北極域研究推進プロジェクト(ArCS)*と共同開発したボードゲーム「The Arctic」の成果発表のため、コロナウイルスで世界が揺れる直前の昨年10月、世界最北の首都、アイスランドのレイキャビクで開催された国際会議「Arctic Circle(アークティック・サークル)」に参加してきました。国際会議の様子と、非常にユニークなアイスランドの自然環境についてレポートします!

会場のハルパ・コンサートホール
最果ての国、アイスランド

 アイスランドは、イギリス・グレートブリテン島の北端から北西に約1000kmに浮かぶ、北海道と四国を合わせたくらいの面積をもつ島国です。人口約35万人のうち、約20万人が首都レイキャビクとその周辺に住んでいます。北極域にありながら、カリブ海から流れてくる暖流と偏西風のおかげで、シベリアやカナダの同緯度地域に比べてはるかに温暖な気候となっています。私が訪れた10月のレイキャビクは、東京の真冬と同じくらいの寒さでした。

 黒い玄武岩に覆われたユニークな地質、国土の約11%を覆う氷河、天空に輝くオーロラと、アイスランドは科学的にとても興味深い島なのですが、それに関しては後半に触れることにして、まずは私の参加した国際会議「アークティック・サークル」についてレポートしたいと思います。

レイキャビク郊外から見えたオーロラ。アイスランドは磁北極を中心にドーナツ状に広がる「オーロラ帯」の真下にある。地面から伸びている光はジョン・レノンを記念して作られた「イマジンピースタワー」。
北極関係のネタなら何でもOK!国際会議「アークティック・サークル」

 アークティック・サークルは、北極域にまつわる政治・経済・環境・文化・科学など、あらゆるトピックを総合的にあつかう国際会議です。名前の“Arctic circle”は「北極圏」を表す熟語で、“circle”に含まれる「仲間」という意味をかけています。セッションの数は約200もあり、プレゼンテーションの登壇者も、政治家・実業家・環境活動家・先住民・科学者など多種多様です。

アークティック・サークルのメインホール

 参加者がとても多様な一方で、多かれ少なかれほとんどの議題に関わってくる共通の問題がひとつあります。それは地球温暖化です。

 北極域は世界で最も急速に温暖化が進行している地域です。日本やアメリカではいまだに地球温暖化に対して懐疑的な意見が見られますが、北極域において温暖化は現在進行形で人間社会と自然環境に急速な変化をもたらしている、現実的に差し迫った問題です。

 したがって、アークティック・サークルでは、「温暖化をどうやって止めるか」だけではなく、「温暖化にどう対処・適応するか」も大きな議論の対象になっていました。

 具体的には、北極海の海氷が溶けることによって利用可能になる航路(北極海航路)や採掘可能になる天然資源を使ったビジネス、漁業や牧畜を生業とする住民の環境変化への適応策について活発な議論が行われていました。

 もちろん、温暖化を抑制するための取り組みや計画についても、さまざまなアイデアが紹介されていました。再生可能エネルギーの普及といった従来の取り組みばかりでなく、CO2を玄武岩の岩盤に閉じ込める、海氷にシリカの微粒子を散布して日光の反射率を高める、針葉樹林を草原に変えて日光の反射率を高めつつ永久凍土を保護するといった、斬新ですが物議をかもしそうなアイデアも紹介されていました。

北極先住民族からの参加者もたくさん来ていました。特別なブースを出していたロシア極北のヤマル半島に暮らす先住民、ネネツ族の民族衣装とテント

 温暖化対策というと、どうも深刻で暗い印象を与えてしまうかもしれませんが、実際には自由闊達な意見交換が行われたり少数民族の歌やダンスが披露されたり、祝祭的なムードに包まれたイベントでした。

ボードゲーム「The Arctic」を世界に発信!

 私はそんな約200のセッションのひとつとして、共同開発者の木村元さん(当時JAMSTEC)、末吉哲雄さん(国立極地研究所)とともに、ボードゲーム「The Arctic」を開発の経緯からゲームのコンセプト、内容などについて発表しました。

  このゲームでは、4~6人のプレイヤーが先住民や開発業者、漁業者、海洋学者といった役割(役割ごとに勝利条件が異なる)になりきり、温暖化によって変化する環境の中、全プレイヤー共通の予算を上手く使って、自分にとって「豊かな北極」を残すことを目指します。ゲームの中で起きるトナカイの大量死や原油流出などの問題をうまくかわしつつ、様々な科学調査や政策、投資などによって「環境・文化・経済」3つのパラメータを守ります。一般的なボードゲームと違い、全員が勝つこともあれば全員が負けることもあり、自分の利益だけを考えてプレイすると誰も勝てなかったり、自分に有利な案件を採択するために他のプレイヤーを説得する必要に迫られたり、シンプルなルールの中に現実世界のシビアさも詰め込んでいます。また、ゲーム内で起きる全ての出来事は、現役の研究者の執筆・監修によるものです。

