緊急事態宣言が解除され、新型コロナウイルス感染の勢いはひと頃よりも落ち着いた感はある。ただし、これから人々が活動を始めると、第2波が来るのではないかとも言われている。ワクチンが開発されるまでに第2波が訪れたら、世界はまたもや混乱してしまうだろう。

こうした状況を打破するため、世界中の科学者、医学者が立ち上がっている。国内でも、今年5月に共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」が発足した。同グループは、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)における重症化の予測を目指している。

今回、同タスクフォースにも参画している東京医科歯科大学 M&Dデータ科学センターの高橋邦彦教授に、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)対策におけるデータ分析の役割について聞いた。

  • 東京医科歯科大学 M&Dデータ科学センター 高橋邦彦教授

医療に「根拠」を作り出すデータ分析

もともと、大量のデータを扱う医療の世界はデータ分析と関わりが深い。「医者はそれぞれ治療に対する独自の感覚を持っていますが、患者の年齢などの基礎情報や検査データなど、詳細なデータを取得して分析することで、自分の感覚を確かめることができます」と、高橋教授は語る。

医療の分野でもさまざまなデータを使って分析しようという機運は高まっており、科学的根拠に基づく医療は「Evidence-Based Medicine」と呼ばれ、注目を集めている。

高橋教授は、「10年前くらいまでは、Excelなどで扱える小規模なデータを分析していましたが、今では、AIやスーパーコンピュータを用いて遺伝子データなどの大規模なデータの解析が行われています」と話す。医療データの解析においては、医者とデータサイエンティストがコラボレーションを行って、データの意味を分析していくという。

ただし、「医療データは倫理性が求められるので、意味を考えながら分析しなければなりません」とも、高橋教授は話す。有用な結果を導くには、そのための資質がデータサイエンティストに求められることになる。

医療データの解析においては、数値モデルを用いて予測を行っていくが、その際、SASのアナリティクスソフトウェアなどの既存のソフトウェアパッケージを使うことで、解析の時間を短縮できるそうだ。最近は、複雑なモデルが増えてきたとのことなので、そうしたアナリティクスソフトの重要性も高まっていると言える。

統計学者が政策に関わるようになってきた

今回、政府が新型コロナウイルスに関する情報を発信する際、厚生労働省のCOVID-19に関するクラスター対策班のメンバーとして、北海道大学大学院医学研究院の西浦博教授が記者会見に登壇していた。COVID-19の感染拡大を防止するために「接触機会を8割減らしましょう」と説明していた方と言えば、おわかりになるだろうか。

また、西浦教授は数理モデルを用いて、「感染防止策を実施しなければ、日本で約85万人がCOVID-19で重症化し、その約半数が死亡する」との予測も示した。

これまでにも、パンデミックは起こっているが、国家として、データ分析の結果を用いて対策や予測が発信されたことはなかったような気がする。高橋教授にこの疑問をぶつけてみたところ、同意が得られた。

「今まで、統計学者は、政策会議において蚊帳の外でした。しかし、今は違います。統計学者が政策を決定する場に参加するようになってきました。私も政府の委員会に参加したことがあります」と、高橋教授は話した。データをもとに政策を決定していくという動きが進んでいるのだろうか。

西浦教授は記者会見の際、専門用語を用いて説明をしておられ、一部では「わかりにくい」という報道もあったが、「それは、西浦先生の作戦かもしれません」との見解を高橋教授は示した。つまり、COVID-19について正しく理解してもらうために、一般の人には難しく思われる専門用語を用いたというのだ。確かに、西浦教授の会見は毎回、注目を集めており、日本国民がCOVID-19を理解し、正しく恐れ、戦っていくという機運の醸成に一役買っていたように思う。

新型コロナ制圧に向け、立ち上がる日本の医療関係者

高橋教授は、東京医科歯科大学 M&Dデータ科学センターに所属しているが、同センターは今年4月に設立された。同センターは、医療分野のデータサイエンティスト養成を目的としており、「M&Dデータ科学基盤系」「M&Dデータ科学実践系」「M&Dデータ科学アウトカム系」という3つの領域と7つの部門から構成されている。

同大学が抱える膨大なビッグデータにデータ科学を組み合わせることで、医学とデータサイエンティストに精通した「スーパーメディカルサイエンティスト」の育成を目指している。高橋教授は「われわれは国内の医療全体、大学におけるデータサイエンスの底上げを狙っています」と話す。海外に比べ、日本のデータサイエンス分野は遅れていると言われており、同センターの取り組みに期待したいところだ。

また、同大学の附属病院はCOVID-19の感染患者を受け入れており、感染患者のデータを持っており、今後、それらの分析を行っていくという。

加えて、前述した「コロナ制圧タスクフォース」では、日本人のCOVID-19の人口当たりの死亡者数が欧米諸国に比べ圧倒的に少ない点に注目し、日本人におけるCOVID-19の重症感染者と軽症・無症候感染者を比較することで、日本人特有のCOVID-19重症化に関連する疾患感受性遺伝子の探索を行っていくとしている。

こうしたCOVID-19を巡る取り組みは、人類の滅亡をかけた戦いと言っても過言ではないだろう。日本の科学者、医学者の方たちの知見を結集することで、COVID-19への有効な対策を導き出してくれることを期待したい。