新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言が解除されたものの、引き続き自宅で仕事をする機会が増えた人もいるだろう。家での長時間の作業になかなか慣れない人も多いかもしれないが、世の流れとは無関係に在宅で仕事をする職種も存在しており、マンガ家もその1つだ。この連載では、在宅ワークのプロフェッショナルであるマンガ家に、家での過ごし方のコツを聞く。

第1回は「山と食欲と私」などで知られる信濃川日出雄。北海道の自然の中で暮らす信濃川流のおうち時間とは。また外出自粛が続くこの時代にアウトドアをテーマとした作品を描く覚悟も聞くことができた。

取材・構成 / 松本真一

在宅ワークでいいこと悪いことは裏返し

──家でずっと仕事をすることは得意なほうですか?

得意だと思います。現在は自宅内の一部屋をアトリエとして仕事専用にしていますが、もともと小さい頃から絵を描いたりギターを弾いたり実家の自分の部屋で何かをしているのが好きな子供でした。その延長で今に至っていると思います。アトリエとして近所に物件を借りることを検討することもありますが「こもって家に帰らなくなりそう」という理由であえて借りず、家の一部屋で仕事をすることを選んでいます。

──在宅ワークの良い部分はどこだと思いますか。

良い部分は

・通勤がないこと
・育児に全面参加できること
・自分で仕事時間をコントロールできること

通勤がないので、好きな場所に住むことができます。在宅仕事歴は18年。デビュー前後は東京にいましたが、環境に馴染めないうえに都市に住み続ける必要を感じなくなり、結婚を機に10年前に妻の実家がある北海道に移住しました。憧れの薪ストーブを主暖房とした生活。野山に囲まれ、家の裏の雑木にはたくさんの野鳥やリスも遊びに来ます。

普段取引のある東京の編集さんたちだけではなく、スタッフは神奈川に、コラボ企画などの担当者さんは栃木や福岡にいたり、あるいは札幌(北海道新聞の連載)の編集さんとすらほぼ会わずネットだけで済ませていたり……と、ネットを通じたコミュニケーションですべての仕事が回っています。原稿をデータで納めるようになったのも移住後からですが、不都合はこれまで一度もありません。

また特に家族との関わりについても非常にメリットが大きいと感じます。小さい子供が2人いるのですが、1人が学校や習い事の用事、もう1人は急な体調不良で病院に……なんて状況が頻繁に訪れます。そのような事態でも家に夫婦2人いるので、いつでも対応できるのがいいところです。また日中、子供が近所の友達と遊んでいる様子を常にうかがえるのも面白いです。たまに仕事の手を止めて自分も遊びに参加します。子供たちのリアルなトレンドがわかるだけではなく、日常的に関わることで直接的に信頼関係を築くことができ、遊びがエスカレートして危険な場面や、ケンカの際に注意したりするときも、話がしやすくなります。

──では逆に悪い部分は?

悪い部分は良い部分の裏返しですね。

・社会の変化に鈍感になること
・家族との距離が近くなりすぎること
・休日の概念が存在しないこと

です。

一例をあげると“都会の新常識”に疎くなります。現代を舞台にマンガを描いているという仕事柄、これを補う努力も必要になるので、編集さんや友人たちから積極的に話を聞いたり、用もなく地下鉄やバスに乗るなど街をぶらぶらすることもよくします。ただ、このご時世、いきなり在宅仕事が推奨される世の中に変わってしまったので、一般的には日陰でコソコソしていた自分の仕事スタイルが、突如覆いを剥がされて白日の下に晒されたような恥ずかしさがあり、レア感がなくなっちゃうという謎の戸惑いがあります。

加えて、昔から在宅ワーカーの代表としてその悲喜こもごもをネタにして生きてきた歴戦のマンガ家諸氏になぜ在宅ワークの秘訣をいの一番に聞きにきてくれないのか、在宅ワークが奨励されるようになり数カ月経ってもなお、社会の隅っこにいるままスポットライトが当たらないマンガ家という職業に寂しさを感じていました。今回のナタリーさんのインタビュー企画には感謝しかありません。深くお礼申し上げます。

