせることも出来る程度。この当時、今のスクーターのように一般に浸透したがヘルメット着用の義務づけが行われて、一気に衰退していったのである。


撮影をしていると中年以上の人たちの反応がおおい。懐かしんで足を止めて眺めながら微笑みを投げかけられる。とおもうとその横を当時を知らない若い世代が普通の足に使っているのが通り過ぎていく。ヴィンテージブームもありまた、とにかく安いので人気が出てきているようだ。

まったく知識のない状態で手元にやって来たプジョー102。名義変更を済ませ、保険も登録した。ガソリンに2スト用のオイルを混ぜてタンクに注入する。始動にはハンドルにあるレバーを操作する。一般的なスクーターのようにブレーキレバーがある。右グリップがアクセルだ。そのほかに左右それぞれ小さなレバーがある。右側がデコンプレバーで左がチョークだ。始動させるにはスタンドを立ててリアタイヤを浮かした状態でおこなう。マニュアル通りおこなうのであれば跨がらず、左側に立ち、左のペダルを一番上まで上げてデコンプレバーを握る勢いをつけてペダルを踏み下ろす。踏み下ろすとほぼ同時に、デコンプレバーを離すとエンジンが始動する。あっけなく始動する。煙も少なく、音もそれほどではない。バッテリーもキーもない。後は跨がってアクセルを絞っていけば走り出す。変速機もない。ライトとテールランプはあるがウィンカーはない。バッテリーも積んでない。


メーターはヴェリア。走行距離は1500kmほど。慣らしがようやく終わった程度なのだ。


49cc 2ストロークエンジンは5000rpmで最高速は50km/hほどだ。今のスクーターなんかよりもよっぽど静かなのは驚く。
 
最初の頃は、少し走ると始動しなくなるという症状が出ていたのでガソリンチューブにフィルターを着け、キャブを洗浄。そして電気系ではプラグとコンデンサーを新品に交換した。専門店がありパーツも豊富にストック、あるいは新しく製造している。何よりも安い。こういったパーツはみんな数百円だ。ようやく安心して走れるようになったので、僕の住むサン・ジェルマン・アン・レイを走ってみた。この街はパリの西に位置してヴェルサイユ宮殿が出来るまではフランスの王家のが住んでいた街である。

ヴェルサイユ宮殿を作ったルイ14世もここで生まれた城下町だ。走ったといっても僕じゃなく娘。フランスは14歳で50ccの免許が取得できる。半日コースを2回、つまり1日教習を受けると免許が取得できる。試験はない。さっと、学科を終わらすと、教習所内をスクーターで走り、午後からは教習所からヴェルサイユ宮殿まで無線機をつけさせられて公道を走る。教官は車で後ろから指導。早々に路上教習開始なのだ。教習が終了するといわゆる免許センターのホームページで申請し、必要書類をPDFでおくると3週間後に免許が送られてくるという仕組みのようだ。もちろん本当に乗るときは長袖にジャケットで乗るが今回は撮影のために、また今日はこの夏最高の38度を予想する夏日もあって半袖半ズボンでマルシェやお気に入りのチーズ屋さん、そしてお城などで撮影した。


毎週日曜、火曜、金曜がこの街のマルシェ。
 
走行シーンも撮ろうといったん自宅に帰ったところからエンジンがかからなくなった。エンジンが暖まるとかからない症状は完治していない。こうなるとコイルだな…8月30日には”パリ横断”に参加するために、これをいただいたテリーさんから”エントリーしておいたよ”ということなので何とか修理して走りきれるようなコンディションにしたいところだ。それでもこのモビレットは非常に単純な構造なので分解していても分かりやすい。


この街で一番古いフロマージェリー(チーズ屋さん)。

旧車のレストアにはちょうどいい教材にもなるのでは?娘はそのレストアに付き合いながらその構造も学んでくれている。パリ横断に向けて、そして気軽にクロワッサンを買いに出かけるように調整を進めることにしよう。