 セッションの参加人数が少なかったこともあり、参加者全員にゲームの体験もしてもらいました。多数決採択のイベントでは熱い議論がかわされたり、破壊的なイベントでは悲鳴があがったり、複雑にからみ合う北極の問題を体感させるというねらいは国際会議の参加者にも無事に伝わったようでした。また英語版製作のリクエストを頂いたりアイスランド文科大臣に紹介していただいたり、大変な好評をいただきました!

氷河と火山の黒い島、アイスランド

 「アークティック・サークル」最終日、希望者参加の遠足としてアイスランドで2番目の規模を誇る氷河、ラゥング氷河を見学しました。ラゥング氷河の面積は約950㎢、大阪府の約半分にもなります。ちなみにアイスランド最大の氷河、ヴァトナ氷河は兵庫県に匹敵する8,100㎢もの広さを誇ります。ツアーに同行した研究者によると、アイスランドの氷河が全て溶けると地球の海面が1㎝上昇する計算になるそうです。

 氷河へは四輪駆動の小型バスで向かいました。途中、日本では決して見ることが出来ない不思議な風景が続きます。木がほとんど生えておらず、黒い岩でできた大地に丈の低い草や苔、地衣類が覆っています。山から平地まで、露出した地面はほぼ黒一色で、途中見える山々の斜面は黒い岩石が均等の層になったパイ生地のようです。

まるでピラミッドのような、玄武岩で出来た山

 この黒い岩の正体は「玄武岩」と呼ばれる岩石です。地球上(地殻)で最もありふれた岩石ですが、そのほとんどは海底にあるため、地上に住む私たちには本来あまりなじみのないものです(日本では富士山の黒い岩石が玄武岩質です)。

 なぜアイスランドは陸地でありながら、本来海底を形作っている岩石で出来ているのでしょうか? その理由は島の成り立ちにあります。

 地球の海の水を全部抜くと、中央海嶺と呼ばれる裂け目が各大洋を縦横に貫いていることがわかります。大西洋の真ん中を南北に貫いているのが大西洋中央海嶺で、ここから東西方向に新しい海底プレートが生まれています。海嶺というくらいなので、そのほとんどは海底にありますが、世界で一か所だけ水面から顔を出している場所があります。それがアイスランドです。

アイスランドを貫く大西洋中央海嶺(赤い線)。矢印の方向に新しい海底が生まれている。Map data ©2020 Google

 したがって、アイスランドは「陸」でありながら、地質学的には「海底」の性質を色濃く持っています。アイスランドの大地が黒い玄武岩で出来ているのは、このような理由によります。

  そんな特異な大地、アイスランドは火山活動が非常に活発な島でもあります。むしろ火山活動が活発であるがゆえに、中央海嶺が水面から顔を出していると言ったほうが正しいかもしれません。火山活動による豊富な地熱エネルギーを利用して、アイスランドでは電力の約30%を地熱発電でまかなっています(残り70%は水力)。また、火山噴火にともなう自然災害も多く、2010年に起きた火山噴火の噴煙がヨーロッパの空路に大混乱を引き起こしたのは記憶に新しいところです。

溶岩がドロドロだった時の形が生々しく残っていた。
巨大氷河を探検!

 首都レイキャビクから3時間ほどのドライブで、ついに目的地ラゥング氷河が見えてきました。ふもとから見たラゥング氷河は、氷の河と言うより氷の台地、巨大な氷のまな板のようでした。氷河にはいろいろな種類がありますが、ラゥング氷河は「氷帽」と呼ばれる広い範囲を氷が覆うタイプになります。氷帽の面積が5万㎢を超えるとグリーンランドや南極を覆う「氷床」になります。

麓から見たラゥング氷河。右半分の白い領域が氷河だ。

 やがてバスは氷河の末端から上に登って行きます。氷河の下流域はほとんど雪に覆われておらず、氷がむき出しになっていました。むき出しの氷河は新雪に比べて艶があって灰色がかっているので近くで見るとハッキリ区別がつきます。氷河が割れた箇所(クレバス)からは神秘的な青い色を湛えた氷塊も見えます。この、氷がむき出しになっていることには、実は大きな意味があります。

