興味深いヒストリ―を持っていた一台!英国製スポーツカー初の四輪独立懸架モデル ACエース

この記事は『2種のブリティッシュ・スポーツカーの逸品│同じエンジンを持った2台に対面』の続きです。

ACエースは高名なレーシングカー設計者、ジョン・トジェイロの設計である。鋼管製ラダーフレームに、前後軸に横置きリーフスプリングとロワーウィッシュボーンを備えた、英国製スポーツカー初の四輪独立懸架モデルだ。
 
ギアシフトはストロークが長く多少の練習を要するがすぐに慣れる。ゆっくり確実な操作がベストな方法だ。高速クルーズに有効なオプションのオーバードライブは装備されていたが、なぜかオプションだったフロントのディスクブレーキは未装着だった。ウィルヘルムはアルフィン・ドラムも有効だと私を安心させようとしたが、それらはディスクほどの効きはない。私は自分のXK140をディスクブレーキにアップグレードしてあるので、私自身が頭を切り替える必要があった。オリジナルでは望み得ないほどきちんとした作りのトノーカバー・レザーストラップは、ウィルヘルムが作った。これなど彼の典型的なドイツ的ディテールへのこだわりなのだろう。
 
シャシーナンバーは312で、現在では完全なオリジナルスペックに保たれているが、そのヒストリーは興味深い。「当初はアメリカに輸出され、長くそこでレーシングカーとして使われていました。しかもある時点ではアメリカンV8に換装されたりもしていました。もちろん、現在では正しいブリストル製2リッター ストレートシックスに戻されています。ボディにも手が入っていますが、ドアやボンネット、トランクリッドには、ボディナンバー312のオリジナルスタンプが残っています。アメリカを離れてからはオーストラリアに渡ったことがわかっています」

「私は購入後すぐに、このプロジェクトを任せられるであろう、スタントン・モータースポーツのスティーブン・スタントンのもとに預けました。ロンドンの西方でバースとの中間、デヴォンシャのメンベリーにあるスペシャリストショップで、ACやフレイザー・ナッシュ、BMW328などを多く手がけています。このエースは現在、完璧に動く最高のコンディションにあります。といっても、乗ることに躊躇したりはしません。私にはとても使いやすい車です。外装は柔らかいアイボリーで内装は赤の革トリムというのも気に入っています」


 
街を抜けると道路は無人地帯に伸びる片側2車線となり、ウィルヘルムはフレイザー・ナッシュを加速させる。私はACのギアを一段落とし、トリプル・ソレックスのバタフライを一杯に開ける。128bhpを発揮する1971cc OHV ストレートシックスは特にパワフルではないが、回転が上がり4500rpmに達すると性格が変わる。繊細なツインエグゾーストパイプからのガリガリという排気音は”音楽的旋律”に変化し、そしてパワーは急速にスムーズに立ち上がる。
 
軽量なACのフィールは実に素晴らしい。裏道に入ると、ウォーム&ペグ式のステアリングは素晴らしくシャープな印象を感じさえ、その感覚が細身のステアリングからドライバーに伝わってくる。堅固なサスペンションは完璧な無人地帯の道でうねりに浸り、美しいボラーニ製ワイヤーホイールに履いた細いミシェラン5.50 R16が適度なスライドを楽しませてくれる。これがウィルヘルムの日常の通勤手段だとは私には信じ難い。

なんとか彼に遅れずついていくことができた。エースは快調でエンジン音が大きい。個人的にはこれが1950年代の英国の最もエレガントなスポーツカーの一台だということがポイントだ。エースの本領は、腕力というよりバランスだ。

ステアリングは正確、パワーは十分、シャシーは慎み深く挙動は予測が可能で、路面を流れるように走る。見た目より実ははるかに早い速度域でもリラックスで快適である。ドラムブレーキもほどよく温まり、コーナリングはさらに高速で入れるようになった。ひとしきり走った後、車を交換するために路肩に停めた時はひどく気分が高揚していた。1959年のル・マンでエースがクラス優勝、総合7位に入ったことは驚くには当たらない。エースは現在もスポーツドライビングを楽しむエンスージアスト達によってさらに勝利を重ねている。


ル・マン参戦のために設計されたフレイザー・ナッシュ・"ル・マン・クーペ"のヒストリーは?<次回へ続く>