北極に暮らすトナカイ牧畜民の暮らしについて国立民族学博物館で人文知コミュニケーターとして活動している文化人類学者、大石侑香さんに聞くシリーズ後編です。前回は西シベリアでトナカイ牧畜を行うハンティが、暗く長く、そして恐ろしく寒い冬をポジティブに過ごす様子について伺いました。

ArCSブログ シベリア編【前編】たとえ暗くて寒くても明るく過ごす! 北極の民のウインターライフとは?

今回はもう少しつっこんで大石さんのディープな研究の話を伺いたいと思います。広大なシベリアで放し飼いのトナカイに逃げられないための巧妙なテクニックとは?そして移りゆく時代の中で彼らの暮らしはどのように変化してゆくのでしょうか?

トナカイにとって人間とは何だろう。(写真:123RF)

基本は地道なコミュニケーション!文化人類学者のフィールドワーク

福井: 北極に暮らす人々の文化について研究されているとのことですが、研究対象に選んだ理由は何ですか?どこで、どのような人々を対象に、どのようなやり方で研究されているんですか?

大石さん: 私の関心は、北極のような自然が厳しい地域に人間がどうやって適応し、自然や社会の環境変化にどう対処してきたか、ということです。北極にも様々な民族とライフスタイルがありますが、私は特にトナカイ牧畜が面白いと思い、西シベリアの遊牧民・ハンティを調査対象に選びました。

福井: 同じ北極域でも、カナダやアラスカに比べると何かとハードルが高そうですね。

大石さん: そんなことはないと思います。ただ、西シベリアで調査するとなると、ロシア語が話せないと現地の研究所や大学の許可を得られません。それで、まず語学の勉強をしました。その後おおよその調査地を選び、現地の町の研究所や都市生活をしているハンティに話を聞いて、調査地を絞りました。

福井: 研究グループで調査をしてゆく感じですか?

大石さん: 理系のフィールドワーカーだと、調査地をあらかじめ決めて、グループで行くと思います。文化人類学の場合、個人で行くことが多いですね。現地でより面白いテーマを見つけて研究テーマを変えたり、人との出会いから調査地を変えたりすることもよくあります。

福井: 具体的にはどんな手順で進めるんですか?

大石さん: まず研究助成金を得て、現地の研究機関とつながりをつくり、調査許可を得ます。それから現地へ行き、出会った人々の紹介を頼って、調査地を定めます。私の場合、町から離れた先住民の暮らすところへ行くので、ヘリコプターや船に乗って村に向かい(夏は閉ざされる陸路が多い。前編参照)、そこからさらに森の奥深くで遊牧生活をしている人のところを目指します。森を行くには、トナカイ橇やスノーモービル、船外機付きの小さなボートを使ったり、ときには徒歩で何十キロメートルも歩いたりせねばなりません。私は数か月から半年にわたり、遊牧者のテントや小屋で彼らと一緒に暮らし、仕事を教えてもらいながら、観察・インタビューをします。そういう調査を博士課程の頃から十年くらい繰り返してきました。

照明の灯油ランプ。森の中の遊牧生活に入ると、発電機を持って行かない限り電気を使えない。(撮影:大石侑香)

福井: 人から人へ、足を使って少しずつ奥に向かって行くんですね。住み込み先が見つかってからは同じファミリーにずっとお世話になる感じですか?

大石さん: そうでもなくて、トラブルがあったり気に入られなかったりして出ていくこともあります(笑)。いろいろな世帯を調査したかったので、他の家族のところに行ったり戻ったりを繰り返していました。

福井: 自然科学の研究だと、先行研究などをもとに仮説を立てて、あらかじめ実験や観察など研究スタイルのデザインを綿密に立てて実行に移すことが多いですが、文化人類学だと研究テーマも調査しながら探すといった感じなのでしょうか?

