日本のワインの評価が海外でも高くなっている昨今、サミットの乾杯酒での採用や、飛行機のファーストクラスでの提供など注目を集めているのは、栃木県にあるココ・ファーム・ワイナリー。葡萄(ぶどう)やワインの生産に携わっているのは「こころみ学園」という施設。どのようにして高品質なワインを生み出すに至ったのか、ワイナリーの取締役・池上峻さんにお話を伺った。

サミットで各国首脳の喉を潤した高品質ワインの基礎を作ったのは、ひとりの中学教師だった

手頃な価格で日常的に飲める赤白ワインから、サミットで飲まれたワイン、JALやANAの国際線で使用されるワイン、そしてシャンパン製法で作られたプレミアムなスパークリングワインまで、バラエティ豊かなラインナップが並ぶ

今、日本のワインが海外でも高い評価を受けつつあるが、それよりはるか20年前、ある雑誌の特集で一躍注目を集めたワインがある。「実力派若手ソムリエがブラインドテイスティングで選んだ『21世紀に残したい日本のワイン』」という特集で、2部門で2位の評価を獲得したココ・ファーム・ワイナリーのワインがそれだ。その後、世界的に有名なソムリエ・田崎真也氏の後押しもあって、2000年の九州・沖縄サミット、2008年の北海道洞爺湖サミットの晩餐会で各国首脳の喉を潤すことになった。

このワイナリーのワインに付された、「月を待つ」「陽はまた昇る」「風のルージュ」などという印象的なネーミングから受けるイメージの広がり。口に含むと、上品な香りの中にところどころやんちゃな野性味を感じることもある。それは、野生酵母、野生乳酸菌を活かしているというワイン造りのせいだろうか。いや、それはむしろ、このワイナリーの創業の経緯に秘密が隠されていそうだ。

「今から62年前の昭和33年。創業者の川田昇が戦争から帰ってきて中学校の教師を務める傍ら、傾斜の急な山の土地を買い、開墾を始めたのが葡萄づくりの始まりです」と語るのは、その川田氏の孫で現在このワイナリーの取締役を務める池上峻氏。

きっかけは、川田氏が授業についていけず教室の隅で小さくなっている知的障がいのある子どもたちの姿を目にしたことだった。今でこそ、「特別支援学級」が作られ、障がいのある生徒が支援を受けながら学ぶことができるシステムがあるが、当時はそのようなものはなかった。この子たちに居場所をつくってやりたいと川田氏が思いついたのが、山を開墾して葡萄を植えることだったのだという。

「川田は、農家の出身だったため、農作業のもたらす効果を知っていました。ただ、教師の安月給では平坦な地は高くて買えず、農業には不向きな急斜面の土地しか手に入らなかったんですが、結果的にはそれがよかった。急斜面だから水はけがよく、南西向きで日当たりもよかったので、葡萄を植えてみたら平らなところより、よい葡萄が育ったんだそうです」

山の急斜面を利用した葡萄畑には、マスカット・ベイリーA、リースリング・リオン、ノートン、プティ・マンサンなど、さまざまな品種の葡萄が栽培されている

川田氏は、教室の片隅で所在なげに過ごしていた知的な遅れのある生徒たちを連れて山に行き、約2年かけて不要な木を切り倒し、根っこを掘り起こし、山の下半分を葡萄畑にした。しかし変化は、その山の様子だけではない。子どもたちにも大きな変化が見られたのだという。

「まず、目が輝き出したのだそうです。教室から離れて遠足気分で、歌ったり踊り出したりする子どもたちのそばで川田が木を切り倒すと、大きな音がするんですね。すると子どもたちは拍手喝采。『先生、俺もやってみたい』と言って、みんな見よう見まねで手伝い始める。『最初は赤ちゃんのようだった彼らの手のひらが、みるみるうちにたくましくしっかりした農夫の手になっていった』と、祖父は自慢げに語っていました」

