JCCA TSUKUBA MEETING SUMMER│JAF公認ヒストリックカーレース 筑波サーキットにて開催

世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルス。各国でもモーターショー、レースなど、様々なイベントの中止が発表されており、我が国でも新型コロナウイルスの影響を警戒し、ほとんどのイベントが開催中止や延期となっている。そうしたなか、自粛ムードも漂うなかではあるが、緊急事態宣言も解除されて2カ月後ということもあり、イベントの開催に踏み切ったのが日本クラシックカー協会(JCCA)の主催するヒストリックカーレース”JCCA 筑波ミーティング”だ。

このイベントは春の富士スピードウェイ、そして春と秋2回の筑波サーキットで行われるJAF(日本自動車連盟)の公認競技であり、現役マシンによるモータースポーツと同様にFIA(国際自動車連盟)の国際モータースポーツ競技規則並びに、それに準拠したJAFの国内競技規則に従った規則により準国内競技として開催される。

厳格な車両規定はもちろん、安全の為、消化器や燃料タンクなどの装備品には使用期限を設けており、ヘルメットやレーシングスーツといったウェア類も同様に安全を確保したものの使用が義務付けされている。当然のことながら、参加者はJAFの発給する国内Aライセンスを所持が必要。しっかりとしたレギュレーションに基づいて行われるヒストリックカーによる自動車競技である。1日のレースプログラムの中では、年式や改造範囲によりクラス分けされた各レースが行われる。

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そして迎えた当日の筑波サーキット、一周が約2.4kmのコースだ。この日は雨の予報ではあるが、まだなんとか持ちこたえそうな天候。日本全国よりエントラントはもとより、イベントを熱望している観客も多数来場し早朝より賑わいをみせる。

緊急事態宣言が解除されたとはいえ、まだまだ予断は許さない状況から、来場者にはマスク着用が義務づけられた。通常であれば、すべての予選の終了後に順次決勝レースとなるが、この日は4レースの予選決勝を午前に終わらせてから、2つの走行会を挟んで午後より3レースの予選決勝を行うというスケジュールだった。入れ替え制によりパドックが過密にならないようにという主催者の配慮だ。



最初の予選は”P RACE”。1968年前後の”P68クラス”と1970〜75年の”P75クラス”の混走となるサスペンションのみの改造が許されたノーマル車の争い。それぞれ1300ccを上限とし2クラスに分けられる。

Pクラスの結果はポールポジションからスタートした浪川選手のポルシェ911がオールオーバーウィンを飾った。

続く2つめのレースは1970年式までのフルチューニング車による”F RACE”。ボディへの大幅な改造や排気アップも無制限、迫力のあるマシンも魅力だ。1310ccと2400ccを境に3つのクラスがある。ポールトゥウインを飾ったのは松淵選手のドライブする”ジールレーシング510ブルーバード”。スーパーGTでも活躍するレーシングコンストラクター”apr”の製作したマシンだ。

3つ目となる”S2 RACE”は1310ccを超えるサスペンションとエンジンのチューニングが許される。1965年までの生産された車両を”S65”、1968年前後の”S68”、1970〜1975年までを”S75”と分けた3クラスが混走する。

決勝レースは好スタートで宮田選手のZ432をパス、終始テールトゥノーズの白熱した争いをわずかコンマ2秒の差で八幡選手のポルシェ911が逃げ切った。
 
午前最後の予選決勝は”S1 RACE”。S2と同様の改造範囲と年代分けがあり、1310cc以下のマシンにより争われる。ホンダS800が大多数を占めるなかトヨタS800、トヨタ パブリカ、オースティン ヒーレー スプライトがエントリー。スタートで出遅れ2番手の速水選手(No.57)に先行されるもトップを奪還したNo.54、ホンダS800の吉岡選手が断トツの速さをみせた15周のレースだった。


ゼッケン33加藤一樹選手のS1クラス決勝動画



午後からは予報通りに降り出した雨。ウエット路面での予選となった”TS CUP”こちらは1970年代に行われていたマナーツーリングレース(通称TSレース)のリバイバルレースだ。当時、メインレースであったGC(通称グラチャン)のサポートレースながら、TSレースを目当ての観客も多く、GCを凌ぐ人気であった。のちに、一流となるドライバー、名門チューナーを数多く排出したTSレース。本日の”TS CUP”は25台がグリッドに並んだ。

また見所としては、かつて現役当時のままの姿で走るマシンや、出身ドライバーも参加しているところだ。この日は影山正美選手(No.40)、菊池靖選手(No.3)もB310サニーでエントリー。ジャンプスタートでのピットストップペナルティ後の凄まじい追い上げは観客を大いに湧かせた。

ここまでが、本日のJAF公認となるレースであるが、レース形式の走行会”FL RACE”も我が国のみのドメスティックなフォーミューラーカーレースの再現である。もうひとつのフォーミュラカテゴリー”HISTORIC FORMULA”とともに、マシンは当時のままのオリジナル状態を維持、踏襲している為、JAFの公認でのレースではない。

かつて”ミニF1”と呼ばれたFLは軽自動車のエンジンを積んだ入門フォーミューラーカーレースとして、中嶋悟選手を筆頭に数多くのドライバーがのちにトップドライバーとして活躍することになる。

また、それだけでなく、この日本のみのカテゴリーであるFLの誕生した1960年代末、レースを夢見た若者達は欧米のマシンを参考にマシン作りに情熱を燃やし、コンストラクター、プライベーター含めてその数は100を超える。そこからは現在も活躍する多くのエンジニア、デザイナーを誕生させた。FLの誕生から約50年経て、放置され埃のかぶったマシンを見つけ出し、再生している熱心な愛好家の手により、サーキットでかつての勇姿を再現する。

15台のFLがエントリーしたレース結果は、No.8 マキシムA02の石井選手、No.6 トダRS-3根本選手、No.7 ファルコン77A相川選手、No.15 ハヤシ712 照沼選手に続き360ccまでのFL-1クラスのNo.21 KS-07の増岡選手が上位FL-2クラス(550cc未満)に割って入った。

そしてこの日もっとも古い1972年製のアウグスタMk-Ⅱ(No.9)の永田選手、マナティーMk-1(No.76)宇野選手、AD305(No.35)天野選手、ハヤシ706H(No.23)樋口選手、ファルコン77A(No.36)寺尾選手、ファルコン80A(No.62)鈴木選手、マキシムA02(No.27)長尾選手の12台が12周のレースを完走した。

そして、この日最後のレース形式の走行会は”HISTORIC FOMULA”。1960年代に製造された空力装備を持たない葉巻型のフォーミュラカーだ。F-3/FJの”クラス1””クラス2”はフォーミュラフォード”クラス3”はF-2、F-Bと3つのクラスに分けられている。

LOTUS31、LOTUS41、LOTUS51、LOTUS59といった一大勢力のロータス勢に加え、ALPINE P64-2やMclaren M4B、Alexis Mk14、MERYNMK-11、BRABHAMなど多彩なメイクスが参加し、好バトルを展開した。

次回JCCA主催のヒストリックカーレースは、10月18日、同じく筑波サーキットでの開催予定。秋までにコロナウイルスが終息し、再び名車たちの白熱のレースを楽しめることを願いたい。