マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話します。今回は、アメリカ大統領選挙の候補者バイデン氏の経済政策と、その影響について語っていただきます。

  • アメリカ大統領選挙、民主党バイデン候補の経済政策とは?

3月以降、金融市場は「コロナ」の感染状況や各国当局の対応に一喜一憂してきました。今後もそうした状況に大きな変化はないかもしれません。ただ、4カ月後に迫る米大統領選挙への注目度はこれから増すと思われます。

米政治専門サイトReal Clear Politicsによれば、6月下旬から7月上旬に実施された8つの世論調査全てで、民主党のバイデン前副大統領が共和党のトランプ大統領を支持率で上回る結果となり、その差は4~12ポイント、平均8.8ポイントでした。

激戦州でもバイデン氏がリード

伝統的な激戦州、いわゆるスィングステートでも、オハイオは両者タイでしたが、フロリダ、ペンシルバニア、ミシガンなどではバイデン氏が5-7ポイントのリードでした。

これから4カ月弱の間に状況が大きく変わる可能性はあります。事態を一変させうる「何か」を起こす権力・権限が大統領にあるのも事実でしょう。ただ、金融市場は徐々に「バイデン民主党政権」の誕生を織り込むことになるかもしれません。

以下では、バイデン氏の政策を、経済面を中心に概観しておきましょう。

トランプ大統領とバイデン氏の標榜

トランプ大統領が標榜してきたのは「MAGA(Make America Great Again)」、つまり「アメリカをもう一度偉大にしよう」です。その柱は、通商面での対外強硬路線、外交面での孤立主義、国内では富裕層や大企業の優遇などでしょう。

より具体的には、関税発動による制裁措置などの貿易保護主義、移民規制の強化や不法移民の排除、国際的な取り決めや国際機関からの脱退です。そして、結果として、人種、宗教、社会的嗜好、所得階層などの異なるグループ間の緊張を和らげるのではなく、煽ってきた面もありました。

●ミドルクラスの再生
一方、バイデン氏が選挙キャンペーンで標榜しているのは、「わが国のバックボーン(基盤・基幹)であるミドルクラス(中間所得層)を再生する」です。

具体的には、労働者や労働組合の権利保障、所得格差の是正、雇用保険(※1)の創設、共和党が廃止に躍起になったオバマケア(医療保険制度改革)の保護、など。 (※1)日本では雇用保険とは失業保険のことを指します(正式には雇用保険)。ここでいう雇用保険とは、企業が業績悪化時に解雇ではなく、ワークシェアリングを行い、実働分と平常時の給与の差を政府が負担するというもの。

また、民主党の予備選からサンダース候補が脱落した際に、バイデン氏は党内左派の支持を得るために2つの新しい政策を提案しています。メディケア(公的医療保険)の対象年齢を65歳から60歳に引き下げることと、公立大学に通う貧困学生の学生ローンの減免です。

その他に、交通網の整備、温室効果ガスの抑制など、10年間で1.3兆ドルのインフラ投資を行います。そして、上述した政策の財源として、富裕層や大企業向けを中心に10年間で4兆ドルの増税を行います。

●国際自由主義
バイデン氏は上院の外交委員長も務めた国際派で、国際自由主義の信奉者です。アメリカが民主主義を掲げて世界のリーダー役を果たすべきだと考えています。2003年のイラクへの武力行使に際して、バイデン氏は民主党の方針に反して賛成を表明しました。また、バイデン氏は移民の受け入れに積極的であり、トランプ大統領と真逆の立場です。

金融市場の反応は?

トランプ政権下において、株価は基本的に右肩上がりでした。今年3月の「コロナ・ショック」で株価は急落しましたが、それでもS&P500株価指数は2016年11月のトランプ当選時の水準を下回りませんでした。そして、現在(7/9時点)は2016年11月の水準を50%近く上回っています。

では、仮に大統領選挙でバイデン氏が勝利し、トランプ大統領の政策の多くを巻き戻せば株価は大きく下がるのでしょうか。トランプ大統領が富裕層や大企業に優しく、「バイデン大統領」が彼らに厳しいとしたら、そんな見方も出来るかもしれません。

しかし、事はそう単純ではありません。バイデン氏も、ミドルクラスの再生を通じてアメリカ経済の強化を目指すでしょう。もちろん、手段が異なるので、恩恵を受ける業種や企業は異なると思います。それでも、アメリカ経済が全体として良くなるのであれば、それを映す株価が上昇しても不思議ではないでしょう。

また、「コロナ」によってブレーキをかけられていますが、世界経済のグローバル化が逆回転しないのであれば(そうならないと思います)、孤立主義や保護主義よりも国際主義の方が経済にとってプラスでしょう。

リスクプレミアムは低下?

トランプ大統領は、突発的かつ過激な言動でしばしば金融市場を混乱に陥れてきました。価格変動が大きいということは、投資家が求めるリスクプレミアムも高い(※2)ということです。

「スリーピー・ジョー(※3)」がツイッターや記者会見で過激な言動を連発するとは考えにくいでしょう。その点で、国内外の投資家は安心して米ドルまたは米ドル資産に資金を投入することができるのではないでしょうか。

(※2)投資家が大きな価格変動を受け入れる代わりに高いリターンを求めること。
(※3)寝ぼけたジョー=トランプ大統領がジョー・バイデン氏を揶揄して付けたあだ名。

議会選挙の結果も重要

ここでの考察は「バイデン大統領」が誕生し、選挙公約を実行に移すとの前提に立っています。しかし、選挙公約はあくまでも選挙用です。新政権誕生後は閣僚の指名も含めて様々な力学が働くので、新しい大統領がその路線を進む保証はありません。

また、議会との関係も重要です。現在、議会では下院の議席の過半数(435議席中233)を民主党が、上院の議席の過半数(100議席中53)を共和党が握っています。仮に、民主党が上院で過半数の議席を獲得すれば、民主党の政策は進めやすくなります。一方で、共和党が上院の過半数を維持する、あるいは(可能性は低いですが)下院で過半数の議席を獲得すれば、「バイデン大統領」は共和党との妥協を余儀なくされるでしょう。

そのため、大統領選挙と同時に行われる議会選挙(下院全議席と上院33議席が改選)の結果も、金融市場にとって重要な意味を持ちます。