変化は、子どもたちの体だけではない。精神面でも大きな変化があらわれた。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、外出自粛を経験した今の私たちならわかるかもしれない。障がいがあるからといって、家の中でかくまわれるように暮らしていた彼らは、ストレスを発散する方法がわからず、物や家族に当たりちらしたりすることも多かったらしいが、農作業に携わることによって精神的に安定するようになったと、多くの家族が喜んでくださったのだそうだ。

「川田は、4つの我慢が大事だとよく言っていました。足利市は日本一暑いと言われる熊谷や館林とも近く、夏場は畑の中では余裕で40℃を超えるほどで、“暑い我慢”。一方冬になれば、山あいの谷風が吹きつけて”寒い我慢”。お腹がすいたからといって目の前の葡萄を食べてしまってはいけないので”お腹がすいた我慢”。そして、眠くなってうとうとしたら、急斜面を転がり落ちてしまうので“眠い我慢”。この我慢ができてこそ、一人前ということでした」

この4つの我慢を乗り越えて園舎に帰れば温かいお風呂があり、美味しい食事が食卓に並ぶ。体は疲れているので深い眠りにつくことができる。確かに、そんな生活を続けることができれば、精神的にも充足感を得られることができるだろう。

“同情”で買ってもらうワインだけでは長続きしない。“高品質”を目指すことで持続可能に。

葡萄の収穫はお盆過ぎから11月上旬まで続く。ひと房ひと房、丁寧に摘み取り、果粒を手で丁寧に選ぶ作業もこの学園ならでは

最初は10人程度で始めた山の開墾は、預けられる子どもの人数が次第に多くなった。法人化した方がいいという周囲のアドバイスもあり、知的障がい者支援施設「こころみ学園」が昭和44年に誕生した。

当初、生食用として栽培していた葡萄は、市場で売ってお金に換えていたのだが、時代の影響もあって売れ行きが徐々に悪くなっていく。形が悪い物は買い叩かれたり、市場での価格競争に負けたりして、収支が追いつかなくなってしまったのだという。

「そこで、葡萄の形が悪くても使える、また短期間で売り切らなくてもいいワイン造りを思いついたのには、祖父がお酒が好きだった、ということがあります(笑)。といっても、これにはわけがあって、子どもの頃から家業の農家を手伝っていた川田をおじいさんがほめてくれ、ごほうびにと晩酌のお酒をおちょこに1杯ついでくれたそうです。それがおいしくて酒飲みになったんだと笑っていましたが、大好きな人に認められて、一人前の大人扱いをしてもらったことがよっぽど嬉しかったんでしょう。それは学園の園生たちの思いにもつながりますが、その思い出がワインにつながったのは自然なことだったんだろうと思います」

そうして思いついたワイン造りへの取り組みだったが、ことはそう簡単にはいかなかった。まず、税金から援助を受けている社会福祉法人の中では、ワインを造って酒税を納めるのは前例がないと、ワイン造りの許可が下りなかったのだそうだ。そこで川田氏は私財を投じ、園生の親たちにも出資を募り、ワイン造りを行う「有限会社ココ・ファーム・ワイナリー」を立ち上げた。こころみ学園の園生たちが作った葡萄をこのワイナリーが買い上げてワインを造る。良い循環が生まれることになった。

ワイナリー内にはワインやワインに合う美味しいもの、ワイングラスなどが買えるショップ、食事が楽しめるカフェなどが併設されている

「ワイン造りに関しては有限会社を立ち上げて、結果的にはよかったんです。社会福祉法人のままではいろいろ制約もありますが、ワイナリーの方は会社法人なので、本気でワイン造りに取り組むことができます。川田がいつも言っていたのは、同情で買ってもらうものだけは造らないようにしようということでした。障がいがある人は可哀想だからという発想で買ってもらっても、味や質がそこに伴っていなかったら、一度きりになってしまう。そうじゃなくて、美味しいからとリピートしてくれるお客さんがいれば、園生は誇らしい思いができる。良い物をつくるということ、それを目指して行きなさいと私もよく言われました」

葡萄がなりたいワインを造る? 野生酵母が生み出す極上の味とは

ワインショップ前のベランダには、ノートン種の葡萄が植えられている

お酒が好きだったという川田氏だが、ワイン造りに精通していたわけではない。だから、同情ではなく、心から美味しいと言ってもらえるワインを造るためには、専門家の助けが必要だった。そこでワインの有名な生産地・カリフォルニアから醸造コンサルタントを迎える。

