ポルシェに初のモンテカルロ総合優勝をもたらした│1968年に投入された911 T

この記事は『往年のドライバーがポルシェと共にモンテカルロへ再び│911の快進撃の幕開け』の続きです。

1966年、ヴィック・エルフォードはポルシェの広報とモータースポーツ部門の責任者、フシュケ・フォン・ハンシュタインに手紙を送った。彼は当時、日の出の勢いにあったフォード・ワークスに所属し、ロータス・コーティナで欧州ラリーを闘っていたものの、「あまりの信頼性の低さに嫌気がさしていてね。給料もよかったけど、フォードに留まるべきではないと考えたのさ」とその動機を回想する。
 
だがカンヌのホテル・マルティネーズで会ったハンシュタインの返事は、つれないものだった。「 『クルマなら一台ぐらい出してやれるけど、予算もラリー部門もないから』と、ほとんどお断りに近い返事でね。だから自分でロンドンのポルシェ・ディーラーにサポートを頼み込んだんだ。1966年のツール・ド・コルスでなんとか、ゴルディーニ・ワークスとアルファロメオに続く総合3位、クラス優勝を911Sで果たせた。ハンシュタインが予算をつけてくれるようになったのは、それからさ」
 
それまでカスタマー・カー担当者だったヘルマン・ブリームという人物を専属で付けてくれるようになり、ジュネーヴ・ラリー、リヨン・シャルボニエ・ラリー、チューリップ・ラリーの3戦を闘った。これらを通じてギアボックスやサスペンション、シャシーを改良し、911の信頼性を上げていったという。


 
そうして1967年、初めてポルシェ・ワークスの911Sで迎えたモンテカルロ・ラリーで、ヴィック・エルフォードは総合3位、クラス優勝をもたらすが、満足のいく結果ではなかった。「ルート後半、雪のSSでタイヤの選択をミスして、固いものを選んでしまったのさ。そこで、それまでのリードを失ってしまったんだ」
 
その後の1967年シーズンを通じて、エルフォードには伝説の911Rがワークスマシンとしてあてがわれ、欧州ラリー選手権の前身たるグラン・ツーリスモ・グループで、彼はチャンピオンを獲得する。ところが興味深いことに、翌1968年のモンテカルロに投入されたのは、911Rの210ps/10000rpm、車重800kgには程遠い、2リッターフラット6を170ps/7300rpmし、980kg程度の軽量化に留まった911Tだった。山の麓ではドライ路面だったものが、途中でウェットそして氷雪路に変わるモンテカルロでは、切れ味やピークパワーより扱いやすい挙動が求められるからというのが、911"T"を投入した理由だった。
 
この戦略は功を奏した。コル・ドゥ・クイヨールまで26kmもの雪のSS区間で、エルフォードは17分17秒の驚異的なタイムを叩き出した。それまで31秒以上も先行していたチームメイトのパウリ・トイヴォネンとアルピーヌのジェラール・ラルースに、それぞれ40秒差と51秒差をつけ、リードを手中にしたのだ。このリードが終始トイヴォネンとラルースにプレッシャーを与え続け、エルフォードはついにポルシェに初のモンテカルロ総合優勝をもたらした。今から50年以上前の出来事である。


ドライバーたちの惚れ惚れする腕前・・・次回へ続く