超頑丈な装備で大陸横断!3台のポルシェ911の結果はいかに ?!

この記事は『カンガルーから車を守るための重装備 ?! │ロンドンからシドニーの1万1200km 大陸横断ラリー!』の続きです。

実際にラリーが始まると、アクシデントが順位を左右することに。ルール上、牽引は禁じられたが、他のチームの車輛を押すのを手伝ったり、チーム同士がお互い協力し合うことは許されていたのだ。その良い例として、フォード・コルティナの1号車がトリノを通過したところでトラブルにあった際は、コルティナを別のチーム車輌が緩衝材を間に挟んで押しながら走り、メンテナンスをできるベオグラードまで導き、無事に復活している。

トルコでは、アラビア砂漠北部を砂を巻き上げながら走る車輛とは対照的に、燃料補給のために立ち寄る村々では歓迎を受け、ドライバーがバターミルク入りのお茶をふるまわれるというようなシーンも見受けられた。参加チームにとって全く予想外だったのは、パキスタンとインドで数万人もの人が一行を待ち受けていたことだろう。地元民は目の前で何が行われているかも知らぬまま、昼夜を問わず群がってきた。このまま人々に飲み込まれてしまうのではないだろうかという不安を抱えながら、各チームはゴールを目指して走り続けた。幸い、事故があったという記録は残されていない。



ボンベイからオーストラリア西海岸へ向かう船中は、60人のドライバーたちにとって束の間の休息である。オーストラリアでは各ステージで熾烈なトップ争いが繰り広げられたが、シドニーまで残り4000kmのステージをヒルマン・ハンターを操るスコットランド人、アンドリュー・コーワンとイングランド人クルーが快走し、優勝を獲得した。優勝チームは3人編成で、リーダーのコーワンはそれ以降も多くの長距離ラリーで強さを発揮し、いくつかのワークスチームに所属した後、80年代以降は三菱のラリー活動に身を投じていた。



ポルシェ 911Sとはいえば、どのような結果だったのか。ザサダ /ヴァショフスキー組はブレーキに不調を抱えながら完走したものの、タイム管理のミスで惜しくも4位にとどまった。ヘルマン/シュラー組はプライベーターながら15位という好成績。もう一方のプライベーターであるハンター/ダベンポート組はエアインテークに大量の砂を吸い込んでカブールでリタイヤを余儀なくされている。このハンター/ダベンポート組のマシンはラリーでの役目を終えた後、ドイツに輸送された。これをハンブルクのコレクターが買い取り、数十年にわたり大切に保管していたのだが、ある日、火災により大きな損傷を受けてしまった。これをポルシェ・ミュージアムが"スペシャル・ポルシェ"として引き取り、レストアプロジェクトを実行したが、それはまた別の回でお届けする。