大石さん:  先行研究を読み込んで、これまでに分かっていることを頭に入れて、研究テーマを絞って調査地へ向かいます。ですがやはり調査に行ってから、異なる文化の中に身をおき、様々な人々と出会うことで何か面白いものを見つけようとする姿勢は大事だと思います。これまでに想定されていた知識に当てはまらないものを見つけたときが一番面白いですからね。先行研究をくつがえすようなことを見つけた時は「やった!」と思います。

福井: ちょっとしたパラダイムシフトを起こせてしまうわけですね。それは面白そうです。具体的にどんな発見があったのですか?

ハンティの知恵の輪を手にする大石さん

魚で魅了?巧みなハンティのトナカイ放牧

大石さん: とてもユニークなトナカイ放牧の仕方を見つけたのですが、その前に少し前提のお話をさせてください。通常、ウシやヒツジの放牧の場合、人が放牧中の群れを見張ります。ですが、トナカイ放牧の場合、広大な森に放し飼いです。

福井: 半野生といった感じですね。そういえばトナカイはウシなどの他の家畜と違って、野生種との生物学的な違いが無いとされていますね(学名は野生も家畜も同じRangifer tarandus)。乳牛や綿羊と違って、トナカイって肉や毛皮を得るために屠畜しないといけないですよね? トナカイたちは殺されるのに逃げないんですか?

大石さん:  トナカイも人間と一緒にいれば、殺されるのは分かっているみたいなのですが、なぜか人間から完全には離れようとしません。それはおそらくトナカイにとってもメリットがあるからだと思います。ひとつは人間がいることで、ヒグマやオオカミ、クズリ、キツネといった天敵から守られるということですね。

福井: 屠畜されるコストより、野生の天敵から守られる利益の方が大きいんですかね。興味深いです。ほかにもトナカイにとってのメリットはあるんですか?やっぱり餌をもらえることが大きいんでしょうか?

大石さん: 基本的に餌はトナカイ自身が自然環境の中で勝手に探して食べます。夏であればイネ科の青々とした草など、冬であれば雪を掘り返してツンドラコケという地衣類を食べます。干し草や穀物といった一般的な家畜用飼料は通常は与えません。

福井: 家畜トナカイは食生活も野生的ですね。しかしそれは「一般的ではない」餌を与えているということですか?

大石さん: はい、そうです。ハンティの人々は家畜トナカイに魚をあげているんです。

福井: ええーっ?トナカイが魚を食べるんですか? 確かに植物食動物でも、時々は動物質のものを食べるとは聞きますが。

大石さん: トナカイが雑食に近いことや、トナカイに魚をあげているという事実そのものはすでに文献にも書かれているのですが、詳しいことはほとんど何も分かっていませんでした。今回私の調べで、彼らがどんな風にトナカイに魚を与えているのか、なぜ与えているのか知ることが出来ました。

魚を一匹丸ごと食べるトナカイ。(撮影:大石侑香)

福井: 興味深いです!魚は猫まんま的に、普通の餌に魚粉などを混ぜて与えているんですか?

大石さん: 私も実際に見るまではそんな感じかと思っていましたが、全然違いました。先ほどお話したように、干し草や穀物は与えていません。そして魚はなんと丸ごと与えています。冬であればカチカチに凍っている、30cmくらいはある大きな魚を丸ごとトナカイにポイポイ放り投げます。そうするとトナカイがどんどん寄ってきます。初めて見たときはあまりに驚いて、ただ突っ立て見ていました。そしたら、同行を許してくれたハンティの人に「お前も投げろ」、「手伝ってくれ」と怒られました(笑)。衝撃的でした。

福井: トナカイに凍った魚を投げる!シュールな光景ですね。

大石さん: 凍った丸魚を奥歯ですりつぶして食べているのでしょうか。しかも人間や飼い犬が食べるのと同じ種類のおいしい魚を与えます。トナカイは魚を主に食べているのではなく、あくまで数頭を惹きつけて誘導するための量です。数頭が魚に気づいて寄ってきたら、群れ全体も動くので。おもしろいのは、人間が食べる分が無いのに与えることがよくあることです。

福井: ずいぶん気前よくあげてしまうんですね。どんな時に魚を与えているんですか?