ラゥング氷河。真っ白の部分は積雪、灰色と青い部分は氷が露出している箇所、黒い部分は玄武岩の岩盤だ。

 すべての氷河は二つの状態に分けることができます。一つは氷がより分厚く成長している状態、もう一つは氷が溶けてやせ細りつつある状態です。そしてこの二つの状態を分けているのは積雪と温度、そして標高です。氷河の上流では積もった雪が夏にも溶け切らないために氷は成長し、下流では夏の日差しが氷河本体まで溶かすために氷は薄くなります。氷河の末端は氷河がやせ細って、その厚みがゼロになるところと言えます。雪化粧をしていないむき出しの氷は、まさに薄くなりつつある氷河を表しています。温暖化で氷河が小さくなるということは、氷河の成長がプラスからマイナスに転ずるボーダーラインの標高がどんどん高くなることを意味します。

氷河の断面の模式図。氷河は一年間で成長している領域と縮小している領域に分けられる。温暖化が進むと両者を分けるボーダーの標高が上がってゆく。上がりきると氷河はやがて消滅する。

 氷の上をどんどん登って行った先、視界に雪と氷しか映らなくなったところで四輪駆動バスは足を止めます。ここは「アイス・トンネル」、氷河の中に人の手で穿たれた洞窟の入口です。洞窟は氷河の表面から約25mの深さに掘られており、総延長は500mを超えます。この場所での氷河の厚みは200mを超えます。

 氷で出来た洞窟ですが、風も吹かず私たちも十分な防寒対策をしているので、それほど寒くは感じません。洞窟の壁は濡れており、天井からしずくがポタポタ落ちてくることもあり、気温も氷点下というわけではなさそうです。氷の中に埋め込んだ照明が神秘的な雰囲気を醸し出しています。

 洞窟の壁面をよく見ると、地層のような縞模様を確認できます。氷河の氷は、積もった雪が、さらに上に降り積もった雪の重みで圧縮されることによってできています。積もった雪に含まれる空気は気泡となり、やがて圧力によって氷から抜けてゆきます。降った雪の粒が大きいほどより多くの気泡が残るため白っぽい層となり、雪の粒が小さいと気泡が早く抜けて青く透明な層になります。洞窟の縞模様は、その層をつくった雪の性質を反映しています。洞窟が掘られた場所は30~35年ほど前に降った雪に由来するそうです。さらに、白と青の層に混じって、ところどころに黒や茶色の層が見えます。これは火山灰を含む層です。氷河に残る層は過去の火山噴火の記録も残しています。

氷河内部の層。降った雪の粒が大きいと白い層に、小さいと青い層になる。真ん中の茶色い層が火山灰を含む層。写真はコントラストを強調している。

 洞窟の中では大小のクレバス(氷河に開いた割れ目)も見ることが出来ます。小さなものでは壁面を走る亀裂に過ぎませんが、大きなものでは幅数m、深さ40m、長さは数百mにもなります。大きなクレバスの内部はライトアップされ、神秘的な光景を観察できます。クレバスの内部は水滴がポタポタと落ち、水滴が落ちたところには氷筍ができていました。こうやって溶けた水はやがて氷河の底面まで沈み込み、川となって氷河から出てゆきます。

氷河内部から見上げたクレバス。

 ラゥング氷河の歴史は意外に浅く、約7500年前にできた小さな氷河が成長して現在の巨大氷河になりました。驚くべきことに、アイスランドに人類が入植した約1200年前以降も氷河は成長していたそうです。しかし、現在では地球温暖化の影響で急速に縮小しており、2065年までに面積は半分以下になり、2165年までには完全に消滅すると見積もられています。

 というわけで、国際会議「アークティック・サークル」と、驚異の大地アイスランドの自然のレポートでした。北極がいろいろな意味で「アツイ」場所であることが伝わったのなら幸いです!


謝辞

渡航には北極域研究推進プロジェクト(ArCS)の若手研究者海外派遣支援事業の助成を受けました。


*北極域研究プロジェクト(ArCS)は、文部科学省の補助事業として、国立極地研究所、海洋研究開発機構及び北海道大学の3機関が中心となって、2015年9月から2020年3月までの約4年半にわたって実施した、我が国の北極域研究のナショナルフラッグシッププロジェクトです(現在は終了)。https://www.nipr.ac.jp/arcs/

ボードゲーム 「The Arctic」紹介ページ https://www.nipr.ac.jp/arcs/boardgame/

Arctic Circleのサイト(Arctic Circleで検索)



Author
執筆: 福井 智一(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
大学で研究員としてショウジョウバエと戯れるも、野生の世界への憧れを捨てられず青年海外協力隊としてアフリカ・ケニアで野生生物保護活動に従事。帰国後はケニアで撮影した写真をもとに個展などを行う。紆余曲折の後、無節操な知識欲と経験を活かすために未来館へ。