「彼はブルース・ガットラヴという名で、最初、半年契約の予定で日本にやってきたんです。彼は来日当初、言葉が通じずなかなかみんなとコミュニケーションが取れない自分は、ここにいる人たちと同じ障がい者だと思ったのだそうです。でも、学園の園生たちの中には、そもそも言葉が満足に話せない人もいますから、ブルースが何語を話そうと関係ありません。手を引いて食事やお風呂に連れて行ったり、それこそ“同じ釜の飯を食う”ことで、お互いに親近感、信頼感を高めていきました。そして、ブルースは自分に親身になってくれた園生たちを置いて帰ることができなくなったのだそうで、半年の契約が1年になり2年になり、とうとうもう30年以上日本にいます。日本人女性と結婚もして、今は北海道でワインを造っています。彼が日本のワイン造りに与えた影響はかなり大きいという人も大勢いらっしゃるんです」

そんな実力派醸造家の助力もあって、どんどんと品質を上げていったこのワイナリーのワインには大きな特徴がある。それは野生酵母を中心に使っているということ。ワイン造りには、葡萄を酵母の働きでアルコールと熱、二酸化炭素に分解するという過程がある。この酵母が野生のものだというのだが……。

「野生酵母とは、簡単に言えば何もしないということなんです。ワインの醸造場には、その周辺の森や生き物由来の酵母をはじめとする微生物がいて、それがワイン造りに大きな役目を果たします。でも、そういったいわゆる“蔵付き酵母”というものはデリケートで環境に左右されるので、通常は人工的に培養した、いわばエリートの乾燥酵母を使うのですが、うちではあえて野生のものにこだわっています」

樽の中で醗酵が進んで行くにつれ、醗酵時に発生するガスが浮かび上がる

野生や自然そのままと聞くと、なにやらいかにも良さそうな感じがするが、安定的に高品質なワインを造りたいならどうして乾燥酵母を使わないのだろうかと、以前の池上さんは疑問に思っていたのだという。そして、あるときワイナリーの醸造部長に疑問をぶつけてみたのだそうだ。

「野生酵母は、学園の園生たちにそっくりだと思わないか?と言われました。仕込みを始めると、すぐに働き出す元気な酵母もいる一方で、すぐに休んでしまったり、他の酵母が働きを終える頃にやっと発酵を始める酵母がいたり。確かに、園生にそっくりなんですね。決してエリートではないけれども、いろいろな個性がある。それらの個性を活かしながら、人間はそれを見守り、どこまでも葡萄がなりたいようにしてあげる。さまざまな個性の葡萄が畑で、樽の中、瓶の中で重なり合ったり、補い合ったりしながら極上の味を生み出していく。そういうワイン造りこそ、私たちが目指すものなのだと思います」

池上さんは、野生酵母を使うということは「何もしないこと」だと言ったが、実は何もせずに見守ることの方が難しかったりする。どうしても手を出したくなるのは、福祉の世界でも同じことなのではないだろうか。何もしないけれども、葡萄が、そして園生が、生き生きと活動する場を作ることに妥協をしていないからこそ言えることだと思う。

ユニークなネーミングに隠された思い

勾配が急な学園の自家畑で収穫されたマスカット・ベイリーAを、干して半乾燥させた濃厚な味わいのデザートワイン・MATA YARONNE。情熱的な香りと、黒糖、メープルシロップ、オレンジリキュール、ダークチョコ、ラムレーズンが合わさったような深い味わいが感じられる

実はこの学園で作っているのは葡萄だけではない。山から木を切ってきて種菌を植え付け、原木椎茸の生産も行っている。椎茸を作るのは、単なる生産のためではなく、ワイン造りに関わるある重要な目的があるのだそうだ。