──実は信濃川さんの「家で仕事をしながら快適に過ごすには、というような話題が見受けられるが、なぜ漫画家にインタビューに来ないのか不思議です」というツイートは、このコラム連載をはじめるきっかけの1つでした。小さいお子さんを見つつの在宅ワークは大変なことも多いと思いますが、「家族との距離が近くなりすぎること」について、もう少し詳しくお伺いできますか。

家族とはいえ、24時間同じ空間で一緒にいたら息がつまるものです。アトリエ(仕事部屋)があることである程度解決できていますが、あまりにも子供がうるさくて集中できないときなどは、自分が仕事道具を持って外に出たり、妻に子供を連れ出してもらったり、時々そんなこともあります。

休日の概念が存在しないことは、マンガ家という仕事柄仕方ないと受け入れています。遊びの延長が仕事になったりもしますし。ただ家族のことを考えると18時以降は働かないようにしたり、「今日は絶対休むぞ!」と決意した日はアトリエにも立ち入らないなど、仕事環境と距離を取るようにしています。

──在宅ワークの際に一番心がけていることはなんですか?

仕事をしすぎないことです。単身時代は24時間仕事のことばかりでいられましたが、今は子供2人もまだ小さいので、できるだけ家庭に関わる必要を感じます。スケジュールが過密だったり仕事量が多いと、どうしても同じ建物内にいる以上、家族にもストレスが伝播し、それが続くと関係も悪くなり、こちらの仕事にも影響し、すべてがうまく回らなくなります。それは避けなければなりません。みんなができるだけ毎日健康でゴキゲンであると、仕事もうまく回ります。必要なときは仕事量をセーブして、自分勝手に夢中になりすぎないようにしています。

また、こうして在宅で仕事をしていられるのは編集さんたちやスタッフはじめ仕事仲間の理解や協力あってこそ。プライベートな事情が仕事に影響してくる部分はお互い様なので、細やかなコミュニケーションを心がけながら柔軟に対応もします。

──マンガ家は在宅のプロでもある反面、信濃川さんはアウトドアもお好きだと思うのですが、外出自粛が叫ばれている昨今、どのようにストレスを解消されていますか。

まずそもそもストレスを溜めない工夫をがんばっています。遠方で仕事をしていると、連絡に関するタイムロスや仕事仲間との理解の齟齬などがストレスの原因になることが多いので、少なくとも自分はとにかく即レス、丁寧な打ち合わせ、ヴィジョンや目標などの共有作業を普段から徹底し、可能な限りストレスがない状態=フラットもしくはメンタル的にプラスの状態でいることを心がけてます。それでも気分転換は必要なので、例えば家庭菜園の手入れ、子供と遊ぶ、散歩、カメラ、楽器の練習や将棋、DIY、燻製作りなど、仕事の合間にできることを。在宅ならではだと思います。特に、家事がストレス発散になれば、一石二鳥、三鳥でベスト。普段の料理もそうですし、夏は草刈りや薪割り、冬は除雪などの力仕事も一汗かいていい気分転換になります。

──現在、登山に関する取材もできないと思うのですが、お仕事への影響はいかがでしょうか。

連載開始以来5年間、日常的に札幌近郊の山を歩きながら、毎年季節ごとに日本各地の山々に遠征取材に出ていました。今年はそれができていないため、取材ストックを小出しにしながら、当面のあいだは過去回想編を描くことにしました。登山の世界でも、“新しい様式”が求められています。都道府県間の移動の自粛や、休業する山小屋もあり、この先もどうなるかわからない。ありのままを取材してマンガに盛り込むつもりでいますが、まだあまりにも流動的すぎるので、過去回想編を描きながら様子を見ることにしています。同時に現状の取材を進め、過去回想編が終わった後に新しい時代に合わせた話を描くつもりです。

信濃川日出雄式「これで捗る!在宅ワーク」

“オーダーメイド”な仕事部屋

自分の仕事に特化したプライベートオフィス(アトリエ)は必須ではないでしょうか。一時的に在宅ワーク状態ならばまだしも、恒常的に在宅ワーカーになるのであれば尚更です。プライベート空間と仕事環境を分けることでメリハリもつきます。ただし一般的に、いきなり自宅に仕事部屋を構えることには物理的にも費用的にも無理があることはわかります。例えば企業が在宅ワーカーに家賃や通信面での補助をしたり、在宅ワーカー向け間取りの物件が増えたり、在宅ワーカーは税金が安くなるなどの強力な施策がない限り、社会全体での在宅化は進まないと思います。

