語り継がれる「10.8決戦」 (C)  Kyodo News

◆ “新たな伝説”の誕生に期待を込めて…

 6月19日のシーズン開幕に向けて、一気に動き始めたプロ野球界。6月2日からは練習試合も解禁となり、野球ファンにとっては久しぶりに「プロ野球のある日々」が戻ってきた。


 3カ月遅れの“球春到来”へ──。新シーズンへの期待は日に日に膨らんでいく。そこで今回は、過去のプロ野球史における、各球団の「伝説の試合」を独断と偏見でピックアップ。

 2020年、新たな伝説が誕生することを楽しみにしながら、過去の名勝負を振り返っていきたい。


◆ 巨人:「伝説の10.8決戦」

▼ 1994年10月8日(ナゴヤ球場)
巨|021 210 000|6
中|020 001 000|3


 巨人の伝説の試合は数多くあるが、あえて挙げるとすれば「10.8決戦」だろう。

 この年の公式最終戦は、ゲーム差なしの同率で並ぶ中日との対戦。つまり、勝った方が優勝という緊張感あふれる一戦だった。

 プロ野球史上初の出来事ということもあり、広く注目されたこの試合。巨人は槙原寛己~斎藤雅樹~桑田真澄という3本柱を全員つぎ込む必勝リレーを繰り出し、6-3で勝利。“絶対に負けられない戦い”を制したチームは、勢いそのままに日本一へと登り詰めている。

 一方、敗れた中日ナインは本拠地で茫然。大きな喪失感に襲われ、「悔しさを感じたのは数日後だった」という選手も。それほどの激戦だった。


◆ DeNA:「38年ぶりのリーグ優勝」

▼ 1998年10月8日 vs.阪神(甲子園)
横|101 000 020|4
神|200 100 000|3


 今では「横浜DeNAベイスターズ」という名前もすっかり浸透してきたが、この名前になってからのリーグ優勝はない。横浜の街が最後に歓喜に沸いたのは、1998年のことだ。

 優勝決定日は「10月8日」、奇しくも巨人の伝説のゲームと同じ日付である。この試合は8回まで2-3とリードを許す苦しい展開も、8回表に二死ながら満塁のチャンスを作ると、進藤達哉が値千金の適時打を放って逆転に成功。

 4-3と試合をひっくり返すと、8回裏からクローザーの佐々木主浩を投入。もちろん9回も続投し、最後は苦手としていた新庄剛志を得意のフォークで三振に取りゲームセット。この瞬間、横浜が38年ぶりの栄冠を掴んだ。


◆ 阪神:「バックスクリーン3連発」

▼ 1985年4月17日 vs.巨人(甲子園)
巨|200 000 102|5
神|100 000 50X|6


 阪神の伝説の試合といえば、ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布による「バックスクリーン3連発」が飛び出した試合が伝説だろう。

 この試合は巨人打線の勢いが強く、阪神は7回の時点で1-3とリードを許していた。しかし、7回裏に攻めあぐねていた巨人先発の槙原寛己から二死一・二塁というチャンスを作ると、3番のバースがバックスクリーンに叩き込む3ラン。一振りで試合をひっくり返す。

 さらに、つづく4番の掛布もバックスクリーン横に打ち込む一発を放ち、なんと5番・岡田もバックスクリーンへ。聖地・甲子園の虎党はまさに狂喜乱舞。打球の行方を見たまま立ち尽くす槙原とのコントラストは特に印象深く、30年以上が経った今でも度々取り上げられる。


◆ 広島:「江夏の21球」

▼ 1979年11月4日 vs.近鉄(大阪球場)
広|101 002 000|4
近|000 021 000|3


 広島と近鉄が対決した1979年の日本シリーズは、共に3勝ずつと譲らずに第7戦へ突入。勝った方が日本一という最終決戦で、あの左腕が輝きを放つ。

 この試合は7回までに4-3と広島がリード。この1点を死守すべく、抑えの江夏豊を7回からマウンドに送った。

 7回・8回と無失点で最終回まで持ち込むも、先頭の羽田耕一に安打を許してしまうと、さらに2者連続の四球で無死満塁。一打同点どころか逆転サヨナラも、というまさに絶体絶命のピンチを迎える。

 それでも、代打の佐々木恭介を空振り三振に斬ってひとつアウトを取ると、つづく石渡茂が2球目にスクイズを試みたところ、江夏はこれを見破って外に大きく外して空振り。三塁走者を仕留めて二死二・三塁に。

 なおも気を抜くことができないピンチではあったが、石渡も変化球で空振り三振に仕留めてゲームセット。チームを日本一へと導いた9回裏の“21球”は、後にこの時の選手心理や試合背景をまとめたノンフィクション小説が掲載されるなど、人気を博した。


◆ 中日:「完全試合目前の継投」

▼ 2007年11月1日 vs.日本ハム(ナゴヤドーム)
日|000 000 000|0
中|010 000 00X|1


 中日の伝説の試合は、2007年の日本シリーズ第5戦だろう。

 この試合は中日打線が相手のエース・ダルビッシュ有から1点をもぎ取り、先発の山井大介も虎の子の1点を快投。なんと8回まで一人の走者も出さないパーフェクト投球を続ける。

 1-0のまま迎えた9回、日本一はもちろんのこと、完全試合という大偉業への期待も高まる中、落合博満監督は山井の交代を決断。守護神・岩瀬仁紀をマウンドに送った。

 結局、後を受けた岩瀬も出塁を許さず、「完全試合リレー」で中日は53年ぶりの日本一に。歓喜の後も、指揮官の決断は様々な議論を呼び、なんなら10年以上が経った今でも様々な意見が飛び交っているが、このように長きに渡って語り継がれているという点でも、伝説の試合と呼ぶにふさわしい一戦だったと言えるだろう。


◆ ヤクルト:「Mr.トリプルスリーの3連発」

▼ 2015年10月27日 vs.ソフトバンク(神宮)
ソ|020 110 000|4
ヤ|201 020 03X|8


 ヤクルトも野村克也監督時代の日本シリーズなど印象的な試合の多いチームだが、中でも記憶に新しいのが2015年の日本シリーズ第3戦。このインパクトは大きい。

 この試合の主役は山田哲人。まずは初回、先発の中田賢一から先制の2ランを放つと、同点に追いつかれて迎えた3回にも中田から勝ち越しとなるソロ。連敗で神宮に帰ってきたチームを鼓舞する活躍を見せる。

 しかし、再び逆転を許してしまう苦しい展開になりながら、その苦境を覆したのも山田だった。5回、今度は2番手の千賀滉大からレフトスタンドへ逆転の2ラン。日本シリーズ史上初となる1試合での「3打席連発」という大暴れで、チームの窮地を救った。


文=中田ボンベ@dcp