「椎茸作りは、園に入所された方にまず初めにやってもらう作業です。山で木を切り、種菌を植え付け原木の中で増やします。それをまた運んで来て水槽に入れ、温度管理をしながら椎茸を発生させます。作業自体は単純なんですが、山の斜面を原木を持って上り下りすることによって、心身ともに安定し、仲間との連帯意識が生まれます。そして、何と言っても、それぞれの園生の適性が見えてくることが重要ですね。この人は単純作業向きだとか、この人は手先が器用だから細かい作業が得意かもしれないということがわかるんです。それが葡萄やワインを造るときに、誰にどの仕事をやってもらうか、という割り振りに活かせます」

葡萄畑で大切に育てられたリースリング・リオンという品種の葡萄をすべて手作業で行って作られるプレミアム・スパークリング・ワイン「NOVO」。ドライな口当たりと上品な酸、きめ細やかな泡がワインを飲む喜びを感じさせてくれる

サミットの乾杯酒に提供された、シャンパーニュ地方と同じ瓶内二次発酵で造られたスパークリング・ワインがある。つまり瓶の中で発酵を進めてきめ細やかな泡を作っていくのだが、オリ(ワインの中の沈殿物)が出るのでそれを除去する必要がある。しかし、瓶をただ逆さにしておくのでは不十分で、傾けた瓶を、毎朝毎晩45°ずつ回し、瓶の内側についた細かいオリを落としていかないといけないのだそうだ。多いときで2000本、3000本の瓶をひたすら朝晩に回す、このルミアージュという作業。早くて1ヵ月、数ヵ月かかるときもあるのだという。なんだか気が遠くなりそうだ。

多くのワイン通をうならせるプレミアム・スパークリング・ワインは、このような架台に差し込まれたワインのボトルを朝晩45°ずつ回してオリを除くなど、丁寧な仕事が必要。だからこその深い味わいが実現する

「普通だったら、もうやりたくないと言い出しそうな作業なのですが、不思議と自閉症の人は、そういう同じ作業の繰り返しが大好きなんです。なので椎茸の作業の様子を見ながら、この人はこの作業に向いているなと思ったら、やってもらうようにしているんです。いやいやながらやるとどうしても作業が雑になってしまいますが、とにかく彼らは45°ぴったりに回すことができる。それが彼らの強みだし、ここのワイン造りの特長でもあるんです」

葡萄が色づく頃から収穫まで、缶を叩いて音を出し、カラスの害から葡萄を守る

このワイナリーのワインには前述したとおり、印象的なネーミングのものが多い。そのひとつ「MATA YARONNE」(マタヤローネ)とは、大量の瓶詰めを終えて帰る間際に園生が発したひと言、「またやろうね」からきていると聞いた。そんなエピソードとともに味わうワインはどんな味がするのだろうか。思わず笑みが浮かんでしまいそうな気がする。

「学園でも高齢化が進んで、思うように作業ができない方もいます。でも、車いすで部屋に引きこもっている人に葡萄を持っていって、『葡萄の選別をしてよ』というと、目を輝かせて『やっぱり俺がいないとダメなんだな』なんて言いながら選別してくれます。それから、以前、葡萄畑でただ何もせず立っているだけの園生がいました。彼がいない畑はカラスにすっかり葡萄を食い尽くされてしまったのですが、彼のいた畑は、葡萄がそっくり残っていたんですね。川田はそんな彼を『風に吹かれる係』と呼んでいました。障がいがあろうがなかろうが、何もできないということはないんです。頼りにされるということがどれだけ大事なことか、彼らを見ているとよく分かりますね」

お話を伺ったとき、池上さんは学園の園生を連れて、山形の離農された畑に適地的品種の葡萄の苗を植えに行っている最中だった。前の晩はみんなでバーベキューをしたということだが、そこで焼かれたのは足利マール牛というブランド牛。ワイナリーで出た葡萄の絞りかすをエサにしている牛なのだという。そしてマール牛の糞は葡萄の木の肥料になる。見事なエコの循環だ。今後は、そのようなコラボレーション、足利市以外での葡萄の栽培など、ココ・ファーム・ワイナリーの名前を聞くことがますます多くなりそうだ。そして、ますます美味しいワインの生産を期待したい。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Coco Farm & Winery