大石さん: 基本的に群れを集めて人間の家の近くに戻す時ですね。昼間はトナカイにソリを引かせるなどして働かせていて、夕方には解放します。夜の間は森の中で自由に過ごしているのですが、朝にはまた群れを探しに行き、連れ戻します。そんな時に魚を与えて誘導します。

冬季の漁業。湖面の氷に穴を開けて魚を獲る。(撮影:大石侑香)

福井: 文字通り、魚をエサにトナカイの群れをコントロールしているんですね。誘導につかうということでしたが、魚は平等に行き渡るんですか?

大石さん: ここがまた面白いところで、魚を群れにまんべんなく行き渡るように与えるというわけではなく、意図的にえこひいきします。具体的には去勢されたオスの中でも従順な一頭に重点的に魚を与えて、群れのリーダーに仕立て上げるんですね。トナカイは前を進む個体にあまり考えずについていく習性があるので、人間によく馴れたリーダーがいれば群れ全体をある程度コントロールできるというわけです。自由な夜間に群れが遠くに行ったとしても、リーダーは魚がもらえると思って、朝には家の方に近づきます。

福井: おお、リーダーは船の錨(いかり)のような役割を果たすんですね。たくさん魚をもらうと余計にたくましくなって、リーダーっぷりに箔がつきそうですね(笑)。

大石さん: この方式で牧畜をしているのは、100頭前後の小規模な群れを飼育していて、漁業も兼業している世帯です。彼らは比較的狭い範囲にトナカイを放牧して、トナカイや漁場の移動に合わせて複数の地域に建てた木造の家を移り暮らしています。彼らの場合、隣の世帯との距離が比較的近いので、飼っているトナカイがお隣の群れと混じらないようにするのが魚でリーダーを作るもう一つの動機ですね。また漁師を兼ねているので、トナカイに魚を与える余裕もあるわけです。

小規模牧畜と漁業の兼業をしている人々が暮らす、木造の家。5軒ほどの家を牧畜や漁業のシーズンに合わせて移り住む。(撮影:大石侑香)

福井: 100頭でも小規模なんですね。大規模な群れだと何頭くらいのスケールになりますか?

大石さん: 森林地帯では2000~3000頭にはなりますね。前編で紹介した、テントを使った遊牧生活をしている人々がそれです。ウラル山脈をまたいで年間で往復400kmくらい移動します。彼らは隣のグループとの距離が遠く、また魚もあまり獲らないので、トナカイに魚を与えることはしません。同じ民族でも、自然や社会により牧畜や生活のスタイルは大きく変わります。これが研究の面白いところでもありますね。

野生トナカイが最大のライバル?

福井: 北米にはカリブーと呼ばれる野生種しかいませんが、シベリアにも野生のトナカイはいますか?

大石さん: 家畜が再野生化したものらしいですが、たくさんいますね。シベリアでも地域によって家畜トナカイと野生トナカイの割合にかなり違いがあります。実はトナカイ牧畜民にとって野生トナカイは、ある意味ヒグマやオオカミより強敵です。

福井: それはなぜですか?

大石さん: 先ほどお話したように、トナカイは周りの動きにつられて移動する習性があるんですね。なので、野生トナカイの群れが家畜の群れに接触すると、そのまま家畜トナカイを群れに取り込んで離れてしまうことがあります。逆に野生トナカイを家畜の群れに取り込んでしまうこともありますが。野生トナカイをうまく群れになじませられれば、そのままずっと群れにいます。野生と交配することもあります。

福井: 野生トナカイの出現は大損害を引き起こすこともあれば、臨時ボーナスになることもあるということですね。こんなこともあるので、魚でトナカイを惹きつけておく必要があるんでしょうね。

価値観の変化にどう向き合う?

福井: 前編ではハンティの文化に性別による役割分担(ジェンダーロール)はかなりあるというお話を伺いました。文化相対主義(様々な民族集団のそれぞれの文化を、優劣をつけず相対的なものとする)がある一方で、SDGsに代表されるように世界では性別を含めあらゆる不平等を無くしてゆこうというムーブメントがあります。いくつもの価値観の間で、どうしても重ならない部分が出てくると思うのですが、ハンティのような少数民族や大石さんのような文化人類学者は、この矛盾にどう向き合っているのですか?