斧で薪割り

要するに、気分転換を兼ねた屋外での家事労働です。我が家は薪ストーブが主暖房なので、春~夏は冬支度としての薪割りが欠かせません。斧を振って降ろす作業は肩こり解消にもなり、毎日のエクササイズにもなります。夏はほかに家庭菜園、草刈りなど。冬であれば除雪作業がこれにあたります。

カメラで窓から野鳥観察

在宅ワーク(さらに基本1人きり)は、日常の景色が代わり映えしません。窓から感じられる季節の移ろいは貴重です。窓の近くの木に、四季を通じてさまざまな野鳥が来るので、仕事中に時々ペンをカメラに持ち替え、近距離から写真を撮っています。あまりにも毎日撮っているので、野鳥を待っている間にマンガを描いているんじゃ……とお叱りを受けても仕方がないレベルにきています。

信濃川日出雄の1日

朝型スタイルに切り替えて10年。家族が寝ているうちに早朝から仕事をスタートするのが秘訣です。目覚まし時計は使わず自然と目が覚めるので、朝食の支度は朝に強い自分が担当することが多いです。シナリオ作業やネーム、複雑なシーンの作画、エッセイ原稿や企画立案など、深く長い集中を必要とし仕事のコアになる大事な作業は、必ず頭がフレッシュでクリアな状態にある早朝~午前中にやります。午後から夕方になるにつれて、メール対応や打ち合わせが入り込み、子供に関する用事も増え、慌ただしくなるので、どうしようもないときは無理に机に向かいません。夕方以降はもはやアトリエからも出て、子供の相手や家事の合間にメール対応したり。

例えば、今こちらのインタビューの回答は、リビングにて寝落ちした1歳児を左腕で抱っこしながら、空いてるほうの右手で、スマホで書いています。夕方へんな時間に寝ちゃって、今夜は寝かしつけが大変だなあ……とか内心思っています。妻が上の子と諸用で出かけてるので、下の子と2人で留守番をしているというわけです。そんな感じで、夕方は仕事にならないので、お父さんはみんなが寝ている明け方に働いています。このスタイルで仕事が無理なく回る今の状況はありがたい限りです。気分転換は好きな時に随時。コーヒーを入れたり、ストレッチや日光浴も生活習慣の一部になっています。

読者へのメッセージ

「山と食欲と私」は、マンガファンだけではなく登山愛好者の方々にも多く読んでいただいています。「気軽に山に行けないこんなときだからこそ、マンガの中でくらい、良い景色を見たい」という要望に応えたい反面、「登山のリアル、“登山の新常識”をちゃんとマンガに盛り込まねばならない」という使命感もあり、実際の登山界がさまざまに模索している状況がそのまま反映される形で、作品としても模索していくことになると思います。今はこんな感じでバタバタしていますが、それでも目をそらさず描き続けていくことで、きっと5年、10年、何年も経った後に、時代を記録したものとして大きな価値を持つと信じています。

これまで、日常の都市生活から非日常へのトリップとして大自然へ……という考えで自然を求めていた多くの人々が、急に都市生活の前提が激変し、人生観にも劇的な影響を受けた時、都市←→自然、この距離感をどう捉え直すか。日夜にして常識が入れ替わる今の状況は、物語の題材・舞台として非常に面白いと感じています。どんな視点で、どのように描いていくか、そんな楽しみ方もしていただけたらと思います。

信濃川日出雄

2015年9月よりくらげバンチ(新潮社)にて「山と食欲と私」を連載中。過去作品に「fine.」「茜色のカイト」「少年よギターを抱け」など多数。現在は北海道札幌市在住。7月9日には「山と食欲と私」12巻が発売。また同日に、同作の内容を抜粋した電子書籍「山と食欲と私 ベスト山ごはん10 ~はじめて読むならこの1冊~」が配信される。