大石さん: 矛盾というより、個人・集団の中での葛藤だと思います。ハンティ等はロシアや都市の社会システムや生活様式、資本主義的な経済発展を普遍的価値として推し進めるグローバリズム等の影響を受けて、仕方なく自分たちの生活や行為を変えることもあれば、それらに抵抗することも、抵抗なく受け入れることもあります。その一方で、受け身ではなく、主体的に何を残し何を変えてゆくか、彼ら自身で考えながら実践していくこともあります。例えば、これまで熊送りの儀礼は男性だけのものだったのですが、ここ20年くらいで月経時以外ならば女性も見学できるようになりました。

福井: それは外部から性差別だと批判されて渋々変えたわけではない、ということですか?

大石さん: はい、彼らの中で女性も見学したいという意見を取り入れて議論して決めていったことのようです。彼らの中でも価値と実践は常に変化しています。私はそうした、文化が変化してゆく様子を興味深いと思っています。どのようにハンティが他の価値を受けとったり、受け入れなかったりしてきたか/していくか、研究を続けていきたいです。もちろん、支配側の論理をマイノリティーに押し付けることや、逆にマイノリティー集団の論理を尊重するあまり個人の権利がないがしろにされたり、明らかな環境悪化を放っておいたりすることも避けたいですが。

民族学者が書いた専門書の図案を参考に裁縫をするハンティの女性。背中側にはスマートホンが見える。大きな村では電気も携帯電話網も使うことが出来る。(撮影:大石侑香)

ハンティに学ぶ、しなやかな生き方

福井: 私たちはハンティの生き方から何を学ぶことが出来るでしょうか?

大石さん: ハンティは、社会や自然環境の変化対して、とても柔軟に対処して生きています。例えば、トナカイが大量にいなくなったら、漁撈に切り替えます。こういった臨機応変さ・柔軟さが彼らの魅力だと私は思っています。日本では新型コロナウイルスへの対策で生活が急に変わったり先々の予定が変更になったりで、右往左往したりストレスをためたりしているようですが、シベリアの森やツンドラに暮らす人々は、ちょっと違うかもしれません。彼らは同じ明日が必ず来るとはあまり思っていないと思います。気象や動植物のような自然環境常に変わっていますし、ソ連からロシアという政治経済の大きな変化にもさらされてきました。彼らには毎日状況をよく読んで大小の変化に対応して生活していく強さがあります。こうした彼らの柔軟性を我々も見習うことができるのではないでしょうか。


身体を張った文化人類学の研究方法から、魚を使ったハンティのユニークなトナカイ牧畜、自然の中で暮らす彼ら独特の価値観と、時代の変化に柔軟に対応する生き方についてお話を伺いました。未来館職員も大石さんも自宅待機の中、当初の予定を大幅に超えて2時間以上にわたるオンラインインタビューとなりましたが、話が盛り上がり過ぎてあっという間に時間が過ぎてしまいました。大石さん、ありがとうございました!


 大石さんをはじめ、たくさんの北極研究者と未来館が協力してつくった、変わりゆく北極の今を知り、北極の未来を考えるゲーム「The Arctic」がリリースされました。体験会など詳しい情報はこちらのリンクからどうぞ(2020年6月現在、コロナウイルス対策のため体験会の受付は休止しています)。地球温暖化は北極のトナカイにも深刻な影響を与えているみたいですよ!


関連リンク

国立民族学博物館 https://www.minpaku.ac.jp/

人文知コミュニケーター http://www.nihu.jp/ja/training/jinbunchi

北極域研究推進プロジェクト(ArCS) https://www.nipr.ac.jp/arcs/

北極ボードゲーム「The Arctic」 https://www.nipr.ac.jp/arcs/boardgame/



Author
執筆: 福井 智一(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
大学で研究員としてショウジョウバエと戯れるも、野生の世界への憧れを捨てられず青年海外協力隊としてアフリカ・ケニアで野生生物保護活動に従事。帰国後はケニアで撮影した写真をもとに個展などを行う。紆余曲折の後、無節操な知識欲と経験を活かすために未来館へ。